10問目 素直
初めて彩と出会った日、親太郎は彩と仲良くなりたいと思った。遅刻して汗だくな自分を助けてくれた優しい彼女に親太郎は良い印象しか抱いていなかった。絶叫学園第一高等学校の生徒になるために真面目に勉強する彩を尊敬していた。志望校が同じと聞いて嬉しかった。名前を呼んでくれた日は一日中嬉しくて笑っていた。彩と過ごす日々が増えていくたびに、毎日が楽しかった。合格した日、真っ先に彩に会いたくて見つけるために走った。彩の合格も嬉しかった。これからの高校生活が楽しみだった。それくらい彩の存在は親太郎の中で大きなものだった。だからこそ、親太郎は桃太郎が心配だった。白雪を強く想い、彼女のために頑張ろうと決断した桃太郎を放っておくわけにはいかなかった。自分と同じように人を想う桃太郎が心配だった。
「絶交よ」
あの日、彩からそう言われ、親太郎は友達を想うがあまり、彩を傷つけていたことを悟った。そして、それはもう取り戻せないものだということもわかった。だから、彩の絶交を受け入れた。時が経てば彩と関わらなくなった日々にも慣れる。実際絶叫学園第一高等学校に入学してからあまり会わなかったこともあり、すぐに慣れた。後輩もでき、いつしか影のナンバー2、ナイトのナンバー2など言われるようになった。相変わらずのリーダーに呆れながらも、桃太郎を支え、後輩達を育て、己を強くした。その忙しさの中でも、ふと彩のことを思い出すことがあった。カメレオンのリーダーとして活躍する彼女を見るたびに話がしたかった。派閥が違う。それが絶交であり、話さない理由ならば、それが全てなくなった時に、もう一度声をかけてみよう。親太郎はそう決意した。
その決意が今だった。伝えたい想いを素直に伝えた親太郎は彩の涙を見て、目を丸くした。胸が痛み、自分の目から涙が溢れないうちにここからどうにかして去ろうと立ち上がった。
「どこいくの」
涙を拭いながら彩は立ち上がってどこかに行こうとする親太郎に尋ねた。
「いや、泣かせるまでとは思わなかったんだ。ごめん」
彩の方を見ずに答えた親太郎の足を彩は思いっきり殴った。
「いっ!なんだよ!」
振り返った親太郎の目は潤んでいる。足の痛みで泣いているというわけではなく、衝撃で我慢していた涙が出てしまったのだ。それを察した彩はニヤリとカメレオンのリーダーらしく笑った。
「変なこと、考えていると思ったから目を覚まさせてあげようと思って。なかなかの威力でしょ?」
まだ涙が頬を伝っているにも関わらず、不敵に笑う彩に親太郎はもう出てしまっている涙を堪えながら笑い返した。
「あぁ、ほんとに。流石、リーダーだな」
彩はその答えに満足したように頷き、自身の隣を叩いた。ここに座れという指示に親太郎は目でいいのかと訴えた。その訴えに彩は睨み返したので、親太郎は大人しく彩の隣に座った。
「さっきの本当なの?あたしといて、楽しかったって」
「本当だよ。楽しかった」
「そう」
彩は前を向いたまま、嬉しそうに微笑んだ。それは彩がずっと欲しかった言葉だった。そして、今度は自分が素直になる番だと言い聞かせた。
「あたしもね、アンタといるの、楽しかった」
彩は徐々に俯きながら、声を小さくしながら続けた。
「絶交、やめにする?」
「いいの?」
「いいわよ。ほら」
彩は顔を赤くしながら親太郎に手を差し出した。
「願いが叶った」
親太郎は嬉しそうに笑って、その手を握り返した。手の温かさに、胸の奥の冷たかったところが溶けていくような気がした。
「ねぇ、あの時、和田桃太郎を支えていくと誓って、森白雪についたこと、後悔している?」
仲直りの握手を交わしながら、彩は尋ねた。
「それはしてない。フェアリーテイルに入って、桃太郎を支えて、アイツの想いを成就させたことに関して後悔はない。出会えた仲間も得た力もあった。でも」
親太郎は花束を置き、制服のポケットから携帯を取り出した。
「入学してすぐ携帯を手に入れられなかったのには後悔している。もっと早くあれば彩と連絡先を交換できたし、もっと話せたと思うから」
その答えに彩は笑った。もし、フェアリーテイルに入ったことを後悔していると答えたら、それは何かが違う気がしたからだ。
「それはそうね、あたしも思った」
「仲直りしたんだ。連絡先を交換しようよ。あと、写真も撮ろう」
「そうね」
彩は親太郎の手を放し、携帯をポケットから取り出した。連絡先を交換し、互いの名前が自身の携帯の中に入ったことに二人は嬉しそうに画面を見た。
「今度、遊び行こう。行きたいところはある?」
「新しくオープンしたカフェ。洋館みたいな雰囲気が怪しげで素敵なの。季節を感じるケーキも魅力的で、今は何だったっけ、確か苺を中心としたやつだったような。親太郎は?」
親太郎に尋ねられ、彩は嬉々とした様子を隠さずに携帯でその店を調べ始めた。そして、聞き返したのにも関わらず、何も答えない親太郎を不思議に思い、彩は顔を上げた。
「どうしたの?」
今までに見たことがない顔だった。嬉しそうに、雪崩れたような笑みで親太郎は彩を見た。
「別に。俺はそうだな。買い物とか?新作のスニーカーが欲しいんだよね」
何もなかったように答えた親太郎に彩は首を傾げながらも、彼が見せた新作のスニーカーの画面を見た。
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