9問目  会話

「なんだよ、急に」

 背中を押されたのか、前のめりになった親太郎は不思議そうに法史の方に振り返ったが、既にドアは閉められていた。大きな花束を片手に教室を見渡した親太郎は彩の存在に気づき、驚いたような顔をした。

「えっと、何でここに?」

 気まずそうに笑った親太郎に彩は目を逸らして答えた。

「四郎が、あたしにプレゼントがあるって言って、ここに連れてこられたの。アンタこそ、何でここにいるのよ」

「法史がいいから来いって無理矢理」

「はぁ」

 親太郎の理由を聞いた彩はようやくこの状況が読めた。簡単に言うと、四郎に嵌められたのだ。思い返せば四郎は彩と親太郎の仲を気にしており、体文化育祭のフェアリーテイルの出し物の時には親太郎のもとに行かなくていいのかと何度も説得されていた。それを軽く流し、もうその気はないことを伝えたため、四郎は諦めたと思っていたが、強硬手段をとるために裏で動いていたようだ。

「なんだよ」

 溜息をつく彩に親太郎は首を傾げた。

「そのドア、あかないの?」

 そんな親太郎を無視して彩は親太郎が入ってきていないドアに向かった。開けようとするが、鍵をかけられているのかビクともしなかった。

「こっちも開かない。鍵でもかけたれたか?」

 どうやらここに閉じ込めて無理矢理親太郎と話をさせる気のようだ。どうしたものかと彩はドアにもたれかかって座った。そんな彼女の隣に親太郎は黙って近づいて座った。

「なに」

「いや、ちょうどいいかなって」

 親太郎は長い足を三角に折り、その山の頂上に大きな花束を持つ手を乗せて彩を見た。

「話があるんだ」

「あたしはないわ。何度も言うけど」

「その理由はもう効果ないぞ。だって学校は卒業したし、派閥は後輩に任せた。だから、その理由じゃ俺は黙らない」

 彩は口を固く閉じて下を見た。頭の中でこの状況からどう逃げようか考えていた。同時にこの状況に懐かしさも覚えていた。

「俺、ずっと謝りたかったんだ。彩、ごめん。俺さ、彩に言っていたんだよな。入りたいと思う派閥がなかったら彩の派閥に入れてもらおうかなって。それなのに、無所属を選んだ。俺だったら仲の良い友達にそんなこと言われて、結果無所属だったらショック受けるし、むかつくと思う。ごめん」

 彩は自分の唇が震えているのに気づいた。

「もう、遅いかもしれないけど、彩にとってどうでもいいことになってしまったかもしれないけど、俺はもう一度、前のように彩と仲良くなりたい。ダメかな?」

 黙って聞いていた彩は声が震えている親太郎に気づいて顔を上げた。彩を見る親太郎は泣いてはいないものの、いつも明るい親太郎からは想像できないほど寂しそうな顔をしていた。それは絶交を宣言した日の傷ついた顔とは違う顔だった。その見たら思わず心を痛めてしまうような顔に彩は目を見開いて見つめた。

「どうして、どうして、そんなことを思うのよ」

 親太郎の顔を見て、震えが治まった口を動かして彩は親太郎に尋ねた。やっと自分を見た彩に親太郎は眉を下げて微笑みながら答えた。

「彩と一緒にいて、楽しかったから」

 その言葉に彩の目から涙が溢れた。決壊した涙腺はコントロールできるはずがなく、開いた口はまた震え始めた。


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