5問目  混入

 派閥無所属の一年生トリオはすぐに噂になった。しかし、悪目立ちの方である。森白雪は桃太郎が親太郎を連れて来た時、たいそう喜んだ。桃太郎よりはしっかりした体格であり、背も高い。何より爽やかで好青年のような雰囲気はこれから人を集めるうえで大いに役立つと考えたのだ。目の前にいる親太郎がお前のためにやるんじゃないと白雪を睨んでいたとしても、白雪にとっては歓迎するべき人間だった。

「はい、これ」

 周りから、特に先輩から白い目で見られている中、白雪は二人に学ランを渡した。

「貴方達の制服よ。パパに頼んで作ってもらったの」

 白のファスナー式の学ランで、胸元には絶叫学園第一高等学校のバッジとフェアリーテイルの刺繍があった。

「これを着るべきだわ。私にふさわしい」

 自信満々に微笑む白雪に桃太郎はうっとりした様子で見つめた。対して親太郎は心底嫌そうな顔をした。

「ただでさえ調子に乗っている一年って目をつけられているのに、どうしてまた悪く目立つようなことをしなくちゃいけないんだよ」

「私を守るナイトに統一感がなかったら説得力に欠けるのよ。この制服だったら憧れに刺さるわ」

「絶対また言われるわ、これ。俺らの不評、知らねぇのかよ」

「良いから、明日から着てきなさい」

「はい!白雪さん!」

 隣で敬礼する桃太郎に親太郎は不安を隠しきれなかった。



 親太郎の不安は正しかった。制服を白に統一したことでチームの結束力が高まったように見え、さらに周りから孤立するようになった。誰も三人に関わろうとはしなかった。もし、関わってしまったら仲間だと思われ、自分も孤立するからだ。彩も同じだった。親太郎と関わらないようになった。しかし、彼女の心境は今にでも親太郎を殴りたいほど怒りで煮えたぎっていた。裏切り者だと、嘘つきだと心から思った。そして、その想いを親太郎にぶつけたかった。

「ざまぁないわね」

 悪目立ちしてから絡まれることが増えた親太郎はその日も一人で鼻血を手で拭いながら壁にもたれて座っていた。白い学ランが土で汚れてしまっているが、そんなこと気にする余裕はなかった。白雪は発狂して怒るだろうが、血をつけていないだけマシとさえ思っていた。そんな親太郎の目の前に立って、その様を馬鹿にするように言ったのはブレザーの上に首元に真っ赤で大きなリボンのついたマントを羽織る彩だった。

「久しぶりなのにひでぇよ」

「アンタが悪いんじゃないのよ。派閥に入らないで傲慢なプリンセスのナイトになんかなるから。どこに惚れたか知らないけど、趣味が悪いわね」

 彩が腕を組んでそっぽを向くと、親太郎はムッとして言い返した。

「勘違いすんなよ。俺は森白雪に惚れたんじゃない。桃太郎をサイキョウのナイトにするために森白雪の下に着いたんだ」

「どうとでも言えるわよ。アンタがピノキオだったら嘘か本当かわかるのに残念ね」

「信じてくれないのかよ」

「既に鼻が伸びているアンタを誰が信用するのよ」

 あの日、入りたい派閥がなかったらカメレオンに入れてもらおうかな。そう、親太郎は言った。彩はそれを楽しみにしていた。仮に気に入った派閥があったとしても良い友人関係でいよう。そう思っていたのに、親太郎は無所属を選んだ。気に入った派閥がなかったのにカメレオンに入らなかった。さらに無所属を選んだ理由は友人のためであるという噂を聞いて怒りを覚えた。今まで仲良くしていた自分ではなく、知り合って間もない男に夢を持ち、その友人のために自分の高校生活を捧げる決意をしたのだ。それが悔しかった。当然のように親太郎を傍に置き、堂々と歩く白雪が憎かった。

「もう、アンタのことなんか知らないわ」

 そう、これは嫉妬だった。彩にとって親太郎は彩の中の大半を占めるほどの存在だった。かけがえのない友達だった。もしかしたらそれ以上だったのかもしれない。そんな彼が自分ではない人間を選んだように感じた。その選択をしたのは、自分といた時間は彼にとっては大したことではなかったのかもしれない。一緒にいて楽しかったのは自分だけかもしれない。そう思うと、胸が痛み、涙が溢れそうだった。

「あたしはカメレオンなの。だから、もう関わることはない」

「どういう意味だよ」

「絶交よ」

 彩は冷たい目で親太郎を見た。親太郎は目を見開いたが、すぐに彩を睨んだ。

「一方的に絶交とか意味わかんねぇ。どういうことか説明してくれたっていいだろ」

「簡単な話よ。派閥が違うから。あたしは伝統あるカメレオンの一人、アンタは新勢力を騙るナイト。関わるとあたしにいいことはないのよ」

「そうだけど、でも」

「当たり前の話よ。学園全体にどんな目で見られているかわかっているの?」

「わかっているよ、でも」

「話はそれだけ」

「待って!」

 親太郎に背を向けて去ろうとする彩を引き留めたくて、親太郎は痛む身体に鞭を打ち、彩の手を掴んだ。

「学校ではそうでも、でも、絶交することはないじゃないか」

「もう嫌なのよ!」

 彩は親太郎の手を振り払い、親太郎を睨んだ。彩は睨んだつもりだった。しかし、親太郎にはその顔が何故か悲しそうに見えた。

「うんざり。知らない何かに囚われたように心が思い通りに動かない。意味が分からない。でも、アンタと関わらなければ晴れる確信がある。だから、もうあたしの傍に寄らないで」

 彩の言っていることを親太郎は理解することはできなかった。唯一わかることは彩の言葉、これは拒絶だということだ。

「わかっ、わかった。ごめん」

 彩は今度こそ親太郎に背を向けて走り出した。これまでの思い出と今の傷ついたような親太郎の顔を忘れるように何度も何度もこれでよかったと自分に言い聞かせた。

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