3問目  秋冬

 秋も終わり、いよいよ最終調整、最終モードに突入する時期になった。この頃になると二人は塾以外の場所でも会うようになった。図書館の自習スペースに一緒に通い、本屋でおすすめの参考書を教え合った。

「彩は派閥、何に入りたいの?」

 気温はどんどん低くなり、いつの間にか自販機のココアに温もりを求めるようになった頃、二人は塾の近くにある公園で肉まんを食べていた。そんな時、そういえばと尋ねた親太郎に彩は自慢するかのように答えた。

「お姉ちゃんたちが作った派閥、カメレオンよ」

「そっか、お姉さんがいるんだったな」

「そう。その派閥に入ってリーダーになるために頑張るの。そして、あたしがカメレオンを引っ張りたい。それが伝統で憧れなの」

 彩はカメレオンのリーダーとして高校に行く姉達を思い浮かべた。真っ赤な唇が似合う大人な姉達は彩の憧れだった。リーダーとしてたくさんの生徒に尊敬されている姿をちゃんと見た中学二年生の時、自分も姉達が纏っている輝きを纏いたいと思った。自分が入学する頃には三番目と四番目の姉達がいるはずだ。その二人を目指し、カメレオンのメンバーに認められるような生徒になる。そして、姉達が受け継いできた派閥のリーダーになり、カメレオンを自分に任せて安心して卒業してもらう。それが彩の望みだった。

「親太郎は?」

「俺はどうしようかな。彩みたいにこれといった派閥はないんだよね」

「カメレオンに入る?あたしがリーダーになるけど」

「じゃ、入りたい派閥がなかった時、入れてもらおうかな」

 そう言って笑った親太郎を見て、寒かった身体の一部が温かくなったように彩は感じた。



 冬休みも年も明け、いよいよ余所見なんてできない状況になった。何をするにも勉強道具を持ち歩かないと気が済まなかった。家族や友達など様々な所から彩のもとにやってきたお守りを神様が喧嘩しないように一つずつ離れた場所に保管しながら彩は必死に問題を解き続けた。そして、初めて親太郎と会った時には新品だった参考書を解き直した回数が二十四回に達した時、運命の日になった。

「彩姉さんならいけるよ」

 たった一人の弟のエールを胸に、彩は試験に臨んだ。人数が多すぎて、その日は親太郎に会うことはできなかったが、それでも精一杯の力を出すことができた。受験から十日後、心臓が何度も身体から脱出を試み、その度に無理矢理体内に戻していた彩は弟の四郎と共に合格発表を見に来ていた。

「姉さんおめでとう!」

 彩の番号があった。四郎は嬉しそうに見に来ることができなかった家族に連絡を始めた。彩は徐々にこみあげて来た嬉しさから四郎に抱き着いた。

「あ、そうだ」

 四郎から離れ、彩は周囲を見渡した。大切な友達は合格しただろうか。受験前に会ってから塾もなかったのでもう十日以上も会っていない大事な友達の姿を彩は必死で探した。

「彩!」

 親太郎が肩で息をしながら彩の前まで走ってきた。

「合格、合格した!彩は?」

「あたしも合格」

「本当か?やったな!三年間、よろしく!」

 親太郎は彩の手を握って上下に振った。満面の笑みの親太郎に彩は笑ってその手を握り返した。

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