2問目 春夏
次の塾の日、いつものように早く来た彩の隣に二番目に早く来た親太郎が座った。
「南って早いんだな」
スクールバックから参考書を出す親太郎に彩は特に何か返すわけでもなく問題を解き続けていた。彩の無反応を親太郎は気にしていない様子でペンケースを取り出した。
「そういえばさ、南って志望校どこなの?俺は絶叫学園第一高等学校なんだけど」
親太郎の言葉に彩は動きを止め、親太郎を見た。
「・・・・アンタも?」
「えっ、南も絶叫学園第一高等学校なのか?奇遇だな」
彩は頭を抱えた。流石は人気校である。こんな近くに他校のライバルを見つけてしまった。
「やっぱり派閥ってかっこいいよな。学校全体が部活って感じで楽しそうだ」
ライバル心を燃やす彩をよそに親太郎は頬をついて高校生活を頭に思い浮かべていた。
「頑張って合格しような」
親太郎は自己紹介の時のような爽やかな笑顔で彩に手を差し出した。彩はその手を握り返さず、そっぽを向いて答えた。
「あたしは絶対に受かるから」
「マジか。じゃ、俺の高校生活で最初の友達は南だな」
親太郎は彩が握り返さなかった手でピースサインをつくった。
「アンタと友達になった覚えはないけど」
話はこれで終わりだと言わんばかりに彩は勉強を再開した。そんな彩に親太郎は「マジかぁ」と笑って自習に取り組み始めた。素っ気なく返したものの、彩の中でこの親太郎の言葉は強く残り、その日、塾で勉強したことは全て脳内にいる親太郎に追い出されてしまった。絶叫学園第一高等学校を目指し始めてから、勉強中に雑念が入ってきたことなどなかった彩はそのことに肩を落とした。
それからというもの、親太郎は彩以外に教室で友達を作っているにも関わらず、いつも彩の隣に座っていた。それが彩には不思議で仕方がなかった。ライバル視して、会話もすぐ終わらす自分よりも仲の良い子と一緒にいた方がいいのではないか。ある日、そう尋ねた。
「いやだって、志望校が一緒なのは南だけだぞ?それに、俺、授業中は集中したいからいいの。俺、この席好きなんだよね」
そんな答えが返ってきた時、彩は何故か嬉しかったし、何かに勝ったような気がした。目立つ容姿ではないが、爽やかに笑って会話をする親太郎はすぐに人気者になった。そんな彼が隣に座って一緒に勉強している。そんな空間がいつの間にか彩には心地よく思えてきた。
夏休みになったことで始まった夏期講習のための早起きに慣れてきた頃には、彩は普通に親太郎と話すようになった。塾へ行く楽しみになるくらい、彩は親太郎と話す時間が好きだった。
「さっきちょっとウトウトしていたでしょ?」
「遅くまで勉強していてさ。手こずったんだ」
「途中で寝ればよかったじゃない」
「解き終わってから寝たかったんだよ。くそ、あれ難しすぎ」
「どの問題?数学?」
「そう、解き終わったの一時だぞ?もう無理だ」
「本当に理数系苦手だよね、アンタ」
いつものように会話していた時、親太郎は眠さでむっすりとした表情のまま彩を見た。
「俺はアンタって名前じゃないんだけど」
親太郎は口を尖らせて腕を組んだ。眠気のせいでいつもの爽やかな感じはない。彩は痛い所を突かれたと気まずそうに視線をずらした。こんなに仲良くなると思っていなかったのだ。今更どう呼んでいいかわからない。どうしようかと悩んだ結果、考えることを放棄して先延ばしていた問題をつつかれてしまった。どうすればいいのか。どの呼び方をすればいいのか。彩は頭を必死で働かせた。
「みんなは親太郎って呼んでくれるんだけど」
「じゃ、それで」
親太郎の呟きに彩はのっかってしまった。しかし、すぐにおかしいと感じた。親太郎は彩を苗字で呼ぶのに、彩は名前で呼ぶのは変じゃないだろうか。おかしくはないだろうか。彩はまた親太郎を見たまま、考え始めた。
「じゃ、俺も彩って呼ぶわ」
そう言って笑った親太郎の顔はいつもの親太郎だった。その日から二人は互いの呼び方を変えた。
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