サイキョウ 絶叫学園第一高等学校編

小林六話

カメレオン姫、親指太郎に出会う

1問目  出会い

 教室の一番後ろで一番廊下側、みなみあやが第一回の塾講義で選んだ席である。誰よりも早く来て、誰よりも早く帰れるようにと選んだその席は、塾で誰一人友達を作らないという彩の決心を強めた。塾に通う目的はたった一つ、大好きな姉達が通っている絶叫学園第一高等学校に入学するためである。絶勝学園第一高等学校ほどではないが、人気校であるため生半可な思いじゃ受からない。努力をしなければならない。そのための塾だ。お友達を作る暇なんてない。彩はまだ誰もいない教室で参考書を開き、イヤホンをつけて自習を始めた。彩が二十四問目の問題を解き終わった頃、教室は生徒で溢れていた。気づけば授業開始五分前、彩はイヤホンをはずし、教室の様子を観察した。他校の生徒と仲良く話している者や同じ学校の生徒と一緒に座っている者、彩のように本を読んだり自習をしたりと自己の世界に入っている者など様々である。席も埋まりつつあるが、彩の隣には誰も座ってなかった。

 しばらくすると、塾講師、羽島はじまが教室に入ってきた。自分の名前を言い終わった後、第一回ということで、自己紹介も兼ねて羽島は生徒の名前を呼び始めた。

「南彩さん」

「はい、秘江木ひえき中学校に通っている南彩です。よろしくお願いします」

 彩の番になり、他の生徒と同じように彩は自己紹介をした。まばらな拍手を浴び、席について他の生徒の自己紹介を聞いた。

「次、指元ゆびもと親太郎しんたろうくん。指元くん?あれ、休みかな。連絡はあったかな」

 羽島は首を傾げながら教室全体と名簿を交互に見て、何かメモはあったかと持ってきた教科書やプリントを見始めた。しかし、やがて羽島は諦めて、次の生徒を呼ぼうとした時、彩の後ろで大きな音がした。

「すみません!」

 振り返ればドアを勢いよく開けた男子生徒が汗だくで立っていた。周りよりも少し高めな身長以外、彩にとっては他の男子生徒と変わらない普通の男子だ。

「遅刻かな?指元親太郎くん」

「すみません、バスに乗れなくて遅れちゃいました」

「じゃ、空いている席に座って、名前と中学校を言ってくれるかな」

「はい、わかりました」

 親太郎は彩の隣の席に座った。他に席はなかったのかと彩は周りを見たが、空いているのは彩の隣だけだった。

昔和せきわ中学校の指元親太郎です。よろしくお願いします」

 爽やかに笑った親太郎は一礼して座った。そして、スクールバックからペンケースやノートを出し始めた。その様子を彩は気づかれないように横目で観察した。

「あ、やべ」

 親太郎はシャーペンをカチカチと鳴らして、焦ったように羽島を見た。これ以上目立ちたくないのか、親太郎は羽島に察せられないようにペンケースの中身を少し出し、目的の物を探し始めた。どうやらシャーペンの芯がないようだ。彩は仕方なく自身のペンケースからシャーペンの芯を出して、羽島にバレないように親太郎に渡した。

「はい」

「えっ、いいの?」

 正面を向いたまま彩は頷いた。

「ないんでしょ?」

「うん、ありがとう」

 親太郎は少し前かがみになり、彩の顔を覗くようにして笑った。その笑顔は彩が今まで見てきた男子の笑顔とは違っていた。



 塾が終わり、教室では各々帰る支度をしていた。彩も早く帰ろうと荷物をスクールバックに押し込んで、教室を出た。

「待って!」

 速足で出口に向かっていると親太郎が彩の隣まで走ってきた。

「改めてなんだけど、シャー芯ありがとう。あのさ、名前教えてくれない?俺が来る前に自己紹介終わったんだろ?」

 彩はめんどうくさそうな顔をして親太郎を見たが、親太郎はその顔に爽やかに笑い返すだけで引こうとする様子はなかった。

「南彩。秘江木中」

「南ね。よろしく。ほんとにありがとう!」

 親太郎は彩の肩を叩いて、走って帰っていった。

「あたし、男子と初めて話したかも」

 インドアで大人しい彩は学校では女子とばかり過ごしている。そのため、一連の流れに彩は言いたいことは山ほどあったがそれしか出てこなかった。これが、南彩と指元親太郎が出会った中学三年生の春に起きた出来事だった。

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