美味しければいいってもんじゃない——最高のクリスマス・ディナー

四品目 デセール：国境を超えてみよ

　二層目、それこそ本日の主役、卵が余すところなき魅力を披露する。

　相方の卵白が淡雪へ変身を遂げている間、まだ傍で佇んでいた黄身に砂糖を少し。小さな泡立て器で精一杯すり混ぜる。

　大丈夫、あなたにも秘められた潜在能力があるのです。まだその力が目覚めていないだけ。

　いま嘉穂の手でもう一人のあなたを目覚めさせましょう！

　これまた濃い黄色が山吹色に変わったところで、嘉穂は牛乳を投入した小鍋をコンロにセットした。着火は中火、けして加熱しすぎて膜を貼らせてはならない。親密な友人家族と過ごす聖夜にヴェールは不要。沸騰直前、ふつふつ言い始めたら消火。

　熱いミルクを一気にボールへ、ここからスピード勝負の真剣勝負。

　黄身が変身すべきは、かの大英帝国の名を冠したお菓子界のトップ・スター——クレーム・アングレーズ。

　黄身に粉を加えて牛乳と加熱すれば、それすなわちカスタードの名で愛されるクレーム・パティシェール。菓子職人の名を身にまとうお菓子界の重鎮の重鎮である。

　しかしクレーム・アングレーズは一見、知名度が低いように見えて汎用性は抜群。シンプルにデザート・ソースとしてもいいし、他の材料とともに固めてムースにしても良い。アイスクリームにだって変身できる。

　そう、フランス語で「イギリスのクリーム」は、愛すべきイギリスの愛されるべきスイーツである！（嘉穂はイギリスが大好きです）

　しかし気高く尊敬を集める女王を輩するイギリスにおいて、トップ・スターたるもの急（せ）いては傑物になり得ない。溶かしたゼラチンを受け入れていただき、新たな身に生まれた熱が冷めるまでお待ちいただきます。

　その間、デザートの訪れを導く優秀な侍従を準備いたしましょう。城を統率いたします嘉穂はご飯の支度にかかります！

　まずは前菜も兼ねてサラダを。可愛くありたい令嬢の健康を保つには野菜が不可欠です。

　都会の野菜高騰？　さもありなん。ですけれども、そこは智慧を働かせ賢く選べば憂うることはありません。ご安心あれ！

　レタス、トマトの嘉穂側近に（いつも安価でありがとうございます！）、大根リボンで三色にすれば綺麗にカラフルサラダがほら一品。旬のお野菜は安いのです。

　しかし野菜三種じゃ足りません。ビタミンも繊維も足りません。

　付け合わせ用にエリンギ、人参、それから冬のブロッコリー。後者二つは一緒にレンジ加熱であっという間に柔らかく。ビタミンCというと檸檬を想像しがちでしょうが、緑なブロッコリーのビタミンC含有量は百グラムあたり一日の必要量を悠に超える一四〇ミリグラム（日本食品標準成分表２０２０年版（八訂））。葉酸、繊維も豊富です。なんと類を見ない逸材がいたことか。

　さて、このあたりでもう十分でしょう。海外からの賓客を起こします。夏からいらした牛肉を。

　故郷オーストラリア土着というわけにはまいりませんが、その歴史から遠き北西の地、英国の郷土料理も多いでしょう。

　もうこの嘉穂の城で今宵の宴に決まりましたのは、英国風でございます。

　後に控えるデザートにアングレーズ・ソースならば、今日のオージービーフもアングレーズに仕上げましょう。

　ええ、ロースト・ビーフをご用意いたしましょう！　

　イギリス料理は不味いという不当な風評を間に受け倦厭したそこの輩、今すぐに非礼を詫びなさい。あなた方の多くが恐らく贅沢な日にと食し美味というその品こそ、伝統的イギリス料理の一つなのです。

　嘉穂大臣、それはオーブン長時間使いで光熱費はと問うもの在りや？

　杞憂である。嘉穂に抜かりなし。それならば値段同等な丸鶏を買ってもいいはず。そうはしないのは理由あり。

　アルミホイルを右手に用意し、熱したフライパンに下味処理済みの大きな塊を。

　よもや中までフライパンで？　いいえ、まさか。

　じっくりしっかりですが表面のみ。焼き色つけてしばし加熱したらすぐにアルミで包んでお守りします。どうぞ今度は冷たい冷蔵庫でなく、しっかり暖かくお過ごしください。

　丸鶏八百円とモモ塊八百円の格の違いはここにあり。時短省エネまで加味してみれば、牛塊肉の圧倒的優勢。

　余熱加熱で中はしっとり、そして華やかロースト・ビーフ。脇で熱した（いつでも安い）エリンギは香ばしく。

　残りの肉汁も無駄にはしません。フードロス防止の時代です。トマトとウスターソース、ニンニクを煮詰めてロースト・ビーフソースもはい、完成！

　イングランドとオーストラリアの歴史には心苦しくなる場面もありましょう。しかし今宵は仲良く両者の長所で嘉穂たちをお助けいただきますよう、誠心誠意をもってお願い申し上げます。

　幸せな晩餐を実現するために、南半球、欧州、日本、国境を超え、手を取り合う時です！　

　さあ、お互いに国の別、民族の別を言うときではありません。アングレーズ・ソースも国を超えましょう！