二品目 前菜:物価高を躱すべし
いつもの仲良し女子四人、普段の通りの持ち寄りご飯。しかし今年、嘉穂たち四人には壮大かつ重大な大志があった。
すなわち——来年春休みの海外旅行費用を確保せよ!
四人ともに少しでも良いホテルを選べ、かつ現地で美食美景を満喫するために、出立までに削れるところは削るべし。
したがってクリスマスは正しく質素倹約。
だからと言って大学生
そこで契ったのが、ご飯代上限、一人二千円を超えるべからず。これ以上の適者おらずと大任を任されたのが嘉穂であり、補佐はおつまみ係の美澄、他二人は飲み物調達である。
さて、メインディッシュの材料は決まった。牛肉しめておよそ八百円。野菜も戦略的に取り揃え、料理メニューは制したも同然である。
ならば次に待ち受けるは、クリスマスの本丸、クリスマス・ケーキである。
嘉穂はいまだ生鮮食品の前で肉魚と対峙する客の垣根をくぐり抜け、ショートブーツの踵を鳴らして狭い通路を闊歩した。向かうは乳製品およびチルド食品コーナー。
——上がっている……。
バターはおろか、牛乳、チーズまでも十円から五十円の値上げである。予想はしていたが、やはりか。
今年の日本を、いや世界を襲った物価高。光熱費も上がれば輸送費も上がる。乳牛の飼料も馬鹿にならないだろう。致し方ない状況であるのは理解している。製造者販売者も人である。物価を上げねば彼らの生活が保証されまい。そこに加えてクリスマス戦線で例年通りの上乗せである。
しかし……女子大学生のアルバイト代がそう簡単に上がるはずもない。
嘉穂の頭の中に十数パターンのケーキレシピが駆け抜けていく。
バター大量消費レシピは即却下である。タルトとパイよ、しばしお別れだ。クレーム・ムースリーヌ、すなわちカスタードとバターを合わせた濃厚クリームも不可能ということは苺のフレジエも選択外。
これは土台なしのケーキか。
いやいやいや、そこは諦め切ってはいけない。スポンジならば! ジェノワーズかビスキュイで勝負をつけようではないか。
となるといかにもクリスマスなブッシュ・ド・ノエルか、シンプルにショート・ケーキか……。
ぐるりと首を巡らせ、牛乳パックの列を越えた先を見る。生クリームである。植物性はPH調整剤入りのためおよびではない。乳脂肪は三十五、四十二、四十七パーセント。
——
裏切られたカエサルの気持ちが分かった気分である。
まあ当然であろう、牛乳も上がっているのであれば。それならスノーホワイトを実現するだけのクリーム二パックは購入できまい。せいぜい一つにとどめねば。
万事休すか。ブッシュ・ド・ノエルもショートケーキも味方にならないとすればどうする。スポンジだけならば安価かつ早急に作れる。スポンジは捨てがたい。
——何せ砂糖と小麦粉、卵だけだもの。多く使うのも卵くらいだし……
乳製品と並列する卵のパックは、おでんでも活躍するこの時期だからかキャンペーンで増量二個の十二個入り一九八円。お財布に優しすぎて学生にとっては救いの一品がそこにある。
——砂糖と粉と……卵たくさん……?
嘉穂の頭に電光石火の衝撃が走る。
——
同じ三文字。今年は「たまご」とルビを振ってもいい。生クリーム一つに続けて赤玉十二個の重みを身に受けると、嘉穂はレジへ足を急がせる。これ見よがしに置かれた苺のパックも怖くない。悠々取り上げ、勝利を確信しながら
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます