第15話 現実破棄
作業をするロボットの足元(とはいっても足はなく、四つの車輪で動いている)を遠慮もなしに覗き込んでいる。ロボットに遠慮も何もないのかもしれないが。
「最新の機種とか?」
「可能性はありますね。だからなんだって話ですけど、でも。もし最新の機種で、ここにいるロボットが全部そうなのだとしたら相当な資金があるってことですよね。逆に旧型の場合は、相当な学習と記憶が施されています。だってさっきも、おそらく顔認識だと思うんですけど、私よりも先に百瀬センパイの対応を先にしたじゃないですか。それって、既存客と新規客、どちらを優先すれば効率的に進められるかその場で判断、いえ、計算してということなんですから」
明日花の目が鋭く光る。こんな顔もできるのかと、あたしは少々驚いていた。
「さっきの話の続きなんですけど、非現実症候群を発症した患者の脳細胞には変異の跡があって、そのどれもが外傷なんです。つまり、脳を浸食されるというのは、あくまで不可逆なもので、人工知能の方が一方的に人間の脳へアクセスするということなんです」
「何を言うのかと思ったら、そんな当たり前のことか。浸食っていうくらいなんだから、そりゃそうでしょ」
「でも、人工知能は人間の脳にアクセスする方法なんて知っていますか? もし幾多の学習の中で知り得たのだとしても乗っ取ろうだなんてそんな無意味なことしないはずです。もし自ら進んで人間の脳にアクセスしているんだとしたら、それはプログラミングされていないことをしているということになります」
スタッフのロボットがタブレットを持って別の窓口へ向かっていった。おそらく別の客への対応に行ったのだろう。
「そんなことありえないですよね。だってそんなの、例えたら車が急に自らの意思で空を飛ぼうとするようなものですから。車は走るために作られた機械、空を飛ぶ能力も意思も、有りはしません。ですが、もし、車が『空を飛びたい』と願うようになったらどうなると思いますか?」
あたしはその問いに、無言で首を横に振った。
「想像も付きませんよね。一体何をするんだか。自分から崖を飛び出すでしょうかね、それとも空港目指して飛行機の翼でも捥ぐでしょうか。少なくとも、それがプログラミングされたこと以外の行動をとる原理です。ようは、意識があるかないかで話は変わってきます。百瀬センパイは当然、ドイツで起きた『AI暴走事件』は知っていますよね?」
「知ってるけど、それが何か関係あるの?」
「直接にはないです。けれど、私たちの研究チームでは、あの事件は人工知能ではなく、人工意識が引き起こしたものであると考えています」
「人工意識って、あれはただの噂でしょ」
「それはどうでしょう。人工知能というものが普及して約五年が経ちました。その中でいくつか誤作動を起こすものも現れています。大体はプログラムのエラーによるものですが、中には不可解な現象を引き起こすものもあります。私たちはそれを『バグ』と呼んでいます。耳馴染みはありますよね」
昔遊んだゲームなんかが途中で動かなくなる、あれだ。もしくは、隠しコマンドを使った裏技のことをチート、もしくはバグなんて呼び方をしたこともある。
そこまで話したところで、ロボットがタブレットを明日花に渡した。明日花は慣れたようにタッチペンを使い、記入欄を埋めていった。
「その人工意識が、あの暴走事件を引き起こしたのだと思います。銃を乱射したい、人を殺したい。そういう確立した意識があったのは明らかです」
「でもそれっておかしくない? じゃあ今も、ロボットがタブレットを操作したり、応対してくれてるのも立派な意識じゃん」
「意識というものを裏付けるのは難しいんですが、そうですね。百瀬センパイさんは今リンゴを差し出されたら食べますか?」
リンゴは嫌いじゃないしむしろ好きだ。でも、これから人格更生プログラムに意識を落とすのだ。直前にリンゴを食べて睡眠中お腹を下すのも嫌だし、リンゴは食べないほうがいい。
あたしが首を横に振ると、明日花がわざとらしく指を突き立ててくる。
「百瀬センパイさんは今、考えて選択しましたよね? それが意識です。カエルの目の前に餌を垂らしても、カエルは何も考えずに食いつきます」
「それは分からないでしょ。たまに動画とかで見るけど、あいつら、結構バカだから餌を垂らしてもスルーするときとかあるよ」
「あれ、百瀬センパイってカエルの動画とか見るんですね。可愛いところあるじゃないですか」
「う、うるさいな。そんなのどうだっていいでしょ。今はその意識とはどういうものかって話で」
「そうでしたね。カエルの件ですが、餌を食べない選択を取るときは『お腹がいっぱい』のときか『餌を食べている途中』のときです。どちらも消化器官の都合上身体がそう判断しているだけで、百瀬センパイのように今後のこと考えて選択しているわけではありません」
「つまり、身体で考えるか頭で考えるかってこと?」
「計画を立てられるかっていうのが適当な言い方ですかね。ただ、これだと人工知能に対しての回答にはならない。人工知能はどんどん人間から物事を学習しますし、ここ最近飛躍的に発達した会話ロボットに関しては未来の会話をあらかじめ想定して会話を構成します。なのでこの仮説は人工知能に対しては無力です」
「結局、分からないんじゃないか。なんか、考えれば分かることを、無理矢理引き延ばして説明された気分だ」
「それが研究ってもんなんですよ。一個一個の事実をかみ砕いて咀嚼していく。まあ百瀬センパイの気持ちも分かります。私も最初は文句ばっかり言ってましたから」
時間の無駄だったかもしれない。
わたしは背にもたれながら、何もない白い天井を仰いだ。
「そんなわけで、人工意識を調べるために、私はここへ使いっ走り、じゃなくて、派遣された、というわけなんです。こういう仮想現実を用いた媒体が一番怪しいですからね。これから使う人格更生プログラムに人工意識が潜んでいたら大変です。百瀬センパイだって、知らないうちに浸食されて、そのまま植物人間になっちゃうかもしれないんですよ?」
「そのときはそのときでしょ」
「なんなんですか、その他人事みたいな言い方」
明日花がタブレットの入力を終えたようなので、あとはスタッフのロボットに任せてもいいだろう。あたしが立ち上がる素振りを見せると、明日花が目だけをこちらに向けた。
「付いてきてくれてありがとうございました」
「なんにも教えることなんかなかったけどね」
「いえ、話し相手になってもらっただけでもありがたかったです。一人だったら暇すぎて、現実症候群になってるところでした」
「嫌なブラックジョークやめてよ」
明日花は悪びれもせずに笑っていた。
「あ、そしたら百瀬センパイ、一つだけ聞きたいんですけど。百瀬センパイって、なんのためにこの人格更生プログラムを利用してるんですか?」
「そんなの」
言うか迷ったが、こんなところに来ている以上、理由は明確だし隠していてもしょうがないと思ったので、素直に教えることにした。
「心の傷を癒すため」
切奈が死んだ。大切な幼なじみが死んだ。
それによってできた心の欠損は深く、大きい。それは妹である明日花も身をもって知っているはずだ。
それなのに、明日花は目を鋭く光らせながら、あたしを観察するかのように睨んだ。
「ホントに、それだけですか?」
「・・・・・・そうだよ」
しばらく視線が交差したあと、明日花はパッと笑って「そうですか」と向き直った。
もう話は終わったらしい。あたしが部屋のドアノブに手を掛けると、
「百瀬センパイ」
明日花があたしを呼んだ。
「難しいことが嫌いな百瀬センパイのために、ちょー簡単に、人工知能と人工意識の違いを教えてあげます」
振り返って、ロボットにタブレットを渡す明日花を見る。明日花はもったいぶるような間を置いてから、わざとらしく鼻を鳴らして言った。
「ただの人工知能は、自分の存在に疑問を持たない」
自分の存在に、疑問を持たない・・・・・・。
たしかに、それこそが機械と人間の差なのかもしれないけど。
じゃあ、人工意識って、一体なんなんだ。
「それだけです。それでは百瀬センパイ、良い夢を」
「うん、いい夢を」
部屋を出て、ドアを閉める。
随分話し込んでしまった。
こんな世界にエネルギーを割いても仕方がないのに。
115号室は、廊下の一番奥に合った。鍵を差して扉を開けると、スタッフのロボットがトレイを持って待っていた。
『お待ちしておりました。
この施設にいるロボットはどれも同じ形で、同じ声で、同じしゃべり方をする。自分のいる場所は変わらず、景色だけが舞台装置のようにスライドしたような感覚が、どうにも苦手だ。
ベッドに寝転んで、目を閉じる。
けど、ロボットは人をけなさないし、非難もしない。白い目で見たりしないし、価値観の押しつけもない。そういう無干渉なところが時々、救いになるときもある。
もしここの施設のスタッフが人間だったら、あたしはきっと強がって眠ることはしないだろう。
感情のないロボットの前だからこそ、こうして弱い自分をさらけ出せる。
早く、あっちの世界に行きたい。
あたしはゴーグルとヘッドセットを付けて、定位置に付いた。ゴーグルとヘッドセットの場所も、もう手探りで分かるようになった。
慣れた手順を踏んで、あたしは躊躇なく握られたボタンを押した。
すぐに眠気はやってくる。
抗うものはない。
あたしは全てを忘れるように、夢の世界へと入っていった。
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