第14話 いつもより騒がしい
ガラス張りになった入り口の扉を開けると、手指を消毒するアルコールスプレーが置かれている。さっと手で揉んで自動ドアをくぐると長い廊下が見える。その先には病院のロビーのような拾い空間があって、そこが待合室となっている。
二十四時間営業のヒルフェには、すでに数人の利用者が訪れていた。年齢層は様々だったが、子供はやはり見受けられない。心に傷を負った人間はみな、大人だった。
その中に見知った顔を見つける。まぁいるだろうなと予想はしていたので、挨拶も自然と出来た。
「こんにちわ、
「あら、どうもこんにちわ
立房さんはにこやかな表情で挨拶を返してくれた。
あたしもこの施設をかなり頻繁に利用している方だが、ここへ来るたび必ずと言っていいほど立房さんの姿を目にしている。いつも先にいるのは立房さんの方で、いったいどれほどの時間滞在しているのかは定かではないが、かなりの頻度でこの施設を利用していることは明らかだ。
好きなアイドルに会うためだと立房さんは言っていたが、もしそれだけを目的としてきているのだとしたら、狂信的なまでにその人たちのことが好きなのだろう。
「今日はお昼の予定なのね。明後日は平日だし、一泊していくのかしら」
「いえ、実は、今は仕事を辞めてフリーなんです。なので今回はフリータイムでの利用を考えていて」
「そうなのね、時間を気にしないでいいというのは心に余裕が生まれるからきっとよりよい夢が見られるわ。ちょっとだけ料金ははずんじゃうけどね」
この施設に頻繁に来ている以上、互いに金銭面の悩みは無いということを分かっていながら、立房さんは冗談交じりに指で小銭の形を作っておどけていた。そういうユーモアもあって、この人は実年齢よりも若く見えるのかもしれない。
待合室には立房さん以外に五人ほどの利用者が見受けられた。これから利用する人、それから、どこか遠くを見てぼーっと余韻に浸っているのは利用後の人だろう。あまり邪魔をしてはいけないと思い、あたしは立房さんに軽く会釈をして受付に向かおうとした。
「えー! すごいですね、中こんな風になってたんだー! てっきり刑務所とか収容所みたいにコンクリの壁で覆い尽くされてるのかと思ってたけど、ホテルみたいでオシャレですね! うわ、熱帯魚もいる。やば、歯医者じゃん」
キーンとした声がロビーに響き渡った。
この場にいる全員がその声の主に向く。気にしていないのはスタッフのロボットだけだった。
「ここって朝食って付くんですか? あたし朝はパンしか受け付けないんですけど、ビュッフェ形式ですか?」
「百瀬さん、その方は?」
立房さんの視線があたしの後ろにいる奴から、あたしに映る。あたしは知らないフリをしようとも思ったが、
「えっと、友達の、妹です。利用が初めてということなので、同伴しようかと思って」
「あ、一ノ
視界の端で、金色の髪がドレスのように靡く。場違いな声量で行われた自己紹介にも、立房さんは柔らかな表情を崩さなかった。
「そうなの。初めまして、私は立房よ。一年ほど前からこの施設を利用していて、百瀬さんにはお世話になっているの」
お世話なんて、と割って入ろうとしたが明日花の「ベテランですね!」などという抜けた反応に二の句が継げなくなってしまった。
「利用方法に対応したプランがいくつか用意されているから、百瀬さんと相談しながら選ぶといいわ。もちろん、受付自体は配置されたスタッフのロボットがやってくれるから。いい夢を見る秘訣は、包み隠さずに立振る舞うこと。夢の基本的な構造は利用者の設定と記憶をリンクさせて出来上がるから」
「なるほど、分かりました! 私あんまり遠慮はないほうなので大丈夫だと思います!」
「そう。ふふ、元気で明るい子ね」
「すみません騒がしくしてしまって。ほら、行くよ」
あたしは立房さんと、それから周りにいた利用者の人たちに会釈をしてから明日花の腕を掴んで引っ張った。
受付はロビーの奥に設置された個室にある。個人のプライバシーに配慮されて防音加工がされていて、外から開けることはできない。
受付可、とぶら下げられたタブレットの液晶に表示されているのを確認してノックをすると、自動的にドアが開く。
中に入ると、スタッフのロボットがあたしたちを待っていた。
『こんにちわ百瀬兎羽さん。今回のご利用は、いつものAプランのフリータイムでよろしかったですか?』
「はい」
『かしこまりました。部屋番号は115になります。部屋に入りましたら、またスタッが応対させていただきます。お荷物はその際にお預けください。また、フリータイムのご利用時、点滴による栄養剤の注入をさせていただきます。各種書類に同意のサインをお書きの上ご提出ください。また、フリータイムの上限は二日間となっております。時間を超過した際は延長料金が加算されますのでご注意ください。タイムオーバー、また、生命を脅かす緊急事態が生じた場合は強制終了の処置が施されます。その仕様上、やむを得ない場合を除いて、チェックポイントにてお早めのログアウト手続きを推奨しています。他、何かご質問はありますでしょうか』
「ないです」
『かしこまりました。それではこちらの書類にサインをお願いいたします。お書きになられましたら、それをお持ちして部屋で待機しているスタッフにご提出ください』
スタッフのロボットは人型ではないのだが、長い胴体に付いた短い手を器用に操って書類と部屋の鍵を渡してきた。
「ほら、今度は明日花の番」
あたしとロボットのやりとりを見ていた明日花がハッとなってロボットに向き直る。
「初めまして、一ノ瀬明日花です! 今日は初めての利用なんですけど」
『かしこまりました。まずはこちらの書類に目を通していただき、同意いただけたら署名をお願いいたします。また、利用する人格更生プログラムにおける主要人物の人格構成、外見のプログラミング、その他の作業は別室で行います。所要時間はおよそ二時間を予定していますが、お時間の方は大丈夫でしょうか』
「結構かかるんですね・・・・・・でも、それだけ高度な設定ができるってことですもんね。ハイ、大丈夫です。よろしくお願いします!」
相手がロボットでも明日花の態度は変わらない。この辺は、切奈とは違うなと思った。切奈は逆にロボットを前にすると萎縮してしまって、あたしの後ろによく隠れていた。なんでもあの無機質な目が苦手だとかなんとか。
あたしの目は、切奈にはどう見えていたんだろう。
『ご用意をしますので、少々お待ちください』
そう言ってロボットがタブレットを操作し始めた。
「あの、兎羽さん」
手持ち無沙汰になったのか、明日花が話しかけてきた。
「このロボット、見たことない型番していますね」
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