第102話 魔力炉
少しすると、戦場のあちこちから魔法による信号弾が打ち上げられた。
あれは同盟軍の撤退の合図だ。混乱を極めていた結界の境界付近から、徐々に同盟軍の兵が退き始める。
結界の内側に捕らわれた兵士も気持ちを切り替え、いつティターニア側からエルフ軍が攻撃してきても対応できるよう陣形を整え始めた。
『レイサルさん。エンツォさんの様子が変だったんですけど、何があったんですか?』
『……あの結界がここに出現したということは、魔力炉があることを意味します。魔力炉について…………エンツォから何か聞いていますか?』
『いいえ。何も聞いていません。魔力炉の材料は特殊でエルフには手に入らないぐらいしか』
『そうですか……これについては、なんというか。私から説明しても良いことかどうか……』
レイサルさんが言葉を濁している。
念話に参加しているミアも、これ以上聞いて良いのかためらっていた。
少しすると決心をしたかのようにレイサルさんは、真剣な眼差しで俺達を見る。
『タクミさんとミアさんには知っておいてもらった方がいいかもしれません。エンツォから話せるような内容でもありませんし。ただし、ここから話す内容はくれぐれも口外せぬようお願いします』
その口振りから、これから話すことの重大さが伝わってきた。
『——魔力炉とはエルフが開発した魔道具です。仕組みを簡単に説明すると瘴気を魔力に変換します』
『え? 瘴気を魔力に変換できるんですか? そんなことができるなら、この世界が瘴気で困っていたとき、魔力炉で解決できたのでは……?』
ミアの言うとおりだ。そんなことができるなら、世界樹さえ不要だろう。
『それは残念ながらできません。魔力炉を使うには空気中に漂う瘴気では濃度が薄すぎるのです。魔力炉は【高濃度の瘴気を発生させるモノ】【瘴気を魔力に変換するモノ】が必要になります。それは——』
……どうした? レイサルさんが沈んだ表情で黙ってしまった。
よく見ると胸を手で押さえ、肩がわなわなと震えていた。
そして犯した罪を懺悔するかのような、か細い声が聞こえた。
『魔力炉の動力源。それは…………魔族なのです』
沈黙が場に落ちる。
あまりに突拍子もない発言にミアは、まだレイサルさんが口にした言葉の意味が飲み込めていないようだった。
俺はというと……複雑に絡み合っていた糸がほどけていくように、頭の中がクリアになっていくのがわかった。
『……な、何を言っているんですかレイサルさん。魔族? 魔族で魔道具を作っているってどういう意味ですか?』
ミアの質問に答えるように、レイサルさんは説明を続けた。
『魔族の恩恵は【変換】です。この能力を使って瘴気を魔力に変換しているのです』
『で、でも、魔族は
『はい。生きている間は————』
二度目の沈黙が場に落ちる。
俺はレイサルさんの言葉の意味を理解し、続く言葉を見つけられなかった。きっとミアも同じ心境だ。
『————魔力炉には、高濃度の瘴気が必要になります。それは……』
レイサルさんは説明を再開しようとするが、言葉がその後に続かない。
念話なのに、レイサルさんから聞こえてくる声は震えていた。
俺の考えが正しければ、レイサルさんの口からこれ以上説明させるのはとても酷な話なので、俺は口を開くことにした。
『たぶんですけど……強い恨みや未練を抱かせながら魔族を殺害する。そうすることで、その魔族の遺体から高濃度の瘴気を発生させているのでは?』
レイサルさんは目を見開き俺を見る。
『どうしてそのことを……』
俺は赤帯の長老エリオンが言った「魔力炉の原料が自らやってきておる」という言葉。それがずっと気になっていた。
レイサルさんや魔王の態度からは、殺した殺されただけではないもっと罪深いものを感じていた。
つまり、魔力炉の正体は……
『魔力炉は……多くの魔族の遺体が詰められている。そして何らかの方法で遺体の状態で恩恵を使わせ、遺体から発生する高濃度の瘴気を魔力に変換しているんですね?』
レイサルさんは頷いた。
けど、俺には疑問がもう1つある。これ以上、この話題をしたくないが避けるわけにもいかない。
『エンツォさんは、どうして魔力炉はここに存在しないと断言したのでしょうか? 存在している可能性を避けたい気持ちはわかるんですけど……』
『タクミさん……それはエンツォが魔族領に住む民達を把握しているからでしょう。魔王はこの件を知ったとき激怒しましたが、再発に備えて対策もたてました。それが戸籍管理です。それにより今までの行方不明者の数などから、新たな魔力炉は作られていないと判断したのだと思います』
『だからエンツォさんは、どうやってエルフが新たに魔力炉を作ったか調べて欲しいとお願いしてきたわけか……』
そして今ならわかる。魔王が俺にこの事実を知っても誰にも話すなと言った訳が。
このことを魔族が知ってしまうと、エルフと魔族はどちらかの種が絶えるまで戦争を行うだろう。
きっと、レイサルさんや流刑の地のエルフも許されることはない。
だから、魔王エンツォはこの秘密を自分だけに留め、漏洩しないうちに世界樹を信仰しているエルフ達を滅ぼすつもりだ。それ以外に4つの種族が共に暮らせる未来はないからだ。
そのためにも魔力炉をどうやって新たに作ったか調べないとな。
答えは二択か……魔族を使わない方法を編み出したか、魔族をどうにかして手に入れたか。
もし後者で魔族がティターニアに捕らわれていた場合、それを考慮してティターニアを攻撃する必要が出てくる。確かに、今後の作戦にも影響するな。
さて、どうやって目の前の長老から聞き出すか……
俺達がそんなことを考えているとき、長老エリオンが俺達を見ながらニタニタしていることに気づいた。
「どうしたのじゃ? 何やら難しそうな顔をしておるが。さしずめ、なぜ新たな魔力炉がここにあるのか。それが不思議なのであろう?」
俺はどう返答すれば、答えを引き出せるか考えていたが、それは不要だった。
エリオンは得意げに続きを話す。
「くっくくく。簡単なことよ。材料が手に入らないなら、自分のところで育てた。それだけのことじゃ」
「育てた……?」
「レイサルよ。何をそんな間の抜けた顔をしておる。畜産という言葉を知らんのか?」
……何を言ってるんだコイツは。
魔族を豚や牛と同じ家畜のように扱っているという意味か?
まさか……繁殖させている?
魔力炉で使うために?
……これを魔王に伝えろというのか。
……今でも抱えきれないほどの業を一人で背負っているあの男に、さらに背負わせろと。
「——クミ、タクミ。大丈夫?」
ミアが俺の肩を揺らし、心配そうな表情をしている。
どうやら、何度も呼びかけていたようだ。
それに気づいたレイサルさんも、俺の顔を覗いてくる。
「ん? ああ、どうした? 俺は大丈夫だ」
「とても思い詰めたような顔をしていたよ」
「タクミさん……エンツォには私から報告しますので、少しの間休んでいて下さい」
「いえ、急な話になりますが……たった今から俺もこの戦争に参加することにしました」
二人とも呆気にとられたような顔をした。
「思ったんだけど、こいつらが野放しになっている限り、ククトさん達を生き返らせても危険だ」
それに……一人でなんでもかんでも背負ってるヤツがいる。
俺にも少しぐらい背負わせてもらわないとな。
そういう訳だから、婆さんも手伝ってくれ。
『——しょうがないねぇ。わかっていると思うけど、この力を頼るのはほどほどにするんだよ。おまえにはシラカミダンジョンを攻略してもらう約束があるんだからね』
わかっているさ。俺だって死にたくないからな。
「さてと、そういうことだから——」
「私ももちろん一緒に戦うからね」
少し強ばった表情のミアが、被せるように言う。
ミアを対人の戦争には参加させたくないんだけど……それは俺のわがままなんだろうな。
「————ああ。もちろん、そのつもりだ。俺の背中を頼めるのはミアしかいないからな」
ミアの表情が笑みに変わり「まかせて!」と嬉しそうだった。
レイサルさんには、ここで待機してもらうようお願いしたが断固拒否された。
まあ、逆の立場なら同じことをすると思ったので、一緒に行動してもらうことにした。
俺は長老エリオンへ向かって歩き出すと、結界の境界で足を止める。
エリオンも俺達の雰囲気が変わったことに気づいたようだ。
少し後退して、神託の間の外にいる兵士を呼び寄せた。
「なんじゃ、おまえ達の仲間が無残に蹂躙されていく映像を近くで見たくなったのか? それとも、この結界を破ってワシを倒そうとでも思ったのか?」
俺は左手で結界に触れスキル『業火』を使う。
黒く禍々しい炎が左手から吹き出し結界にヒビが入った。
そして次の瞬間、結界は割れたガラスのようにバラバラと崩れ落ちた。
さてと、ここからは俺達のターンだな。
――――――――――――――――
後書き失礼します!
ここまで読んでくれて、ありがとうございます。
先週崩した体調は無事回復いたしました!
ご心配お掛けし申し訳ありませんでした。
前回が短かった分、今回は少し長めになっております。
少しでも気に入って貰えたり、続きが気になる方は、【★マーク】で評価や【フォロー】して貰えると嬉しいです。
書く側になってわかったのですが、とても励みになります。
【次回投稿日について】
次の投稿も一週間後の8/27(日)19:11を予定しています。
これからも、よろしくお願いします!
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