第100話 ティターニア

 今、この神託の間と呼ばれる部屋にいるのは、俺、ミア、レイサルさん、そして赤帯のエルフの長老エリオンだ。

 このエリオンは、かなり性格をしていて同盟軍の破れる様を俺達に見せ、悲痛に歪んだ顔が見たいらしい。

 なぜエルフ側の勝利をそこまで確信しているのか気になっている。

 ただの誇大妄想なら良いのだが、ハイエルフの長老がそこまで愚かだとも思えない。


「おい。ちゃんと見とるか? 見たい箇所があれば遠慮なくワシに言うが良い。しっかり応援するのじゃぞ。くっくくく」


「それでは遠慮無く。ティターニア周辺を一通り見せてもらえないですか。エルフ軍と同盟軍の陣形が知りたい」


 エリオンは頷き、壁に付いていたスイッチを取り外して操作する。

 すると目の前の映像が4分割に分かれて、別々の光景を映し出した。


「画面は右上から時計回りに、ティターニアの東、西、南になっておる。4つ目のマスは、おまえ達の本陣を拡大して写しておる。どうじゃ? これで良いか?」


「ええ。けど、エルフ軍が写っていない。そこは秘密ですか?」


「くっくくく、ワシらは籠城戦じゃ。だから写らないだけよ」


 どういうことだ? 魔法とか使える戦争で、籠城戦とか悪手じゃないのか?

 俺が疑問に思っていると、レイサルさんから念話がきた。

 ミアと魔王にも繋がっている。


『タクミさん。ティターニアは都市の城壁の外側に、さらにもう1つ城壁があります。そこで迎え撃つつもりなのでしょう。エンツォ、ティターニアの北側は確認できていませんが、東側と西側と南側は外周の城壁での戦闘になるでしょう』


『はい、こちらも状況は把握しています。ただ、城壁は昔の話。今は砦と呼んだ方がいいぐらいな堅牢な造りになっていますよ。アイツらも戦に備えていたということでしょう』


 エンツォの丁寧な言葉遣いって、どうしても慣れないな。

 城壁の砦化からエリオンの余裕がきているなら良いんだけど。

 何か嫌な予感がする。


『エンツォさん、アイツら流刑の地を覆っていた結界のような装置は持っていないんですか?』


『タクミよ。あの装置は魔力炉というものが必要なのだ。流刑の地の魔力炉が破壊されたのなら、もう使うことはできないだろう』


『魔力炉……もし、それが複数あった場合はどうでしょうか?』


『——あれを作るための原料をエルフは持っていないのだ。私が把握している限り、ヤツらは手に入れていない』


 なんだ? 魔王の話すトーンが変わり、レイサルさんの顔から表情が無くなった。

 何かマズいことを聞いてしまったらしい。


『そ、それで、これからどう攻める予定なんですか?』


 ミアがこの冷え切った空気を変えるべく質問した。

 

『あ、そうだったな。こちらの作戦を伝えておこう。こちらは首謀者を逃がさないよう包囲しながら攻める。北は世界樹があるから戦場にはならん。それはヤツらも同じだろう。念のためメアリーがメルキド王国軍を率いて逃走に備えて展開している。西はアーサーが指揮するメルキド王国軍。東はゲイル、南はカルラとアレッサンドロが指揮する魔族軍を配置した。そして俺は遊撃隊だ』


『エンツォ……あなたは本陣で指揮するのではないのですか?』


 レイサルさんは、手を顔に当て呆れたようにつぶやいた。


『今の時代、念話機がありますからね。私は遊撃隊として動いた方が良いのですよ。そのために念話機を持つ者が東西南北の各部隊にいるのです』


『俺達は何をすれば良いですか?』


『……おまえ達は敵の本丸にいるのだぞ。やることは決まっているだろ? だが、今の状況は敵の情報を知る絶好の機会でもある。オレから合図するまでは、そこから情報を流してくれ』


 とりあえず、この長老エリオンが強気な理由だな。これを探るとするか。


 ◇


 ——それからしばらくして戦争の火蓋は切られた。

 予想通り敵も味方も北側では何もアクションは起こさなかった。

 東側、南側の魔族軍はそれぞれ兵力1000人ずつというところか。

 西側のメルキド王国軍は4000人いるらしい。

 この人数差は、単純に魔族軍の方が個々の兵士が強いからだ。

 魔族軍は全員レベル60以上、それに比べメルキド王国軍はレベル20以上から参加しており、レベル40前後の人数が一番多いらしい。


 エルフ軍も砦のような造りになっている城壁に籠もり、魔法と魔道具を使った攻撃を繰り広げている。

 この世界の対人戦争はモンスターとの戦いとは違い、ポーションや回復魔法があるため長期戦になる傾向がある。

 兵站を押さえることで、回復薬や魔道具のエネルギー源となる魔石の補充を断つ作戦もあるだろうが、今回はエルフの首都での籠城戦だ。物資切れを狙うのはなかなか厳しいだろう。

 同盟軍側も転送魔法陣があるため、兵站の心配は無いに等しい。

 これは……長引くかもな。


 そう思っていると、西側で大きな青い閃光が砦に向かって放たれ大爆発が起こる。

 さらに二度三度と閃光が走り、城壁だったモノが空を舞い瓦礫と化していく。

 城壁の一カ所が大きく崩れ、メルキド王国軍が一斉に突入していく。


「いやはや、さすがはアーサー。ここで散るには少し惜しい気がするのぉ。次のアーサー、ミムラが出現するまで、どのぐらい月日が掛かるのか……そうじゃ。おまえ、今からでもこちらに寝返らんか? そこにいる愚か者レイサルの首を取れば、寝返ったと認めてやるぞ。どうじゃ?」


 俺達は全員エリオンの発言を無視し、相手にしなかった。

 ミアはレイサルさんに「どういう意味なんですか?」と聞いていた。

 そうなのだ、自軍が圧されている状況ならば、そんな発言は出ないはずだ?

 もしかして……エルフ軍の書いたシナリオ通りに進んでいるのか? 

 

 東側、南側でも徐々に均衡が崩れ始めていた。

 レベルの差なのか、攻撃力が違いすぎる。

 多少の傷ならすぐに回復し戦線に復帰できるが、本気になった魔族の攻撃は一撃一撃が相手を瀕死にしていく。

 うーん。魔族って完全にチートだな。魔物を使ったレベル上げがズルすぎる。


 同盟軍勝利に、ほぼ戦局は決まったな。

 長老エリオンの様子を見ると、映し出される戦場を見ながら笑っていた。

 ……これで確定だな。


『エンツォさん、理由はわからないんですけど、ここにいるエリオンって長老が戦況を見て笑っています。絶対に何かあります。気をつけて下さい』


『そこにいるのはエリオンか。ヤツは非常に狡猾なサディストだ。……わかった。少し様子をみよう。そちらでも何か聞き出せるか試してくれ』


 サディストで他種族にまで名を馳せるとか、この長老ヤバすぎだろ!



――――――――――――――――

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