第93話 狂気

「え? 世界樹はアーティファクトだったんですか!?」


「そうです。世界樹は、瘴気を浄化するための知能を持ったアーティファクトです。我々の研究では、古代の地上は瘴気に覆われ暮らせなくなったため、古代人は地下へ避難した。その間に地上を浄化するために作られたものが世界樹と考えられています」


 たしかに、それならゴンヒルリムがシェルターのように感じた理由に辻褄が合う。


「そして、世界樹は地上の瘴気を浄化した後、吸収するエネルギーがなくなり徐々に小さくなりシラカミダンジョン地下深くへと戻りました」


「戻ったんですか?」


「はい。世界樹はもともとシラカミダンジョンの最下層に設置されていました。地上の瘴気を吸収するため、そこから霊峰シラカミの山頂まで縦穴が続いています。その縦穴は、世界樹が瘴気を吸収し巨大化したため、今では直径2キロほどの巨大な縦穴として残っています」


「もしかして、シラカミダンジョンの最下層には、そこから降りられるのですか?」


 レイサルさんは、首を横に振る。


「凄まじい瘴気溜まりになっていて、穴の1キロから下には降りられません。穴の深さは5キロと言われていますので、そこから最下層へたどり着くのは不可能でしょう」

 

 仮に穴のある山頂が標高3000メートルだとすると、地下の深さは2キロってことか。


「話を戻しますが、シラカミダンジョンの最下層で世界樹を見つけたサイロスは、それをティターニアまで持ち帰り植えました。シラカミダンジョンの地下深くでは、地上の瘴気が届く頃には手遅れになるからです。そして、地上の瘴気を吸収し成長したのが今の世界樹です」


 ここまでは何も問題ないよな。世界樹を地上へ運んで使ったのも当然だと思うし。管理しやすいティターニアの近くに植えたのもいいだろう。

 仮にエルフ族だけでも守りたいという意思があったとしても、どこに設置するかで揉めてる場合じゃないだろうからな。


「それから100年ぐらいかけて、世界樹は世の中の瘴気を浄化しました。その役目を終えた世界樹は、枯れて元のアーティファクトの大きさに戻ろうとしました。そのときエルフ族の中で大きな問題が起こりました」


 レイサルさんは目を閉じ、そして深く長いため息をついた。


「世界樹を神と崇める者が現れたのです。世界樹はアーティファクトですが、知能がありました。我々と会話が出来るのです。古代の知識を持つ世界樹の言葉は、まるで神の御告げのようでした。その言葉に実際に救われたことは数知れず、いつの日かアーティファクトではなく神格化してしまったのです。そして、世界樹を神と崇めた者達は、世界樹がそのまま神でいられるための行動を起こしました」


 世界樹がそのまま神でいられるための行動って……。

 いや、いくらなんでもそんなバカなことは……しないよな?

 

「そいつらが世界樹に『瘴気』を提供している?」


「……はい。正確には当時から30年間ほどです」


 嘘だろ。それは本末転倒じゃないか。

 瘴気を除去するために世界樹を使ったのに、今度は世界樹を育てるために瘴気を増やすとは狂気の沙汰だ。

 

「そのとき、エルフ族は世界樹を崇める者、アーティファクトとして扱う者に分裂しました。世界樹を崇める代表者が今の王サイロス。そして、アーティファクトとして扱う代表者が——」


「レイサルさん、あなたですね。そして、この地に全員流された。だから流刑の地ということですか……。そうなると結界というのは、外に出るのを防ぐための牢獄というわけか」


 レイサルさんは力なく頷く。

 護衛の男からは睨まれてしまった。


「あのぉ……サイロスさんとレイサルさんは、当時を生きていたご本人ということですか? 350年ぐらい前っていう話でしたけど」


 ミアのした質問は、実は俺も気になっていた。

 

「ええ。その通りです。エルフ族の中にはハイエルフという長寿が、生まれることがあるのです。ハイエルフは500年ほど生きます。この村のハイエルフは私1人ですが、ティターニアにはサイロスと3人の長老がハイエルフです。長老は初代魔王の時代から生きていますよ」


 これでエルフ族のことがいろいろわかったな。

 ヤツらが自分達のことを秘匿にしたがる理由も、そのあたりが関係しているんだろう。


「今の話でみなさんの現状がわかりました。それで質問なんですが、レイサルさん達はどうしたいんですか? 俺達はこの結界を破壊するつもりです」

 

「え? 破壊する? ……あれを破壊できるんですか?」


「はい。たぶん出来ます。というか必ず破壊します。あの結界さえ破壊できれば、俺は各種族の王たちに連絡できますし、転送魔法陣も使えるようになります。だから、レイサルさん達が何をしたいのかを事前に聞いておきたいのです」


 ここに閉じ込められたまま、生涯終えるわけにはいかないからな。

 どんな手段を使っても、必ず結界は破壊する。

 最悪の場合……覚悟はできている。


「……我々は……エルフ族としてこの時代に生きたい。取り残されたこの地ではなく、他の種族と手を取り合い共に歩みたい。それが叶うのならば……」


 レイサルさんの目から一筋の涙がこぼれた。

 セリナさんと護衛のエルフからも嗚咽がもれる。

 250年近くこの地に閉じ込められていたのだ。

 その想いは俺なんかの想像の及ぶところではないだろう。

 

「わかりました。そういうことなら、俺達も協力させてください。まずは結界について調べてきますね」

 

 そして俺達は、結界の調査に向かった。

 レイサルさんは、俺達にセリナさんをつけてくれた。

 村のエルフ達への配慮でもあるようだ。

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