第90話 世界樹へ

 連合軍と魔族の戦争から半年が経った。

 俺とミアは魔族領のゾフにいる。

 ここからエルフ領にある世界樹へ向けて旅立とうとしていた。

 

 この世界ではエルフ族に関して秘匿されているが、エルドールの知識を盗み見たおかげで、世界樹のある場所がわかった。

 ククトさんとマルルさん、待っていてくれ。もう少しで世界樹の葉が手に入りそうだ。


 本当は、戦争の後すぐにでも世界樹の葉を取りに行きたかったが、ドワーフ王や魔王から協力要請があり、今の時期になってしまった。


 戦争の後、人族、ドワーフ族、魔族の間で軍事、経済、流通と様々な分野で同盟が交わされた。

 メルキド王がエルフ族の国外追放を宣言し、魔族に対して今回の件について直々に謝罪したのが大きかった。

 

 今、人族ではドワーフ王国と魔族の魔道具技術を組み合わせた新しい魔道具が話題になっていた。

 魔族の魔道具を、どの種族でも使えるように変換するアーティファクトをミアが創ったのだ。

 これにより、新しい魔道具の需要が大きく伸びた。


 俺とミアは、この半年の間リドと一緒に世界中を飛び回った。

 各地に『転送魔法陣』を設置するためだ。

 最初は転送魔法陣をゴンヒルリムで作成し、各地に送る方法も考えた。

 しかし、転送魔法陣の盗難が発生したため、設置した場所でしか使えないよう仕様を変えた。

 そのため、ミアの『デフォルメ』を現地で行う手間が発生してしまったのだ。


 転送魔法陣が世界各地に設置されたことで、ゴンヒルリムは大変なことになっている。

 全ての転送は、必ずゴンヒルリムを経由するため、ゴンヒルリムの入出管理棟は今では空港のような巨大な施設になっている。

 現在工事中の区画もあるが、50%は可動している状態だ。

 棟梁達の指揮のもと、ドワーフ族は毎日忙しくフル稼働しているそうだ。


 転送魔法陣を設置した施設には、ゴンヒルリムの通行証を持ったドワーフ族が配置されている。

 ゴンヒルリムの通行証は、その転送魔法陣でしか機能せず、許可された人しか使えない盗難防止機能まで組み込まれていた。

 俺達がゴンヒルリムを旅立った後、ドワーフ王の指示で入出管理棟の改築と平行して研究していたそうだ。

 まあ、あの王様ならここまでの未来予想図は描けるだろうからな。

 

 人族、ドワーフ族、魔族の三種族では、新しい時代に向かって大きく動いていた。


 そんな中、俺達が世界樹に行くのを止める声も多い。

 特にミアの存在は、今では女神のごとくこの世界に欠かせなくなってしまった。


 そんな状況ではあるが、俺だけで世界樹に行ってくるよと提案したことはない。

 それは俺達2人だけしかわからないかもしれないが、理屈ではないのだ。

 ここまでずっと、あの2人を蘇生するために歩んできた。

 あともう少しでかなうところまできた。ここで足を止めたり、誰かに代わりをお願いする気にはなれないのだ。

 

 そして、エルフ族については、別の懸念もある。

 エルドールの知識を覗いたときに、やつらの首都に異世界人がスキルを込めたざくろ石が大量にあることがわかった。

 これは魔王も気づいていて、やつらのテロを警戒していた。


 そのエルフ族はというと、不気味なほど大人しかった。

 だからこの機に俺達少数だけで世界樹へ行くことにした。

 穏便に葉っぱだけ拾ってくる予定だ。


 今回の旅は、リドも一緒に行ってくれる。

 リドとはこの半年間、世界各地へ飛び回ったので今ではかなり仲良くなり頼もしい相棒となっている。

 俺の言うことも、なんとなくわかるようになってくれた。

 これを言うとカルラに焼きもちをやかれ、「リドは私の親友なのよ。私よりも仲良くなったら許さない」と文句を言われた。


「さてと、準備も終わったしそろそろ行くよ」


「リド、2人を頼んだわよ。危なくなったら、タクミの言うことは無視して戻ってきなさい」

「タクミよ。本当に2人だけで大丈夫なのか?」


 カルラとゲイルが心配してくれる。


「大丈夫だよ。戦争しに行くわけじゃないからな。それに俺達だけなら転送魔法陣で帰ってこられるしな」


「ミアっち、ワッチも行くでありんす! 置いていくなんて酷いでありんす!」


 クズハは泣きながらミアに抱きつく。

 あの戦争の後、クズハは急に成長した。今では15歳ぐらいの外見になっている。

 魔王が言うには、あの戦場で大量に発生した瘴気を吸収したのが原因らしい。

 

「クーちゃん。私も連れて行きたいけど。タクミが……」


 おい、ミアさん。その言い方は誤解されるだろう。


「タクミっちは、ワッチのこと嫌いでありんすか?」


 ミアとクズハが俺を懇願の眼差しで見る。

 ぐっ……俺が連れて行かないと言ってるみたいじゃないか。

 

「クズハ、わがまま言うな。おまえが暴れると世界樹が消滅して、タクミ達の努力が無駄になる」


 魔王がクズハは止めようとする。


「エンツォ。うるさい。きもい。消えて」


 ……痛い。痛すぎる。俺がそんなこと言われたら立ち直れんぞ。

 いつもはクールな魔王も、背中に哀愁が漂っていた。

 普段はそんな言葉つかわないんだよな。

 クズハが反抗期からなのか、2人の仲が良いからなのかよくわからんが、魔王にはいつも手厳しい。

 

「ま、まあ、ここ最近はちゃんとお留守番していたから、連れて行くか。万が一、危険なことが起きたら、クズハがいるのは頼もしいしな」


 クズハは俺に抱きつき喜んだ。

 俺に隠れてミアへVサインを送っているのは、見なかったことにした。

 

「た、タクミ。本気で連れて行くのか? 今のクズハなら世界樹すら消し炭にしかねんぞ」


「この半年、ミアもクズハと離ればなれになることが多くて寂しそうだったし、クズハもストレス溜まってそうだから、むしろ連れて行った方が安全かなと……」


 魔王も少し納得したようで、渋々OKを出してくれた。

 そして俺に近寄り、耳打ちする。

 

「タクミ。流刑の地にいるエルフ族とは戦うな」


 それだけ言うと離れていった。

 流刑の地? エルフには島流しの刑でもあるのか?

 まあ、世界樹の葉を取りに行くだけなので会うこともないと思うが、一応頭にいれておく。


「よし! ミア、クズハいくよ。それじゃ、みんな行ってきます。何かあれば念話してくれ」


 その声を合図に、リドの巨大な翼は優雅に羽ばたき、俺達を乗せゆっくりと走り出した。

 振り返ると、みんなが笑顔で手を振っていた。

 あとは世界樹の葉を手に入れ、ククトさんとマルルさんを蘇らせるだけだ。



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