第86話 最凶

 ミムラはどこだ?

 連合軍から一斉攻撃を受けたとき、完全に見失ってしまった。

 俺は『ping』を使いミムラを探す。アーサーのいる方向に赤い靄が現れた。


 そしてミムラを対象に『ルーター』を使い、あの女を追った。

 おかしい。この先は俺とアーサーしかいないぞ?


 誰もない場所なのに赤い靄だけが急激に濃くなった。

 俺はライトセーバーを赤い靄めがけて振り抜く。

 ……手応えはあった。


「ふふふっ。あはははは。すごいですよ、タクミさん。これ認識阻害じゃなくて透明になるスキルですよ。どうやって私を見つけたんですか?」


 背中に焦げ跡の残る大きな切り傷をつけた姿のミムラが突如現れた。

 鎧や服の裂け目は焦げているが、皮膚はみるみるうちに回復し傷跡も消えてしまった。


「さっきのバリアにも驚きましたが、私のいる場所も正確にわかっていましたよね? ……私はラッキーです。ゲームや物語って、強敵を倒すとレアアイテムやスキルが手に入るじゃないですか。今回ならアーサーさんやメアリーさんがそれにあたります。タクミさんは……」


 ミムラは俺を見てニヤリと笑う。


「裏ボスってところでしょうか。……絶対に逃がさない。私が全てもらってあげますよ」


 俺もゲームをやるから気持ちはわかるが……そんな目で見られる日がくるとは考えたこともなかった。

 こいつのスキルは相手のスキルを奪う最凶のスキルだ。

 けど、メアリーからスキルを奪う過程を俺に見せたのは失敗だったな。

 おかげで少し勝ち筋が見えてきた。


 スキルを奪うのに、何か条件があるハズだ。

 たぶん、スキルの持ち主本人の意思で何かをやらせる必要がある。

 そうじゃなければ、メアリーを攫って力尽くでスキルを奪えばいいからな。


 メアリーと一番時間をかけていたのは、2人で馬に乗っていたとき。

 そうなると、一定時間の間……『同じ乗り物に乗る』『自分を触らせる 』『会話をする』、こんな感じの条件になりそうか。


 あいつは俺のスキルを奪う気満々だ。

 ということは、この場に乗り物はないので、同じ乗り物に乗るという選択肢は消していいだろう。


 その後、メアリーを刺した。殺さないであえて生かした。

 俺はそこに大きな違和感を感じた。

 そんなことしたら、メアリーに不死身のスキルを使えと言ってるようなものだ。

 だから、『奪いたいスキルを相手に使わせる』。この条件はほぼ確実であたりだと思う。


 だから、これ以上はあいつとは会話しない。

 スキルも極力使わないで、チャンスがくるのを待つしかない。

 俺もレベルを71まで上げたんだ。なんとかしてやるさ。


 ミムラが俺の方に向かって歩いてくる。

 俺は全方位にいつでもバリアを出せるようにしながら、ミムラのスキルを警戒する。


「何か警戒してますね。顔に書いてありますよ。奪われたくないって!」


 ミムラはミスリル製の剣を抜き、斬りつけてきた。

 けど無駄だ。ライトセーバーなら、剣を真っ二つに斬れる。


「うりゃァァ!」


 俺はミムラじゃなく、ミスリルソードの刀身を狙う。武器破壊だ!

 しかし、ミスリルソードは無傷だった。


「どうしたんですか? 驚かれてるようですけど。今度は私からいきますよ」


 ミムラは俺に斬りかかってきた。

 舐めるな! 俺もこれまで多くの実践をこなしてきた。

 スキル無しなら負けない。

 

 緑と赤の光の残滓が目に焼き付く。

 ただひたすらに斬り結ぶ。剣を交わすにつれ、剣速が上がる。

 俺も負けじとどんどん速度を上げる。


 ミムラ……俺とお前は同期だ。

 魔王に鍛えられた俺のレベルには届くまい。

 基本スペックでゴリ押ししてやる!


 ——おかしい。

 ミムラの剣速が徐々に俺を上回ってきている。

 ちっ…… 俺は後方へ大きく下がった。


「どうしましたかタクミさん? 顔色悪いですよ」


「おまえ……レベルいくつだ?」


「素直に言うわけないじゃないですか。……けど、タクミさんのお願いなので答えてあげます。私のレベルは90です」


 ミムラは勝ち誇ったようにニヤリと笑う。

 まさか……


「おまえ……奪えるのはスキルだけじゃない。経験値もか!?」


「メアリーさんに聞いてみるといいですよ。もう、その機会はなさそうですけど」


 ミムラが左手を頭上に上げると、大きな光の球が現れた。

 そして、球は強烈な光を放ちながら、俺の方に向かってくる。


 まぶしい……目くらましか?

 その瞬間、赤い靄が急に濃くなった。ミムラが突っ込んできたのだ。

 ライトセーバーで応戦しようとしたとき、右足の甲に痛みが走る。

 俺の右足の甲をミスリルソードが下から上に向かって貫いていた。


「おどろいた? そのバリアでもゼロ距離の攻撃は防げないみたいですね」


 しまった。影だ。あの光の球は目くらましではなく、ミムラの影を俺に伸ばすためのものだった。

 この場から逃げようとしたが、それよりも早くミムラが詰めてくる。

 『心の壁』バリアでミムラを弾くも……ミムラの影が俺の左足を覆った。

 

 左足のアキレス腱のあたりから血が噴き出す。

 バランスを崩し倒れかけるが、なんとか右足で……バシュッ。

 くそっ! 今度は右足の腱を斬られた。

 俺は両足に力が入らなくなり、崩れるように座り込んだ。


「タクミィィィ! 貴様ァァァ、絶対に許さん!」


 アーサーの叫び声だ。アーサーの横にミアとクズハもいた。

 治療は無事に終わったようだ。


『みんな、今すぐここから離れろ。頼むから離れてくれ』


「ふざけるなァ! 今助けに行く!」


 アーサーが叫ぶと、ミムラは座り込む俺の元にやってきて、左腕で絡めるように俺の首を絞めてきた。


「アーサーさんは、もう少し待っていてください。あなたともちゃんと戦ってあげますから」


 グ、くばっ…… こ、声が出せない。


『みんな急いでここから離れろ。おまえ達がいると戦えないんだ』


『ふざけるな。タクミを見捨てて逃げるなんて僕にはできん!』


 ミムラの腕に力が入る。息が……できない……

 俺は左手でミムラの腕を掴み、首から解こうとするがビクともしない。

 いや、少し呼吸ができるようになったのか?

 掴んでいる腕を放そうとすると、すぐにミムラの腕が首に絞まる。

 間違いない……こいつのスキルの……発動条件は……相手の意思で……触らせることだ。

 

『早く行け! このままだとチャンスを逃す。おまえ達は俺の仲間なんだろ? 俺を信じてくれ!』


 アーサーは、ミムラを睨み付けミアとクズハを連れて、カルラ達の方へと走っていく。


「あらあら、タクミさん見捨てられちゃったようですね。安心してください。ちゃんとタクミさんの恨みは、私が晴らしてあげますからね」


 それでいいんだ。あと少し遅かったら、本当にヤバかったぞ。

 

「ば……ば……」


「どうしました? しょうがありませんね。少しだけ話しやすくしてあげます」


 首を絞める力が少し緩んだ。


「ババア……殺せ」


「失礼しますね。私はまだそんな歳じゃないですよ。それに貰うモノもらわないとまだ殺せません」


「くっくくく。違うさね。こいつの言ったババアはワシのことじゃよ」


 俺は右手の『収納バングル』から取り出した『魔刀断罪だんざい』を持つ手に力を込めた。

 その瞬間、鞘は吹き飛び刀身から黒い炎が噴き出した。

 刀身から伸びた黒い炎は荒れ狂い、俺の意思で制御できないことだけはハッキリとわかる。


「……チッ」


 我に返ったミムラは慌てて逃げようとしたが、俺は掴んでいたミムラの腕を離さない。


「は、離せェェ!」


「ババア、早くしろォォォ!」


 俺の声に反応したのか、黒い炎は更なる勢いで急速に膨れ上がり、禍々しい輝きを放ちながらミムラへと迫る。

 ミムラが必死な形相で、俺の左腕をミスリルソードで切断しようとするが、黒い炎は瞬く間にミムラを包んだ。

 恐怖に歪んだ表情を浮かべ、悲鳴を上げることもできずに焼き尽くされていく。


 戦場は一時の静寂に包まれた。

 俺は息を切らしながら、ミムラを掴んでいた左手を見ると、肘から先が炭と化しボロボロと崩れ落ちた。

 そして、俺は意識を失った。

 

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