第85話 狼煙
連合軍の青い光の壁に触れた魔族の兵士が、黒い煙を上げながら倒れた。
それを見た後続の兵士達は慌てて止まる。
後ろから押される形で先頭がズルズルと壁に近づいていくが、ギリギリのところでなんとか止まれた。
しかし安心する間もなく、今度は連合軍が壁の向こう側から、手に持つ赤い石を空に弧を描くように投げてきた。
壁の上を越えたざくろ石は、光の壁付近に集まった王国軍と魔族軍の頭上へと降ってくる。
『マズい。ミア、バリアでカルラ達を守ってくれ』
俺は『ルーター』スキルを使い、アーサーのもとへ急ぐ。
今のアーサーは、メアリーの『魔法の鞘の加護』スキルがかかっていない。
不死身じゃない状態であの攻撃を受けるのは、いくらアーサーでも無傷とはいかないはずだ。
ダメだ……間に合わない。
いたるところで爆発や竜巻が吹き荒れ、兵士たちの叫び声が響き渡る。
俺は『心の壁』バリアを使いなんとか乗り切ったが、周りでは甚大な被害がでていた。
『アーサー無事か?』
『……すまない。左足を負傷した。私のことよりも、このまま次の攻撃を受けると立て直すのが難しくなる。何か手はあるかい?』
連合軍はこちらの状況を気にすることなく、追撃に使う赤い石を準備し始める。
この機会に俺達を徹底的に叩く気だ。
くそっ、完全に追い詰められた。
全員が絶望の淵に立つこの状況を理解していた。
全身を血まみれにしながらも戦い続けてきた屈強な戦士達でさえも、その顔には焦りと恐怖が浮かんでいた。
「だめだ……戦況をひっくり返せる手が何もない。全滅してしまう……」
そのとき、俺は上空から風を感じた。
顔を上げると、おぼろげに何かが見える。
まさか……
「グァァァァァァァァァァアアアアアア!」
突如として空から地を揺るがすほどの咆哮が轟いた。
光と風が一体となり、戦場に差し込む。
そこにいる全ての者の目線は空へと上がり、驚愕と希望の表情を浮かべた。
巨大な翼を広げたドラゴンが、威風堂々と飛来したのだ。
その鱗は赤黒く、炎のような瞳はある者には勇気を、またある者には絶望を与えるように輝いていた。
ドラゴンの巨大な体躯が、戦場を大きく旋回し連合軍が作った青い光の壁に沿うように滑空する。
胸から首筋の鱗を透けるように赤く輝かせ、炎のブレスを吹き下ろした。
口から吐かれたブレスの炎は強烈な熱を放ち、周囲の空気が歪んだ。
一瞬にして炎に包まれた地面は土が蒸発して煙が上り、ついには溶岩のような赤黒い液体になる。
地面に突き立てられてあった魔道具の杖は、逃げ遅れた連合軍の兵と共に溶岩に飲み込まれ火を吹き上げながら溶けていった。
「リドォォォォォォォ! 来てくれたのね!」
遠くからカルラの叫び声が聞こえた。
それに応えるように魔族軍から歓声があがり、それはメルキド王国軍にも伝播した。
間に合ったか! しかもここ一番のタイミングで来てくれて本当に助かった!!
リドは王都メルキドからカルラを救出して脱出するときに大怪我を負った。
俺達はリドを安全に魔族領へ返すため、そこからは別行動をとっていた。
未整備地区で俺達がクズハを連れて魔王と別れた頃、リドは訓練施設のある村まで戻ってきたのだ。
その連絡を受けた魔王は、村で夜までリドを治療していたそうだ。
魔王からは援軍として向かわせると聞いていたが、よくぞこのタイミングで来てくれた!
『カルラ、リドはまだブレス吐けそうか? できるなら、もう1回お願いしたいんだけど』
『あれはかなり魔力を使うのよ。すぐにはできないわ』
さすがに、リドだけで殲滅ってワケにはいかないか。
そうなるとあの巨体は恰好の的になるな。
『わかった。リドは敵に突撃させないように! ざくろ石の届かない距離で待機して敵を威圧してくれ。あと、メアリーは無事なんだよな?』
『ええ、無事よ。クズハが妖術で治療してくれたわ……ちょっとこの件については、後で話があるわ』
なぜだろう。カルラの顔は見えないけど、間違いなくジト目しているのがわかる。
リドのブレスで溶解した地表から、不快なまでの熱気が周囲に漂う。
息苦しさを覚えるほどだ。
だが、そのおかげで勢力図を一気に塗り替えられた。
青い光の壁は消滅し、連合軍の兵士も3割ぐらい減らしたように見える。
カルラとアーサーは敵が怯んだこの機を逃さず、反撃の指示を出していた。
『アーサー、怪我は大丈夫か? 今からそっちに向かう』
『すまない、助かるよ。ポーションで傷は塞いだんだけど、左足は折れてるみたいだ。こんなときに……』
『大丈夫だ。クズハなら治せる。ミアとクズハをそっちに向かわせるから、それまでは無理しないようにな』
俺はアーサーとの念話を切ると、ミアにアーサーの状態を知らせ救援をお願いした。
さてと……俺はアーサーの護衛に入るのがよさそうだな。
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