第82話 掃討作戦

「ここだけの話、私にとって異世界人って邪魔なんですよね。中途半端に知識があるじゃないですか。だから、私の物語から退場して頂くのが一番良いかなって。だって、この世界の主人公は私ですから!」


 ミムラはニヤリと笑い、俺の方へゆっくりと近寄ってくる。

 まったく攻撃してくる気配がない。手には何も持たず、まるで散歩しているかのようだ。

 ん? さっきまで持っていたショートソードはどこへいった?


 ——ゾクッ。背筋に冷たいものが走る。

 俺は慌てて『心の壁』バリアを全方位に貼った。

 キィィィィィンと甲高い音が背後で鳴り、八角形のバリアがショートソードを弾く。


 後ろを見ると、影から生えた手がショートソードを握っていた。

 俺が慌ててその場から離れると、影から生えた手は消えてショートソードが地面に落ちる。


 ……なぜ消えた? 俺は周りを見渡してふと気づいた。

 ミムラの影だ。俺がさっきまでいた場所は、ミムラの影が俺の影につながっていた。

 たぶん、ミムラは影を操作できるスキルを持っている。

 条件は、自分の影と繋がっている影といったところか……

 

 パチパチパチパチ。

 ミムラはにっこりと笑いながら、軽く頷く。

 

「すごいです。初見で『影人形』を防ぐなんて本当にすごいですよ! これを手に入れるとき、私だって怪我したのに……今の八角形のバリアってスキルなんですか? あっ、メアリーさんのスキルをもらったので、もう防御系のスキルはいらないのか……けど……あのときも…………コレクションにしても……」


 何かボソボソとつぶやいている。

 その隙に陽の光を考え、影が交わりにくい場所へと移動した。

 ミムラの独り言は終わったらしく、俺に顔を向けてきた。

 

「とりあえず、やりかけのクエストを終わらせておきましょうか」


 ミムラが何かつぶやくと、頭上に1本の光の矢が現れた。

 そして、人差し指を伸ばした右腕を掲げ、メアリーに向けて振り下ろす。

 光の矢はミムラが指差した方へ高速で飛び、メアリーに突き刺さった。

 そして……メアリーの身体は跡形もなく消えた。


「……何が起きた? メアリーさんが消えてしまいました」


 ミムラの表情から笑みが消え、俺を睨む。


『ミア、こっちはバレた。メアリーはどうなった?』


『クーちゃんの妖術で回復したので、もう大丈夫。アーサーさんにも連絡したよ。今、カルラ達のところまで避難したとこ』


 俺がミムラと話しているときに、ミアとクズハには魔王からもらった認識障害のアーティファクトを着けて、メアリーを救出してもらった。

 矢が刺さって消えたメアリーは、ミアの『現実絵画だまし絵』で作られた偽物だ。

 ミア達が安全な場所まで避難できたので、もう時間を稼ぐ必要はないな。

 ミムラが意外におしゃべりだったので助かった。


「どうやら逃げられてしまったようですね。まあ、メアリーさんのクエストはクリアしています。殺すのはオマケみたいなものなので良しとしましょう。今のメアリーさんならいつでも殺せますし」


 ミムラが俺をジロジロと見てくる。

 ……嫌な予感しかしない。


「私はタクミさんの方が絶対にやっかいだと思うんですよ。けど、あの人達に言ってもわかってもらえないでしょうね……残念ですが、メインクエストに戻るとしましょう」


 そう言うと、ミムラは「ファイアー」と叫び、空に向かって炎球を3発放った。

 すると冒険者ギルドの攻撃が止み、エルドールの狂ったような笑いが周囲に響く。


「……フフフッフフフ。アハッ、アハ、アッハハハハハハ。とうとうやりましたね。ミムラさんご苦労様でした。もう用事は終わりましたので、これより掃討作戦に入ります。一人も残さず殲滅しなさい。クッククク。アッハハハハハハ——」


 エルドールの声が聞こえなくなると、エルフ軍と冒険者ギルドの陣形が大きく変化していく。

 冒険者ギルドの後方にいたエルフ軍が左翼へ移動し始めた。

 魔族軍もそれに合わせるように、メルキド王国軍の右翼へ移動する。

 メルキド王国軍と冒険者ギルド、魔族軍とエルフ軍がちょうど対峙する形になった。

 兵数は王国軍が7000人、魔族軍が1000人。

 冒険者ギルドが500人、エルフ軍が1000人と数の上では圧倒的にこちらが有利だ。


 数では劣勢にある連合軍側は、薄く横陣隊形をとっている。

 横一列に並んでいる。あんなに薄くて大丈夫なのか?

 簡単に分裂させられて各個撃破されそうだけど。


 ミムラは動かずそれを眺めていた。

 1対1で戦える場面だが、正直倒し方が思いつかない。

 この状態で戦闘しても、こちらの手の内を見せるだけで追い詰められるのは俺の方だ。

 アイツが動き出す前に、何か手を考えないと……

 そんな俺の考えを見透かしたように、ミムラが俺に声をかけてきた。


「タクミさん。私はそろそろいきますね。あなたのスキルにとても興味があります。けど、今は優先しないといけないことがあるんです。だから……死なないでくださいね。まあ、あなたはバリアがあるから大丈夫だと思いますけど」


 そう言うとミムラはメルキド王国軍へ向けて歩き出す。


「ちょ、ちょっと待っ——」


 なんだあれは?

 連合軍の全員が、どこからか赤い石を取り出した。

 まさか……あれはざくろ石!?


『ミア! 敵の手にざくろ石がある。もし威力のある範囲攻撃のスキルが込められてたらマズいことになる。急いでカルラに石について説明してくれ。俺はアーサーに説明する』


 念話を切り、急いでアーサーにつなぐ。


『アーサー。ヤツらのもっている赤い石は、スキルを込めることができる。強力な遠距離攻撃がくるぞ!』


 ——荒れ果てた戦場に、連合軍の持つ赤い石が光り輝いた。

 石から解き放たれたスキルや魔法は、多彩な模様の光の残滓を描きながら王国軍と魔族軍を襲った。

 まるで自然災害のように、炎が猛威を振るい、風が竜巻と化し、雷光が天空を貫いた。


 やられた……。ざくろ石の特性をエルフ達も気づいていたのか。

 ヤツらは冒険者ギルドでいくらでも魔石を集められる。

 そして、異世界人を沢山抱えているから、いくらでもスキルを込められる。


 魔法やスキルが乱れ飛び、身体が焼かれる者。全身を風に斬り刻まれる者。

 死傷者が続出していく中、力強い声が戦場に響く。


「引くなァァァ! 止まればやられる! 次を撃たせるなァ!」

「オオオォォォォォ! 全軍突撃しろォ! 足を止めるなァァァ!」

「相手に近づけェ! 乱戦に持ち込むんだァ!」


 アーサーとゲイルの突撃の合図に、兵士が呼応する。

 まだ魔法やスキルの効果が完全に収まっていないが、それらを無視して突撃していく。


 このまま行けば、二発目を撃たれる前に間に合うか……

 なんだあれは? 連合軍は慌てる様子もなく、全員がどこからか小さな杖を取り出し地面に突き立てた。

 その瞬間、高さ10メートルぐらいの青い光の柱が杖から放たれる。

 そして杖と杖を結ぶように光は広がった。

 巨大な青い光は、王国軍、魔族軍と連合軍の間を隔てる壁となった。

 突然現れた光景に兵士の足が止まる。その隙に連合軍は光の壁から離れていく。


「距離を空けさせるなァ! 二発目がくるぞォ!」


 その声に応えるように、魔族軍と王国軍が再度動き出した。

 先頭を走る魔族の兵士が青い壁に触れた瞬間、身体から火花が飛び散り、パァンと弾けるような音がした。

 兵士の全身は焼けただれ、黒い煙を上げながら背中から倒れた。


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