第81話 ミムラ

「メアリィィィィィィィィィイイイ!」


 アーサーの苦痛の叫びが戦場に響く。

 突如聞こえた悲痛な叫びに俺は驚き、アーサーの視線の先を見た。

 そこには、馬に乗った人がいて……馬の足下にショートソードが突き刺さったまま横たわる人の姿が……。

 アーサーのあの取り乱しよう……まさか、あれはメアリーなのか?


「ミア、クズハ。メアリーが危ない。俺に付いてきてくれ」


 彼女達は、俺が指差す方を見てすぐに状況を理解してくれた。


「え、あ……そ、そんな……。クーちゃん、付いてきて。絶対に助ける!」


 それにしても、どうなっているんだ!

 あの馬に乗っているのがギブソン将軍だよな。味方じゃなかったのか!?

 くそっ、下手に近寄ると、メアリーを人質にとられる恐れがある。

 

 アーサーはメアリーに向かって走り出してるし……。

 このままだとマズい。


『アーサー止まってくれ! そのまま行ってもメアリーが人質に取られて、間に合わなくなる。俺達がメアリーを助ける。だからアーサーはアイツの注意を引きつけてくれ!』


『くっ……わ、わかった。すまない。メアリーを頼む!』


 アーサーは走る速度を徐々に落とし、ギブソンに話しかける。

 俺達はこの隙に王国兵を壁にしながら、ギブソンに気づかれないようメアリーのもとへ向かった。


「ギブソン! なぜだぁ! なぜ、裏切ったァァァァ!」


「アーサーさん、落ち着いてください。私は裏切っていませんよ。だって、ギブソンさんじゃないですからね」


 馬上にあるギブソンの身体が光に包まれる。

 そして光が収まったとき、そこには1人の若い女性がいた。

 鮮やかな赤い髪と金色の瞳で、可愛らしいという表現が似合う顔つきだ。

 服装や装備もギブソンのモノとは違うものを身につけている。


「き、貴様はミムラ! なぜ『死神』がここにいる! ギブソンをどこへやった!?」


 あいつがSランク冒険者の『死神』……女だったのか?

 

「大変申し上げ難いのですが……ギブソンさんはお亡くなりになりました」


「亡くなった? ……ばっ、バカな」


「本当ですよ。極秘クエストだったんです。依頼の内容は秘密ですけど、私がそのクエストをクリアしたので間違いないです」


 ん……? どういう意味だ。

 あいつがギブソンを殺したということか?

 他人事のように話しているけど、そういうことで……あっているんだよな。


「あっ、いけない、いけない。メアリーさんを殺さなくてもクエストクリアなんですけど、殺せば追加報酬でるんだっけ?」

 

 ミムラと呼ばれた女は、ポケットから折りたたまれた紙を取り出し、書かれている内容を確認する。


「やっぱりそうでした。メアリーさんに恨みはないんですけど、せっかくなので……」


 そう言うと、ミムラは馬から下りた。

 メアリーの横まで歩き、お腹に刺さっていたショートソードを躊躇することなく引き抜く。

 その瞬間、メアリーのお腹から血が溢れ、ビクっビクっと身体が痙攣した。


 アーサーは顔を歪め、震えながら声を出す。


「やめろ……やめてくれ……」


 ミムラは表情を何も変えず、ショートソードを頭上に上げた。


「メアリーさん、あちらで少し待っていてください。すぐに大好きなお兄さんもいきますからね。ありがとうございました」


 そして……剣はメアリーの首めがけて振り下ろされた——


 ——感情のない刃が首に食い込み皮膚が切れる。更に、細く柔らかい筋肉を切断しようと刃が押し込まれる。

 その刹那、焦げた匂いと空気を振動させる鈍い音をさせて、赤い光の閃光が煌めいた。

 赤い閃光はメアリーの首を切断しようとしていた刃を持ち主ごと吹き飛ばした。

 

「ふぅ…… ギリギリ間に合った」


 俺はミムラがメアリーに意識を集中させたのに合わせて、『ルーター』スキルでメアリーめがけて移動したのだ。

 そしてライトセーバーで胴体を斬りつけて、ヤツを吹っ飛ばした。

 メアリーから引き離すことに成功した!


 ……ちょっとまて。

 俺が胴体を切りつけたのに吹っ飛んだ……切断されたのではなく?


 俺は吹き飛んだ先の地面で横になっているミムラを見た。

 するとミムラは何事もなかったかのようにムクっと起き上がり、自分のお腹、服が焦げ破けているあたりを触っていた。

 バカな……俺が斬りつけた箇所は少し赤くなっているだけで、血も出ていなかった。

 ——まさか!?


「急に斬りつけるなんて酷いじゃないですか。まあ、これがリアルな戦争ってヤツなんでしょうけど。メアリーさんに感謝ですね。危うく死んでいました」


 ミムラが笑顔で俺を見る。そして俺の全身を下から上へと目を這わせる。


「その剣って……ライトセーバー! もしかして、あなたがタクミさんですか? ちょっと待ってくださいね……」


 ミムラはまたポケットから折りたたまれた紙を取り出し確認しはじめた。


「やっぱりだ。タクミさんもクエストの討伐対象……しかも私と同期の異世界人でしたか! その武器どうやって作ったんですか!? いろいろ教えてほしいことがあるのに困ったな。まあ、最悪はそれをもらえればいいかな。ドロップ品扱いで、討伐者がもらっていいよね。うん。これは楽しみですね」


 こいつが『死神』……俺達と同じ時期に転生してきたSランク冒険者。

 俺が斬りつけたのにノーダメージって、やっぱりメアリーさんの『魔法の鞘の加護』の効果だよな。

 そして、メアリーさんが瀕死なのって『魔法の鞘の加護』が使えなかった。もしくは使えなくなったか。


 ……そうなると、こいつがメアリーさんのスキル『魔法の鞘の加護』を奪ったと考えると、全ての辻褄が合ってしまう。

 これはマズい。非常に危険な敵だ。一番関わり合いたくないヤツだ。


『タクミ、こっちはOK。安全な場所まで移動中。もうちょっとお願い』


『……わかった。もう少し時間を稼ぐ』


 この場からすぐにでも逃げ出したいんだけど、やるしかないよな。


「ミムラさんも異世界人ですよね。——エルフ族を味方する理由って何かあるんですか? それとも魔王討伐めざしているとか?」


「ああ、言いたいことはわかりますよ。安心してください。エルフが正義で魔族が悪だとか、そんな先入観はありません。どの種族が良い悪いとか、そんなものはどうでもいいんですよ。最終的に私がこの世界をちゃんと作り直しますからね」


 何を言ってるんだコイツは……


「ここだけの話、私にとって異世界人って邪魔なんですよね。中途半端に知識があるじゃないですか。だから、私の物語から退場して頂くのが一番良いかなって。だって、この世界の主人公は私ですから!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る