第79話 エルフの笑み
◇ 【アーサー視点】
——5月6日 16時頃 連合軍本部。
メルキド王国からここまで、不眠不休で馬を走らせた。
メアリーのスキル『魔法の
連合軍に合流した後、すぐに本部へ向かった。
今は作戦会議中らしく、話を聞いてもらうにはちょうど良かった。
会議室の扉を開くと、室内にはメルキド王国軍大将のギブソン、冒険者ギルドのグランドマスターのレゴラス、エルフ族大使兼エルフ軍大将のエルドールがいた。
たった3人? それ以外の将兵や事務官はどうした?
「あら、アーサー将軍遅かったわね。あと少し早く来られれば王国軍の犠牲者の数も少なかったでしょうに」
エルドール。おまえが僕にタクミ達を追うよう命じたのだろうが。
それにしても妙だな……僕がここに来るのは予定外のハズだ。
まるでこの戦場へ来ることが前提になっているような反応だ。
「では……アーサー将軍は、ギブソン大将の隣にでも座ってもらおうかしら。それでいいわよね?」
「いえ、まず先に報告があります。私がここに来たのは、陛下よりギブソン将軍に代わりメルキド王国軍を指揮するよう勅命を受けたからです。ですのでメルキド王国軍の総大将は、これより私がその任につきます」
陛下からの勅令をギブソンに見せた。
ギブソンは一読した後、驚きや反抗することなく席を私に譲った。
「さっそくですがメルキド王国軍の総大将として、ひとつ提案があります。この戦争……メルキド王国は撤退させていただく。それにあたり魔族軍とは停戦したい」
どうした? まわりの反応が薄い。
エルドールが猛反対すると思っていたんだけど。
ストレートに言い過ぎたか?
もしエルフ軍と冒険者ギルドがこのまま戦い続ける場合、王国軍は少し離れた場所まで一度撤退し、そこで軍を再編成してから魔族軍と連携する手はずになっている。
エルドールが全員の顔を見た後、口を開く。
「アーサー将軍の提案を採用しますわ」
——今、何て言った?
僕の停戦案を採用すると聞こえたが……
「どうしたのです? アーサー将軍が言い出したことですよ。そんなに驚かれるなんて心外ですわ。あなたがここに来る前、ギブソン将軍からも停戦案が出て、ちょうど話し合っていたところなのよ」
停戦について話し合われていた……だから3人だけの密談だったと。
しかもギブソンが停戦案を出していた?
王国内の世論を戦争へと押し進めたのは、ギブソンだったんじゃないのか?
「ただ、停戦するためには停戦交渉の場を設ける必要があるわ。誰がこちらの代表として行くかで揉めていたのよ。私が行こうとしたんだけど、ギブソン将軍が反対するのよ。それだと火に油を注ぐことになるらしいわ」
この女が何の企みもなく交渉の場に行くわけがない。
停戦交渉の場でエルドールを討つわけにもいかないから、この女を行かせるメリットがない。
「では、私が代表として行くのはどうでしょうか? ギブソン将軍もそれなら安心できるかと」
この場にいる全員があっさりと賛同してくれた。
エルドールはメルキド王国に大使として赴任してから、何かにつけて僕の意見には反対してきた。
なのに、この場では僕の意見に全て賛同している。
……順調に計画通り進んでいるハズなのに、計画から徐々に逸れていくような不安な気分だ。
この違和感を払拭できないまま、停戦の条件や交渉日時などについて話し合いは続いた。
これらの内容については、事前にカルラ王女と調整済みだ。そして特に反対されることもなく僕の提案が採用された。
こうして停戦の会議は終わった。
エルドールとレゴラス、2人のエルフが退室際にニヤリと笑ったのを僕は見逃さなかった。
その笑顔には悔しさや失望はなく、周りを見下した傲慢さがにじみ出ていた。
ヤツらにとっては想定外の展開のハズなのに、なぜあんな表情ができるのだ……
不安の色がどんどん濃くなっていく。
会議室には僕とギブソンの2人しかいなくなった。
ギブソンの陛下を裏切るような行動。その真意を確かめるなら今がチャンスだ。
「話があります。時間はとれますか?」
「すまない。アーサーが来る前に、停戦するなら冒険者を説得するのを手伝ってくれとレゴラスから言われているのだ」
「今回の戦争参加までの経緯は聞いてます。なぜ陛下を裏切るようなマネをしたのですか?」
僕はかまわず質問する。
「——それには理由がある。だが今は言えないのだ。明日、きちんと説明する。俺を信じてほしい……」
そこには僕の恩人でもあり、親友でもあり、家族でもある男の顔があった。
そんな言い方はズルいじゃないか……
ギブソンは一呼吸してから口を開く。
「冒険者達を説得した後、俺はそのままやつらを監視する。王国軍の方はアーサーに任せたぞ。油断はするな」
そして会議室のドアへ向かって歩き出すが、ギブソンは何か思いついたように歩みを止めた。
「明日の停戦交渉でアーサーが不在の間、メアリーは私が守ろう。範囲攻撃された場合、メアリーの『魔法の鞘の加護』スキルでは、おまえ達のどちらかが負傷する危険があるからな。メアリーには伝えておいてくれ」
その言葉を残して、ギブソンは会議室を出て行った。
ギブソンは僕とメアリーのスキルのことを知っている。
僕が裏で魔族軍と繋がっていることを知らないのだから心配されて当然だな。
まぁ、何かあったときはメアリーが自身に加護をかければ問題ないだろう。
ギブソンと別れた後、王国軍の部隊長以上を召集した。
このメンバーは以前から僕とも交流があり信用できる。
エルフが魔族の王女を攫い人族と魔族の戦争に発展させた経緯や、エルフ軍と冒険者ギルドがいつ敵になってもおかしくない状況であることを伝えると、驚きよりも納得した形で受け入れられた。
みんな今回の戦争について疑問を抱えていたらしい。
その後、メアリーと一緒に魔族陣営と念話をつなぎ、情報を共有し明日に備えた。
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