第77話 老婆
——俺達はカルラ率いる魔族軍と合流するため、ゴンヒルリムに移動した。
移動式魔法陣への転送は、ゴンヒルリムの入出管理棟からしか出来ないからだ。
俺とミア、そしてクズハは転送魔法陣の前に立ち、いつでも転送できる状態で待機していた。
『カルラ、聞こえるか?』
『た、タクミ! 無理させて悪いわね。戦況は圧倒的に優位よ。そのせいで前線がかなり深く進んでしまったの。正直嫌な予感しかしないわ。急いでこっちに来て欲しいの』
『わかった! こっちは準備できてる。今、ゴンヒルリムの転送魔法陣の前で待機してるからいつでも行けるぞ』
『それじゃあ、こっちに転送魔法陣を設置するわね』
少しすると目の前の転送魔法陣が光り出した。
タタラさんが制御室で、カルラが設置した移動式転送魔法陣とここを接続してくれたようだ。
クズハはどうするか……
手をつないで行く気満々のミアとクズハを見て、俺は連れて行くことにした。
この状況で連れて行かないと言える度胸は、俺にはなかった。
「それじゃあ、行ってきます。何かあれば念話します」
(……くっくくく……)
ん? なんだ、今誰かしゃべったか?
周りを見るが、誰も話しかけてこなかった。
まぁいいか。
俺達は魔王とドワーフ王達に見送られて、転送魔法陣の光へ足を入れた。
◇
眼前に広がる激しい戦場を見て、俺は言葉を失った。
煙や塵が舞い上がり、あちらこちらで兵士の悲鳴や叫び声があがる。
周りを見渡すと地を這う者や、傷つきながらも戦う者。
彼らの表情は、取り憑かれたような激しい殺意がみなぎっていた。
「これが、本当の戦場……」
ミアが吐露する。俺も同じ気持ちだ。
日本育ちの俺達には、この混沌とした光景を受け入れるのは難しかったのだ。
突如として現れた俺達に、周囲の魔族も驚きを隠せない表情を浮かべるも、間髪を容れず戦場に意識を戻していく。
「タクミ、タクミ、ちょっとしっかりしてよ」
ん? あっカルラか……。まずい、完全に気後れしているな。
遊びや観光に来たんじゃないんだ。しっかりしろ!
俺は自分の頬を両手で叩き、気合いを入れる。
「すまん。もう大丈夫だ。状況は念話で聞いてるけど、今からすぐに撤退はできそうか?」
「難しいわね。前線が前に進みすぎて、陣形が縦に伸びてるのよ。今、敵から側面をえぐられたら分断される恐れがあるわ。そうなると前線の兵士が包囲される。けど間延びしないように前線の後を追うと、より敵陣深くに入ってしまう。そうすると——」
「エルフ軍や冒険者ギルドが出てくるか」
「ええ、その通りよ。だから、前線をここへ連れ戻したい。それから魔族領方面へ全軍を後退させたいのよ」
「それが出来ない理由はなんだ?」
「アレッサンドロが強すぎるの。一人で突き進んでいるわ。侵攻が早すぎて追いつけない。そして彼の部下では止められないわね」
アレッサンドロ……あった。こいつか。
『スキャン』スキルは、カルラの話を聞きながら発動しておいた。
さらに『ping』スキルを使い、アレッサンドロのいる方向と大凡の距離を赤い靄で確認する。
「わかった。俺が連れ戻してくる。だから、みんなはカルラの作戦を進めてくれ。ミアはクズハを頼む。絶対に目を離さないように」
「タクミよ。そのぉ……言える範囲でいいんだが、その子は何者なのだ? 魔力密度が濃厚すぎる……異常な程にな」
ゲイルはまるで爆弾を目の前にしているかのように、クズハから一定の距離をとり警戒していた。
「クーちゃん。さあ挨拶して」
「はい。ミアっち。ワッチはクズハ。至上最強の魔物でありんす。けど、ミアっちとタクミっちの言うことしか聞かねえんで、そこのところよろしゅう」
「「しゃべった!」」
カルラとゲイルが驚き後ずさる。
うん。気持ちはわかるよ。けど驚くのはこれからだ。
俺と魔王の心労も共有させてもらわないとな。
「詳しい話は後でするよ。エンツォさんから許可はもらっている。じゃあ俺は行ってくる」
宛先をアレッサンドロに設定した『ルーター』スキルを自分の左手にかけ、右手で思いっきり叩く。
するとあら不思議。右手ごと俺の身体がアレッサンドロめがけて飛んでいく。
これ便利すぎるんだが……
「目の錯覚かしら、今タクミが飛んでいったような……って、それどころじゃないわね。ゲイルの準備よ。広がりすぎた陣形を戻すわ。手伝ってちょうだい」
◇
俺の向かう先では、メルキド王国兵が漫画のように血しぶきをあげながら吹き飛ばされていた。
あの光景を作っているがアレッサンドロ。魔王曰くクソジジイ。
近づくにつれ、巨大な魔物が棍棒を小枝のように軽々と振り回している姿がハッキリと見える。いや、魔物じゃなくてアレッサンドロか。
アレッサンドロの身体に俺の右手が触れようとした瞬間、棍棒を俺めがけて振り下ろしてきた。
まぁ、突然の訪問だ。そうなるよな。
『心の壁』バリアで棍棒を防ぎ、アレッサンドロに声をかける。
「俺はタクミといいます。カルラからの伝言です。撤退——」
ガゴォォン、ドゴォォン
「オラァ、くそ硬ぇな。なめるなよォ! うるァァァァァァァ!」
ダメだ。俺が話してる間も、ひたすら棍棒で殴ってくる。
その間にメルキド王国兵が槍や剣で、アレッサンドロを必死に斬りつけているが全くのノーダメージ。
……カルラの言うとおり、これを連れ戻すのは大変だな。
魔王の予想通りに動くのは癪だけど、預かったコレを使いますか。
けど妙だな。アレッサンドロの性格をそこまで理解しているのに、なぜ指揮官に据えた?
(……はやく……)
ん? また聞こえたぞ。転送直前に聞こえた声だ。
とりあえず、考えるのは後だな。
俺は右手の『収納バングル』から『
さっそく刀が鞘から抜け出そうと、ものすごい力で暴れるまわる。
く、くそっ……なんて暴れ馬だ。
鞘と刀の柄を必死に押さえ込むが、時折黒い炎が鞘からこぼれる。
「小僧ォ、それをどうしたんじゃ! 断罪ではないかァ!」
「……さ、さっきから……、言ってるだろうがぁ。魔王から、あ、預かった。俺はタクミだ。て、撤収するぞォ!」
俺は暴れる『
アレッサンドロの説得なんて、俺の頭の中ではすでに取るに足らないことだ。
とにかくヤバい。このバカ刀がヤバいのだ。
(だれがバカだって!?)
俺はなんとか『
それにしても……今度はハッキリと聞こえてしまった。
老婆のような声で「だれがバカだって」と言っていた。
これって間違いないよな。
よし、このことは忘れよう。もう取り出すこともないだろうしな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます