第76話 準備

 ◇ 【カルラ目線】

 

「ちょっと、今の戦況を教えなさい」


 私の護衛のため残った男に質問する。


「は、はい。1時間ほど前から戦闘が始まり、こちらが優勢です。自己強化系のスキルしか使えないところをみると、あちらはメルキド王国軍だけで構成されていると思われます」


 お父様の読み通りにね。

 メルキド王国軍の職業スキルは、攻撃と防御の強化系スキルだと聞いたことがある。

 レベル差が大きい魔族軍相手では、まったく意味がないスキル。

 こちらは、呪いで弱体化していても、魔法を使えるしレベルも高い。


「おおっ! カルラの嬢ちゃん、こんなところに本当に来てたのかよ。ダメだろ!」


 スキンヘッドで厳つい顔をしているが、不思議と愛嬌のあるアレッサンドロがここにやってきた。

 全身筋肉に覆われ2メートルを超える巨漢。その姿はよく魔物と見間違われることがある。


「何やってるのよ! 私が来るまでみんなを抑えてくのがあなたの役目でしょうが!」


「……いや、そうだったんだけど、あのクソどもに村の連中が皆殺しにされた。指をくわえて黙ってるなんてできねえよ。部下にも示しがつかねえ」


「村を襲った連中がメルキド王国軍じゃなかったらどうするのよ?」


「いや、それはないぜ。メルキド王国軍の紋章を見つけたからな」


「バカっ……メルキド王国軍に見せかけるためだったらどうするのよ? 魔族軍をおびき出すエルフ族の罠だったら?」

 

「……けど、殺されたんだぞ。この戦場にはエルフのクソどももいる。全員殺せばいいじゃねえか。なんで俺達だけが殺されなきゃならねんだ!」


 なるほど、こうなることがわかっていたから、お父様はそのまま戦わせろって言ったのね。


「わかったわ。お父様にも事情は説明して戦闘の許可はもらってる。ただし、撤退に関する命令も受けてるわ。だから、私が合図したときには、必ず指示にしたがって」


「おっ! 話がわかるじゃねえか。わかった。撤退に関してはカルラの嬢ちゃんに任せる。戦いながら、まわりに伝えておくぜ」


「ちょっと待って。あと1つ大事なことがあるの。お父様がタクミとミアという人族をここに援軍として送ってくるわ。敵じゃないから攻撃しないようにね」


「人族だと!? そんなヤツが役に立つのかよ。まあ、エンツォの大将が送ってくるなら、何か意味があるんだろうからな。わかった。それも伝えておく。それじゃあ、ワシはもうちょい暴れてくるわ」


 堅鋼アダマンタイト製の金棒を振り回しながら、メルキド王国軍に突撃していく。

 赤い土煙が舞い上がる。


「ま、魔物が現れたぞ! 魔族が魔物を召喚したぞ」

「前衛、盾で押さえ込め! その隙に槍でつけぇぇぇ!」


 やっぱり魔物に間違われたか……それにしても、槍に突かれても傷1つ付かない筋肉ってどうなってるのよ。


「さすがはアレッサンドロ様。いつもながら相手に同情してしまう戦いっぷりです」


「そ、そうね。あれの心配はいらなそうね。……ゲイル、どの辺に移動式魔法陣を設置すればいいかしら?」


「それでしたら…… あの辺りだと周りに味方がいるので、敵に易々突破されることはないかと」


 よしっ! 戦況が優位な今のうちにタクミとミアを呼ぶわよ。

 

 ◇


 ——魔王の屋敷。

 俺達は1時間前に魔王から起こされ、食事と出発の準備を終わらせたところだ。

 魔王からカルラたちの状況は聞かせてもらった。

 戦争は既に開戦し、魔族が圧倒的に優勢。

 アーサーはまだ戦場に着いてないようだ。

 

「タクミよ。すまないがアイツらを連れ戻してくれ」


 魔王からお願いしてくるなんて珍しいな。

 けど、カルラやゲイル以外の魔族とは一度も会ったことがない。

 乱戦になっていた場合、魔族から攻撃されたりしないのか?

 俺とミアはいいのだ。問題はクズハだ。

 魔族を救出に行ったはずが……殲滅してしまったなんてオチになりそうで怖い。

 

「話を聞くかぎり、俺の言うことを素直に聞くとは思えませんが……エンツォさんも一緒に行きませんか?」


「オレもそのつもりだったんだが、ヤツらの企みがわからんのだ。村が襲われたことを考えると、ここを離れるわけにはいかん。この『ゾフ』で戦士といえるヤツは全員戦場へ出払ってるからな」


 そうなるよな。

 クズハはミアに任せて、俺は『ルーター』使って無理矢理……


「だからこれを持って行け。アイツらにこれを見せれば、オレがどれだけ本気でタクミを遣わしたかわかる」


 魔王は一振りの刀を取り出し、俺に手渡す。

 それは魔王と戦ったときに見た『魔刀断罪だんざい』だった。

 刀を手に持つと鼓動のようなものを感じる。何コレ? ……怖いんですけど。

 さやに収まっていてこれだ。鞘から抜いたらどうなってしまうのか。


 クズハはミアの後ろに隠れ、耳をペタンと垂らし目をつぶってガタガタ震えていた。

 Sランクの魔物を目の前にしても、怖じ気づくどころか自信満々にしているクズハが怯えているだと。


「そいつは普通の武器じゃない。とても危険なモノだ。アイツらに言うことを聞かせるために見せるだけにしろ。絶対に使うなよ」


 魔王様、それはフリでしょうか?

 俺は『魔刀断罪だんざい』を右手の『収納バングル』に収納した。


「タクミ大丈夫? なんかすごい汗かいてるけど……」


「ああ、正直ビビったよ。鞘から抜いたら刀に食われそうな気分だった。あれを使いこなせるエンツォさんは、ヤバすぎる」


「タクミっち、あの刀は怖いでありんす。捨てた方がようござりんす!」


「クズハ、勝手に捨てるんじゃない。大事なモノだと言ってるだろうが」


「これだからおじさんは嫌いでありんす。もう遊んであげねえでありんす」


「ぐぐっ……遊んでやってるのはオレの方だろうが」


 なんだこの2人、いつの間に仲良くなったんだ。



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