第75話 開戦

 ◇ 【カルラ視点】


 ——5月6日 朝9時頃 国境近くの魔族の集落。


「……まさか……どうしてこんなことに……」


 脈が早くなり、身体が火照る。

 マズい、呼吸が苦しい……


「カルラ様、お気をしっかりしてください。敵が潜んでいる可能性もあります」


 今、私とゲイルは魔族の小さな集落場所にいる。

 家は焼かれ、今は誰も住んでいない。

 いたるところに戦闘の跡がある。

 そして、血で出来たであろう染みが地面に点在していた。

 

「……ゲイル、生存者はいた? こっちにはいないわ……」


「こちらにも居ませんでした……が、どうか付いてきて下さい」


 そう言うとゲイルは歩き出した。

 冷静を装っているけど、ゲイルの手のひらに爪が食い込んでいた。


 ゲイルの後を付いていくと、作られたばかりの簡単なお墓のようなモノがあった。

 土が盛られ、墓標の代わりに木が立てられていた。

 ゲイルは何も言わない。けど、これが意味することは私でもわかった。

 

「お墓を作ったのはアレッサンドロたちよね?」


「はい。多分ですが、村が襲撃されていることに気づいたアレッサンドロ様たちは、この村に来たのではないかと。そして村人を弔った後、復讐のため追撃したと思われます」


 そう言うと、ゲイルは1枚の布きれを私に見せる。


「……これが落ちていました。メルキド王国の紋章です……」


 あまりに分かり易い挑発に、怒りで血が上っていた頭が逆に冷めていく。

 

「そう……挑発のために村は襲われ、そのケンカを買ってしまったのね」


「アレッサンドロ様は、とても仲間思いで温厚な方です。戦争を回避するために、皆から慕われているアレッサンドロ様が指揮官として選ばれました。アレッサンドロ様たちが村に到着したときの惨状によっては……人選が裏目に出た可能性があります」


「アレッサンドロたちを追う前に、一度お父様に連絡した方が良さそうね」


 お父様とは『携帯念話機』ですぐに話ができた。

 時折、『クズハ……やめなさい。コラ、あぶないだろ』という声が念話に流れてきた。

 私は真剣な話をしているのだけど、お父様は一体何しているんだろうか?

 

『——という状況です』


『……そうか。ここまでやるとはオレも思っていなかった。そもそも、エルフ族と人族はこの戦争に勝利したところでメリットはないのだ。だが、ヤツらはこのタイミングにこだわった。絶対に戦争を起こす必要があった? 何を企んでいる……』


 お父様がここまで悩むのは珍しい。


『ゲイル聞いてるな? そこから国境までどのぐらいで着ける? アイツらが奇襲を計画している可能性もある。だからドラゴンは無しだ』


『はい、聞いていました。ここから人族との国境までは、走れば3時間ぐらいです。12時ぐらいに到着できるかと』


『タクミたちは4時ぐらいに戻ってきて、今は寝ている。今起こしても使い物にならんからギリギリまで休ませる。だから現地に直接転送させる。カルラは現地についたらオレへ連絡しろ』


『……ということは、タクミ達はレベル60を超えたの!? う、嘘でしょ……』


『いや本当の話だ。信じられないと思うがな』


 本当に2日でレベル60になったのね。

 タクミとミアじゃなかったら、絶対に信じられないところだけど、あの2人だとありえるのよね。


『現地に着いたら、メルキド王国軍と戦争は始まっているだろう。オレの読みだと、エルフ軍は最初からは出てこないはずだ。メルキド王国軍だけと戦っている場合は、クソジジイ達は止めなくていい。無駄だからな。それに仲間を二度も虐殺されて何もなしでは面目が立たんからな。おまえ達は我々に死者が出ないようにフォローしてくれ』


『撤退のタイミングは?』


『メルキド王国軍以外の第三者が戦場に出てくるか、仲間に重傷者が出たとき。あとは予想外の展開になったときは撤退だ。そのときはタクミたちの移動式魔法陣を使って撤退しろ。現地に移動式魔法陣を置いてくることになるが、それだけでは何の役にも立たんから気にすることはない』

 

『わかりました。現地に着いたら連絡します』


 それからすぐに私達は出発することにした。

 

 ◇


 ——5月6日 12時頃 魔族と人族の国境(ポイントA)

 私とゲイルは森の中を駆けていた。

 遠くから巨大な爆音が響き、空には煙があがる。

 ここまで戦争のピリついた空気が風に乗って漂ってくる。


「カルラ様、戦闘準備は大丈夫ですか? アーサーがあちらの軍に到着するまでは、一切の情けや躊躇いも厳禁です。あちらはこちらを殺しに来ているのですから」


「え、ええ。大丈夫よ。確かに複雑な心境だけど、そんなぬるいことしないわよ。それよりも早くアレッサンドロと合流しましょう。流石に全軍で突撃していないわよね?」

 

「我々魔族軍は1000人。全員レベルが60以上の精鋭部隊です。戦争経験はほとんどありませんが、個々の強さは間違いなく最強。短絡的な行動にでなければ簡単に負けるとは思えませんが……」


「急ぎましょう! あとお父様に連絡して、タクミ達の準備も急がせましょう」


 戦争はやはり始まっていた。

 本当に戦争中に全員を転送させることなんてできるのかしら。

 

 ——それから、ただひたすら走る。

 お願いだから誰も死んでいませんように。

 

 もうすぐ森を抜ける。


 ブワッとした濃厚な戦場の熱が肺に広がる。

 ここから前方200メートルぐらいの場所で、煙や塵が舞い上がっては消えている。

 そこまでの道に本部らしきものはない。

 やっぱり全軍で突撃したのね。


 とにかくいったん体制を整えないとマズいわね。

 前線に近づくにつれ鋭い剣と鎧の音が響き、爆発音が轟く。

 

 ……どうなってるのこれは?

 拍子抜けするぐらい魔族軍が圧倒的に押している。

 

「アレッサンドロはどこ! 急いで案内しなさい!」


 一番近くにいた魔族の兵士に命令した。


「うるせぇぞぉ! って、えぇぇぇぇぇ! か、カルラ様? どうしてこんなところに」


「急いでるの。アレッサンドロのところまで案内して!」


 その兵士は慌てて、最前線に向かって指をさす。

 何考えてるのよ。あのバカジジイ!

 

「ゲイル! あのバカジジイをここに連れてきて!」


「わかりました。おいお前、オレがここを離れている間、カルラ様を守るのだ。絶対に怪我1つ負わせるなよ」


 ゲイルは最前線めがけて駆けていった。



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