第44話 やる気スイッチ

「俺達をシラカミダンジョンに転送してください」


「そりゃいいが、もう帰るのか?」


「いいえ、ちょっとシラカミダンジョンを調査するだけで、すぐに戻ってきます。戻るときは、魔法陣の前にいればいいですか?」


「それで大丈夫だぞ。魔物もいるから気をつけるんだぞ」

 

 俺達はタタラさんに案内され、入出管理室からシラカミダンジョンに転送してもらった。


 ◇


「これからどこに行くんですか?」


 ミアが軽く準備体操をしながら聞いてくる。


「どこにも行かないよ。用があるのはここだから」


 俺は指で転送魔法陣を指す。

 ミアは転送魔法陣を見つめ、ハッとした顔をした。


「転送魔法陣を作るんですね!」


「正解! 当面は俺達の移動用に使う。将来的にはこれを世界中の要所に配置して、ゴンヒルリムを物流の一大拠点にするのもいいと思っている」


「凄いです! これはみんな驚きますね」


 ミアはぬいぐるみのポケットから紙とペンを出し、魔法陣を写生した。

 複雑で難しいらしく、少し苦戦しているようだったが完成した。


「ミア、魔法陣の仕組みはイメージできてる?」


「はい。『ゴンヒルリムの通行証』を着けて魔法陣に近づくと、制御室とお話ができる。あとは、制御室から操作して、入出管理室と行ったり来たりできる」


 俺は頷き、サムズアップする。

 ミアは、魔法陣を模写した紙を持ち、スキル『デフォルメ』を使った。

 しばらくすると淡く光り、ミアは俺に向かって笑顔で頷いた。

 

 ——俺達は少し離れたところに移動した。


 よし、ここなら近くに転送魔法陣はない。

 俺は地面にミアがアーティファクト化した転送魔法陣の紙を置いた。

 

 右手に着けている『ゴンヒルリムの通行証』を転送魔法陣に向ける。


『タクミよ。そろそろ戻ってくるか?』


 よしっ! タタラさんの声が聞こえた。

 この声は『ゴンヒルリムの通行証』の腕輪を着けた者にしか聞こえないので、俺はミアに向かって、指でオッケーマークを作る。


『タタラさん、ちょっとだけ実験に付き合ってもらっていいですか?』


 「いいぞ」と返事をもらったので、俺は実験することにした。

 まずは石だな。

 俺は地面に落ちていた石を魔法陣の上に向かって転がす。

 

『そっちに石を転送させたんですけど、石は届きましたか?』


『ちょっと待って。今見てくるからな』


 しばらくすると、「小さな石が部屋にあったぞ」と教えてくれた。

 ミアが魔法陣に乗ろうとするので、俺は慌てて止めた。


「ミア、待って! まだ検証中だから」


「もう大丈夫じゃないですか?」


「いやいや、全然終わってない。例えば魔法陣の上にのったとき、紙が破れたらどうなる?」


 ミアの顔が青くなっていく。

 最悪のパターンを想像したのかもしれない。


「ミアも想像したかもしれないけど、最悪死ぬ可能性がある。体の半分だけ転送されるとか」


 ミアはしきりに頷く。

 理解してもらえたので、俺は検証を続けた。

 

 検証で次のことがわかった。

・魔法陣が歪んだり汚れたりすると失敗する。

・転送に失敗すると、転送元にすべて戻る。一部分だけ転送することはない。


 紙のような素材では、使い物にならないことがわかった。

 ミアが言うには、本物の魔法陣は地面から光が浮き出てたらしい。

 人が魔法陣の上を歩くということは、光は遮断されて魔法陣は欠けるハズ。

 けれど、本物は転送が成功する。

 おかしいなと思ったが、自分が考え違いをしていることに気づく。


 紙の魔法陣の性能はミアのイメージに左右される。

 そもそも本物と比べても意味がなかった。

 どう対応するかについては後で考えよう。


 俺達は『ゴンヒルリムの通行証』の腕輪を使って、帰りの魔法陣を探すことにした。

 魔法陣はシラカミダンジョン地下3階の中を移動するので、前回と同じ場所にある保証は無いのだ。


 今いる場所の近くで転送魔法陣を見つけることができた。

 

 ミアに魔法陣を追加で何枚か模写してほしいとお願いする。


 あんな複雑な模様なのに、1枚あたり10分程度で描いていく。

 ミアは顔を紅潮させ目を輝かせていた。

 本当に絵を描くのが好きなんだな。

 そんな姿を見ていると、なぜか心が温かくなる。


 魔法陣の模写が終わり、俺達は『ゴンヒルリム』へ戻ることにした。


 ◇


 転送室に戻ると、タタラさんだけではなくドワーフ王と棟梁達も待っていた。


「勝手にどこかに行くな。探したぞ」

 

 あなた達だけには言われたくないと思ったが、口には出さなかった。

 表情は怒っているが、目が俺達の無事を喜んでくれていたからだ。


「心配かけて申し訳ありません。実はこれが欲しかったのです」


 俺はミアに描いてもらった転送魔法陣の紙を見せる。


「これはミア様が描かれたのですか!」

「さすがミア様だ。これをどうされるのですか?」


 ミア教信者が近寄ってくる。……圧が強いな。


「ちょっとまて。まさか……そんなことが出来るのか!?」


 ドワーフ王が信じられないモノを見たかのように、後ろにヨタヨタと下がる。

 どうやら気づいたらしい。

 これがどれだけの価値があるモノなのかを。


「はい。実験は成功しました。紙だと破けてしまうので、この模様を何か堅い材質のものに彫れないですか?」


「技巧士に依頼すれば作れる。それにしても、とんでもないことを考えおったな」


 俺はいくつかの考えをドワーフ王と棟梁達に話した。

 持ち運びできる大きさで、できるだけ多く作ってほしいこと。

 運用試験が終わるまで公表しないこと。

 将来的にこの入出管理棟が世界の玄関になる可能性があること。


「「「「「「おおおおおっ!」」」」」」

 

 ドワーフ達が袖を捲り上げ雄叫びを上げた。

 どうした。

 瞳孔が開いて怖いんですけど。

 ミアも引いている。

 

「こんなに気持ちが昂ぶるのは、何時以来か!」

「こうしてはおれん。なんでもいいから作りたくてたまらんわ」


 どうやら、やる気スイッチが入ってしまったらしい。


「おっ、そうだ。ワシらも用があったのだ。例のモノができた。さっそく見に行くぞ」


 俺達はまた置いてかれそうになったが、今回はなんとかついて行けた。

 入出管理棟のすぐ近くに、住宅を改造した工房があった。


 棟梁達が工房の中から、パーツを運び出し組み立てる。

 奥行きと横幅が10メートルぐらい、高さ2メールぐらいの箱が完成した。

 側面に横幅が広く緩やかな階段がついている。


 その階段を上ると、箱の中央に向かってすり鉢状に緩やかに下がっており、中央には4メートル四方の穴が開いていた。

 中央の穴をよく見ると、布製の袋の口が大きく開くように設置されていた。


「どうじゃ! 安全のために手すりを設置したり、スロープの角度を緩くしてある。あとは、緊急ボタンだな。これを押すと袋の口が閉まる仕組みになっておる」


 ……おかしい。俺達と別れてから3時間ぐらいしか経ってないぞ。

 こんな巨大なモノ造るとか、どうなっているんだ。

 ドワーフの潜在能力恐るべしだな。


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