第45話 ドワーフの誇り

 目の前には、棟梁達が組み立てた箱状の廃棄施設がある。

 箱の側面には中へ入るための扉があり、棟梁達を先頭に俺達は中に入った。


 天井の構造がすり鉢状に緩やかに下っているため、どんどん天井が低くなっていく。

 ドワーフの背は、おおよそ120センチぐらいか。

 俺の身長は170センチ、ミアは160センチぐらいだ。

 奥に行くほど屈むだけではキツくなるが、なんとか中央にある袋までたどり着けた。


「ミア様、仕上げをお願いします」


「上に誰もいないですよね?」


 ミアは念のため確認する。

 一人の棟梁が外に群がっている弟子達に声をかけ、誰もいないことを確認してくれた。

 

「では、いきますね」


 ミアは袋の外側に両手を添えた。

 そしてスキル『デフォルメ』を使う。

 少しすると袋が淡く光った。


「はい。できました。これで大丈夫だと思いますが、とても危険なので気をつけてくださいね」


「「「「「「おおおおおっ!!」」」」」」

 

 俺達は外に出て、箱の上に移動した。


「おい、命綱を持ってこい」


 棟梁が叫ぶと、弟子達が手すりにつながっているロープを持ってきた。

 俺達はそれを片手でつかみ、ゆっくりと中央の袋へと近寄る。


 袋の中を覗くと、きれいな虹色模様のシャボン玉の膜のようなものができていた。

 これは、ミアと出会った頃に作った『収納袋』の失敗品だ。

 収納できるけど、取り出せないのだ。


「おおっ、なんと鮮やかな色か」

「綺麗だ。さすがミア様が作ったアーティファクトだ」


 ミアのことを口々に褒め称えていたが、俺は火山の火口にいるよりも怖かった。

 小さな石を袋の中に入れると、スッと消える。


 ミアがアーティファクト化の成功を報告すると、ドワーフ王と棟梁達、そして周りの弟子達や野次馬の歓喜の声があたりに響く。


 変化の無いこの街で起きた歓声。

 それが呼び子となり、どんどん街中のドワーフが集まってくる。いや、波のように押し寄せる。


 まずい。あの波がこの箱に殺到すると、最悪袋に落ちる危険性が……

 今こそあの装置の出番だな。


「誰かそこの緊急ボタンを押してくれ!」


 俺が緊急ボタンの方へ叫ぶと、近くにいたドワーフがあわててボタンを押す。

 布を引きずるような音ともに、袋の口がロープで閉じられる。

 おおっ、これなら安全だ。

 緊急時の訓練になったな。


 俺達は箱の縁まで移動して周りを見渡す。

 ドワーフで周囲が埋め尽くされていた。


「おおっ、みんな集まってきておる。ちょうどいいか」


 俺は嫌な予感がした。


「ゴンさん、ミアのスキルのことは秘密でお願いします」


「ああ、任せとけ。ちょっとばかり気合い入れてやるだけだ」


 ドワーフ王は、一歩前に出て右手を挙げる。

 集まった全員の視線がドワーフ王に集まった。


「みんな聞いてくれ! 今はまだ詳しいことは言えぬが、ワシらは新たな技術革新のときを迎えられそうだ。それは、魔道具はおろか、古代人の残したアーティファクトすら超えられる」


 それは普段とは違い、威厳のこもった王の声だった。

 周辺から音が消え、全員が耳を傾ける。


「ワシらはドワーフだ。職人の血が流れるドワーフ族だ。そのドワーフ族が、誰が造ったかもわからないこの街で暮らせることを誇るのか? ワシらはそんな腑抜けだったのか?」


 ドワーフ王の言葉に、拳を強くぎゅっと握る者。顎が震え声を押し殺して泣く者。

 誰もが現状を甘んじていたわけではない。

 豊かな暮らしの裏で苦汁を嘗め続けていたのだ。

 

「今日よりワシらは変わる。変わらなければならぬ。その切っ掛けとなる新技術は、今はここにはおらぬククトとマルル。あの二人のマイスターから届けられたものだ!」


 すすり泣く音は消えた。


「ワシらは、この新技術を使って誰にも負けないモノを作り出す。ワシらはドワーフ。ワシらこそが最高の職人だ!」


 拳に込められるおもいが変わる。

 

「全員準備を始めろ! ワシらはやれるのだ! 世界をひっくり返すぞぉぉぉぉ!」


『おおおおおぉぉぉぉぉぉ!』


 割れんばかりの狂喜の声が、ゴンヒルリムの地下空間にこだまする。

 その声は身体に伝わり心を揺らす。

 そして心に灯がともる。

 ドワーフ王によりともされた心の灯は、ドワーフ族を覆っていた暗闇をかき消していく。

 

 ……何が気合いを入れるだ。

 俺の目の前には、偉大な王の背中があった。

 

 ◇


 あのドワーフ王の宣言の後、俺達はなんとかドワーフ王の館まで戻ってきた。


 俺は、転送魔法陣の検証と試作品の作成をドワーフ王にお願いする。

 ミアの『デフォルメ』スキルで作成した転送魔法陣、まだやり残した検証があるのだ。

 細かく話せばいろいろとあるが、一番重要なのは使だ。

 

 俺は、ミアがアーティファクト化した全ての転送魔法陣の紙をドワーフ王に渡す。


「これを使って、シラカミダンジョンの外でも使えるか検証するのと、魔法陣が消えず持ち運びできるモノを作ればいいんだな。任せとけ! 今のあいつらなら、喜んで協力してくれる」


 俺達には時間と物作りの技術が無い。

 それをドワーフ族と共同開発することで補うのだ。

 何よりも、それをドワーフ王が望んでいる。


「おっと忘れるところだった。タクミとミアよ。廃棄施設の件、褒美は何が良い?」


 これはチャンスだ。

 この街に来たときから欲しいものがある。

 ミアも俺と同じ意見らしく、顔を見ると頷いてくれた。


「壊れたり、使い方がわからない古代文明の道具はありますか? もしあれば、それらを欲しいです」


「ああ、確かにあるぞ。だが、正常に動いている物じゃなくて、使えない物がいいのか?」


「はい。ただしどれにするかは俺達に選ばせてください」


「わかった。タクミとミアに、保管庫への『出入り』と『持ち出し』の自由を褒美として与えよう」


 マジか。破格すぎるんですけど!

 

「ただし、条件がある。タクミが何を考えているかはわかっておる。検証したことは、必ずワシに報告すること。検証の手伝いや製品化するときはワシらに依頼すること。この2つだ」


「その条件で大丈夫です。ありがとうございます。とても助かります」


 WinWinの関係成立だな。


 あのとき語り合った夢。

 その土台の完成が見えてきた。


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