第37話 リド

 ――リドの背中


 俺達は脱出してすぐに、今後について話し合った。


 行き先は、魔族の唯一の都市『ゾフ』。


 『ゾフ』へ行くのは、人族と魔族の戦争を止めるためだ。

 今回の一件は人族が絡んでいるが、本質はエルフ族が企んだこと。

 だが、今のままだと王都メルキドにいる魔族の諜報員から『王女は無事脱出できたが、人族が仲間を殺した』と魔王へ連絡がいくだろう。

 

 そうなると、魔族が人族に戦争をしかける恐れがある。

 それを止めるには、王女に直接魔王を説得してもらうのが一番良いと決まった。


 実際に処刑されそうになった王女も、戦争を止めるのは賛成だった。

 ただし、救出に来てくれた仲間を殺したアーサーのことは許さないと怒りを爆発させていた。


 『ゾフ』へは、ドワーフ領を迂回することにした。


 リドの容体が悪く高く飛べないため、人族領から『ゾフ』へ直接行くのは無理と判断したからだ。

 メルキド王国から魔族領側に近づくにつれて、王国軍の警備が厳しくなる。

 魔法や魔道具による地対空攻撃を受けて、撃墜される可能性が高いのだ。

 『心の壁』バリアでは、リドが大きすぎて全身を守れないからな。


 話し合いが終わってからは、王女はリドにつきっきりだった。


「ゲイル、あれは何をしているんだ?」


「カルラ様か? リドと会話しているのだ。我ら魔族は魔物と簡単な意思疎通ができる。リドは特別な魔物で知能が高いから、会話はかなり出来るぞ」


 王女はリドと友人のような関係だとか。

 王都から脱出する際、見ず知らずの俺の作戦をあっさり採用したのが不思議だった。

 あれは王女がリドを救いたかったんだろうな。


 俺は他にも疑問だったことをゲイルから教えてもらった。


 リドが中央広場を襲撃したとき、認識阻害と衝撃吸収の魔道具を使っていたらしい。今はアーサーとの戦闘で壊れて使えない。


 魔道具のエネルギーとなる魔石は、すべてリドの体内の魔石エネルギーを使用していたそうだ。

 ……魔物に魔道具って、ヤバい組み合わせだな。


 そんな話をしていると、王女が慌てて俺達の方にやってきた。


「ゲイル、リドが言うことを聞いてくれない! このままだと死んでしまう」


 ゲイルは黙ったまま何かを考えているようだ。

 俺は王女に尋ねた。

 

「どうしたんですか?」


「リドがそろそろ限界なのよ。地上に下りて休めって何度も言ってるのに、言うことを聞いてくれない。くっ……」


 王女は顔を下に向け、肩が少し震えている。

 ゲイルが俺に向かって説明する。王女にも聞こえるように。


「リドは、一度地上に降りたらもう飛ぶことはできぬとわかっているのだろう。だからせめて少しでも距離を稼ごうとしているのだ」


「ポーションでケガを治したんだ。少し休んでしっかり食べれば、体力と血は回復できるんじゃないのか?」


「タクミよ。ポーションは傷を塞ぐことはできるが、ケガした箇所を元の状態に戻すわけでは無い。リドは重傷だった。たぶん骨とか内蔵が歪な状態でつながっていて、今も激痛の中飛んでいるのだ」


 俺とミアは絶句した。

 ポーションはケガを治すものと思っていた。

 リドが必死になって少しでも逃げられるようにと、飛んでくれていたなんて知らなかったのだ。


 ふざけるな! そういうことは早く言え。

 俺はしゃがみ、リドの背に触れ『分析』スキルを使った。


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@#○$¥ΕΖ□%&ΞΟΠ*§∫∬ΣΤΥΦ♯♭◎◇ΑΒΓ◆□

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 な、なんだこれ?

 『分析』スキルは俺の知っている言葉に変換してくれるはずだ。

 俺の知識で表現できないから、こうなっているのか。

 まさか……


「ゲイル、魔物って生物だよな?」


「魔物は生物ではない。『罪』と『瘴気』で作られた兵器だ」


「兵器! 動物との違いは魔石が体内にあるかどうかじゃないのか?」


「全く違う。魔物は魔石のエネルギーで動いている。時間が無いから詳細は省くが、見た目の成長や強さも全て魔石に蓄えられた『罪』のおもさに左右される」


 くそっ、全然わからん……。

 ステータスが文字化けするのは、俺の知識だと言語化できないってことか。

 あれで生物じゃないって、それは理解できんわ。


「魔石を補充したら回復するのか?」


「ケガは治らんが、エネルギーは回復する」


「よし、俺達が魔石を大量に持っている。とにかくリドを説得して着陸させるんだ」


 王都メルキドまでの逃亡生活で貯まった魔石がある。

 何かに気づいたように、ミアが叫ぶ。


「ゲイルさん! あっちに湖が見えます。水の上なら着陸の負荷も少ないですよ」


 それから王女とゲイルがなんとかリドを説得し、湖に着水させた。

 

 ◇


 ――湖の岸


「これが俺達の持っている魔石だ。遠慮なくリドに全部使ってくれ」


 ミアはぬいぐるみのポケットから魔石が詰まった袋を20個取り出した。

 Fランクの魔石も大量に入っているので、これでも足りるか少し不安だ。


「タクミ、ミア。本当にありがとう。遠慮なく使わせてもらうわ」


 王女はそう言うと、魔石を袋ごとリドに食べさせる。

 俺にはドラゴンの体調を見た目で判断できないが、王女とゲイルの安心した顔を見ると、峠は越えたのであろう。


「リドとはここから別行動よ。私達と一緒にいると無理をするから。ゆっくりと自分のペースで『ゾフ』に戻ってもらう」


 確かにその方がいいだろう。だが、俺には1つ気がかりがあった。


「魔物や冒険者を相手に、簡単に負けることはないだろう。問題はアーサーだな。もしかするとシラカミダンジョンに追ってくるかもしれない」


「『剣聖』は魔族領方面に行くのではないのか?」


「アーサーは俺が『ゴンヒルリム』に行きたがっているのを知っているからな。こっちにくる可能性がある」

 

 ――沈黙が流れる。

 リドがアーサーに見つかったときの惨状を思うと、次の言葉が見つからなかったのだ。


 そんなとき、突然ミアが手を上げた。


「思いつきました! 認識阻害の魔道具ってまだありますか?」


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