第36話 陛下とエルドール

◇ 【アーサー視点】 


 ……あれはタクマ?

 ということは、同じ様な格好をしたもう1人はミオだったのか。


 魔族も逃してしまったけど、アレを弾かれたんだからしょうがないよね。


「お兄様、あのドラゴンの背に乗っていたのはタクマ様のように見えたのですが……」


「あれはタクマだったと思うよ。ミオもいたね」


「え! 気づいていたのに攻撃したのですか?」


「いや、防がれてから気づいた。戦闘中は相手のことをあまり考えたくないんだ。嫌な仕事をするときは特にね……」


「申し訳ありません。お兄様の『剣聖』の責務の重さを考えればあまりにも浅はかな発言でした」


 メアリーの言う通り、たとえタクマと気づいたとしても、攻撃しなくていけない立場だ。

 僕はだ。

 本来、剣に意思はない……意思を持ってはいけない。

 しかし、それでも切りたくないモノはある。

 メアリーはそのことを知っている。だから僕に謝罪したのだ。

 

「気にするな。自分で選んだ道だからね。逆にメアリーを巻き込んで申し訳なく思っているさ」


「それこそ気にしないで下さい。私はお兄様のお役に立てて嬉しいですわ。それに、職業も……」


 メアリーはしゃべっている途中で、口を開きはっとした表情になる。

 

「あっ、そうですわ。大事な用件があったのです。陛下がお呼びですわ」


「嫌な予感しかしないよ。呼び出したのは陛下ではなく、あのの方だろうね」


「今回の魔族の件も、あの女狐閣下の企みですわ……私行かなくていいですよね?」


「ダメだよ。殺されちゃう。一緒に行くよ」


 気持ちはわかるが、何があるかわからないからね。

 たとえ陛下の御前であったとしても。


「ふふふ、冗談です。あまりお待たせすると女狐閣下に怒られてしまいます。そろそろ行きましょう」


 気乗りしないが、僕達は王城へ向かった。


 ◇

 

 ――メルキド城


「アーサーよ。ご苦労であった」


「陛下、一部の魔族を取り逃がしてしまいました。力及ばず大変申し訳ありません」


 陛下は、側に立つ女とメアリーと僕を残し、他の全員を退室させた。


「堅苦しいのは抜きだ。状況は?」


 メルキド王国は、専制君主制だ。

 王族のみで貴族はいない。

 国王の威厳を示すことは国の安定につながるのだが、現国王のメルキド三世は格式張ることを嫌う。

 体裁が必要なとき以外は気取らない応対を好むので、僕にはとても助かる。


「魔族を処刑しようとしたとき、魔族によるドラゴンの奇襲を受けました。私がドラゴンと戦闘している隙きに、襲撃犯により捕らえていた魔族を奪還されました」


 陛下の側に立つエルフの女性。エルドール大使が僕を睨みあざ笑う。

 この女は、2年ぐらい前にエルフ族から大使として送り込まれた。

 それから国は豊かにはなったが、今まで以上にエルフの顔色をうかがうようになった。


「それでおめおめと逃げられてしまったのですか?」


「市街地でドラゴンを放置しては被害が大きくなります。ドラゴン討伐を優先しました。ドラゴンを倒した後、襲撃犯の殲滅戦に入りましたが、あと少しというところで、ドラゴンが復活し数名の魔族と共に逃げられました」


「あなたなら簡単にドラゴンを殺せたはずよ。どうして手を抜いたのかしら?」


「市街戦だったので全力で攻撃することはできませんでしたが、かなりの重傷だったはずです。あれほどの傷を回復させるには、最高位の回復魔法もしくは、最高級のポーションが沢山必要かと」


「それが実際に起きたと……まさか見逃したわけではないでしょうね?」


 エルドールが疑いの目で見る。


「エルドール殿。アーサーは我が。意図して逃がすなどありえませんな」


 陛下がエルドールをたしなめる。

 そして陛下は話を続けた。

 

「その件については、追手を出すとして……今日呼んだのは別の件だ。バーセリーの冒険者ギルドマスターが殺された件は知っておるな?」


 そういえば、2ヶ月ぐらい前にそんな事件が話題になってたな。

 あれはまだ未解決だったのか。

 

「我らエルフも数名殺されたわ。捕まえて死ぬよりも辛い苦しみを味わわせてやらないとね」


「犯人はわかっているのですか?」


「異世界人の男女よ。男の名前がタクミ。女はミア。赤く光る見たこともないような剣と、どんな攻撃も弾く結界魔法のようなものを無詠唱で使うらしいわ」


 ……タクとミのことか?


「そして、ドラゴンで逃げた襲撃犯の一味に、同じ様な結界魔法の使い手がいたと報告があったの。何か知ってる?」


「飛び去るドラゴンを撃墜しようと放った私の攻撃は、その結界魔法で防がれたようです」


「あら、隠さないのね。同じ人族として匿うのかと思ったわ。さすがは『剣聖』ね。では、その人族最強の『剣聖』に命じるわ。その異世界人を生かしたまま捕らえてきなさい。もし殺した場合は、必ず首をもってくるのよ」


 この女……何の権限があって言っているのだ。

 僕はエルドールを無視して、陛下を見つめる。

 しばらくすると、陛下が目を伏せ力なく頷いた。

 

「……わかりました。必ずやその異世界人を捕まえてまいります」


「これで我がサイロス王の懸念も晴れるでしょう。人族が我々エルフ族に敵対の意思があるという懸念が」


 エルドールは、謁見の間から退出した。


「――すまぬ。アーサーよ。人族の全体の暮らしを守るためには、エルフには逆らえんのだ。情けないこの王を許してくれ」


「何をおっしゃるのですか。陛下がどんなに心を砕くような悲しみの中にいるか、近くで見てきた私は知っております。私は『剣聖』です。メアリーもいます。必ず期待に応えてみせましょう」


「頼んだぞ、アーサー。タクミとやらの追跡はどうするのだ? ドラゴンに乗り飛んで逃げたのであろう?」


「はい。心当たりはあります。我々が王都に不在の間、魔族が攻めてくる恐れがありますので、追跡は私とメアリー2人で行ってまいります」


「そうだな。今回の処刑対象の魔族には、魔族の王女がいたそうだ」


「「!!」」


 ば、バカな……魔族の王女を攫ってきたのか。


「私も先程エルドールに聞かされた。あやつ隠していたな」


「これは……魔族との戦争は回避できないかもしれません。先程、必ずタクミを連れてくると言いましたが、捕まえられなくとも1ヶ月後には必ず戻ってまいります」


「うむ。アーサー不在の間に王国が滅ぶようなことは、あってはならんからな」


 このタイミングで私にタクミを追わせて王都から追い出すとは、エルドールは何を企んでいる?


「はい。それでは、今からすぐに追跡に行ってまいります。少しでも時間が惜しいので」


 そうして、僕とメアリーは王都を出発した。


「お兄様、行き先はどちらへ?」


「決まっているさ。ドワーフ王都『ゴンヒルリム』だ。詳しい場所はわからないが、彼らとの会話から行き先はシラカミダンジョンだろうね」


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