第32話 隠しルール

 俺はとりあえず実験してみることにした。

 ぬいぐるみのポケットから、強化する前の石を取り出す。


 そして『分析』スキルでステータスを見る。


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名前:石

攻撃力:+1

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 よし、『改ざん』スキルを使い、名前を『石→猫』に変えてみるか。

 これができたら、俺は神になれるのでは……と思ったが、10分経っても何も起きなかった。

 

「じゃあ、『石』を『岩』にするのはどうですか?」


「……できるんじゃないのか」


 自分の発言が矛盾しているのはわかってる。

 けど、違和感なくできると思ってしまった。

 

 実験に成功した場合、この部屋では床を突き抜ける可能性があるので、宿屋の近くにあった広場へ移動する。


 ――広場


 実験の結果、3センチの石が50センチぐらいの岩になった。


「『猫』にできないのに、『岩』にできるなんて不思議ですね……どうして50センチぐらいの岩になったんでしょうか?」


「え、これ小さいの? 俺の中で岩ってこの大きさなんだけど」


「わたしのイメージだと岩って2メートルぐらいでしたので、ちょっと小さいかなって」


 いやいや、2メートルってデカすぎだろ。

 俺のイメージだと、かなりの岩って感じだな。


「それなら、一度『石』に戻して今度は2メートルぐらいの『岩』にしてみるか」


 俺は2メートルぐらいの大きさの岩をイメージして、『改ざん』スキルで『石→岩』に変更してみた。


 結果、『改ざん』スキルは発動しなかった。

 ミアがつぶやく。


「何なんでしょう……大きさに制限があるのかな?」


 俺はなんとなくわかってきた。

 2メートルの岩って、俺の中ではって感じなんだよな。

 だから1文字では『改ざん』できないので失敗したんじゃないのか。


 イメージというよりも自分の中の常識?

 自分でコントロールできない意識というか……無意識。

 『無意識の思い込み』って言葉がしっくりくる。

 

 俺はもう一度『改ざん』スキルで『石→猫』に変えてみる。

 必ず出来ると思い込んでやってみたのだ。


 ――10分経過


 ダメだ。『改ざん』スキルは発動しなかった。


 そりゃそうだ。

 そんな簡単に『無意識の思い込み』は変えられない。


 冷蔵庫の扉を開けるのに、どうやれば開くかなんてイメージは不要だ。右手、左手、それとも両手で開けるなんて考えない。冷蔵庫の中を見たいと思ったら、勝手に冷蔵庫を開けている。これが『無意識』だ。


 『石』を『猫』に変えるのに、努力しようとしている時点で無理だったのだ。

 

 これまでの実験で、俺は1つの仮説にたどり着いた。


 『スキル』自体に性能面での制限はない。スキル使用者の『無意識の思い込み』が性能面の制限になっている。

 

 例えば、『ファイアー 火の玉が出る』というスキルがあったとする。

 メテオのような隕石を上空から振らせたり、5センチぐらいの火の玉がぴょーんと飛ぶだけなのかは、使用者の『無意識の思い込み』で決まるということだ。


 ただし、『スキル』の機能や発動条件なんかは、ステータスのスキル説明に書いてあるとおりだ。


 戦闘系の職業選んだ人、かなりキツイかもな。

 ゲームの知識があると、『レベル1で使えるスキルがメテオだった』なんて発想にならないよな。

 

 俺が仮説に考えを巡らせていると、ミオが手を上げて俺を呼んだ。

 

「すごいこと思いつきました! 『改ざん』スキルの変えられる文字数を1から9にするのはどうでしょうか?」


「俺もそれは考えた。けど『改ざん』スキルで、『改ざん』スキルの内容を変えるってできないと思うんだ。えんぴつも、えんぴつ自身には書き込めないよね。そんな感じ」


「なるほど、わかりやすいです! 失敗したらスキルが消えるとか……そんなこと起きたら怖いですよね」


 マズい。今の会話で『改ざん』スキルを改ざんして失敗したら、スキルが消滅する気になってしまった。

 俺は今、ものすごいバカなことをしているんじゃないのか?


 ミアのアイデアは止まらない。

 

「じゃあ、レベルを上げるとかどうでしょう? 例えば『25』を『95』にするとか」


「それはいけると思うな。数字は実績あるしね」


 早速やってみた。

 俺のレベルは『95』になった。

 なぜだろうか、嬉しいよりも、ドキドキよりも、嫌な予感しかしない。


「ミア、俺から離れて。ちょっと歩いてみる」


 ミアは俺から離れた。

 俺は足を一歩前に出したとき、すごい速さで前のめりに地面へと突っ込んだ。


「ど、どうしたんですか!?」


「ダメだ。身体と頭が一致しない。軽自動車しか運転したことないのに、急にレーシングカーを運転してる感じなのかな」


 俺は地面に倒れながら答えた。

 

「な、慣れればなんとかなりそうですか?」


「うーん。微妙かな。解除したときを考えるとリスクの方が大きいかな。今は戦闘で困ってないからね。とりあえず解除する」

 

 これレベルがあがった後に解除したらどうなるんだ? レベルを25→29にして、30まで上がったらスキルを解除する。

 解除した後は一の位だけ元に戻って35になるのか? それとも25に戻るのか? そもそもレベル変えられることがおかしくないか?

 あっ、マズい。

 

 俺はもう一度自分のレベルを上げてみた。

 レベルの『改ざん』が出来なくなっていた。


 たぶん……というより、間違いなく俺の『無意識の思い込み』が変わったんだ。

 だから『改ざん』スキルが発動しなくなったんだ。


 『できる』より『できない』、『成功』よりも『失敗』することの方がすんなり『無意識の思い込み』になっていく気がするんだけど……これは俺の性格が問題なのか。


 ダメだ! 実験すればするほど、自分の首をしめることになる。


 でも、ミアの『デフォルメ』スキルはどうなんだ?

 自分の『無意識の思い込み』が『スキル』に制限をかけるなら、ミアはなんであんなに突拍子もないことができるんだ?


 あっ、『絵』だ!

 俺は『デフォルメ』スキルを使うとき、頭の中のキャンバスに描くようにと教えた。

 『絵』は『無意識の思い込み』が影響されにくい。

 空を飛んだり、宇宙にも行ける。


 ただし、素材に対しては『無意識の思い込み』が影響するのだ。

 『象』のぬいぐるみは鼻から水を出せるが、『猫』のぬいぐるみは鼻から水を出せないだろう。

 

 この仮説……『隠しルール』のことは、ミアに伝えるのは止めよう。

 ミアは純粋で一途だ。

 今のままが最強だ。


 全て仮説に過ぎないが、充分な成果だった。

 『できないこと』を知る行為は、自分のスキルに蓋をする行為とわかったのだから。


 ラノベ好きでチートスキルがあたりまえになっている奴は勝ち組だろう。

 『俺様最強~!』の自信過剰な奴が、チートスキル持ったときは最強最悪になるんだろうな。


 うん。危険すぎる。

 この『隠しルール』は絶対に秘密だな。

 

「ミア、帰ろう。疲れちゃったから今日は止めよう」


「えー、失敗なんて気にしたら負けですよ。大丈夫です! タクミのスキルは最強ですから!」


 もしかして、励ましてくれてるのかな?

 どうするか……

 

「ありがとう。でも明日いっぱい買い物したいからさ。洋服も買いたいだろ?」


「ほしいです! しばらく王都にこられないなら、絶対に行きたいです!」


「よし、今日は早く寝て、朝早くから買い出しに行こう」


「楽しみですね。ふふふっ」


 こうして俺は、今日の実験で得られた『隠しルール』のことを秘密にして帰るのだった。


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