ひとつのパーティ
ハンモックが4つ、左右上下に並ぶ6畳ほどの個室。
後他に目立った物品や家具はなく、本当に必要最低限泊まることだけを考えた仕上がりだ。
ハンモックに揺られながら見る透明な窓の先。そこに広がる空は、不穏な暗雲が立ち込めていた。
星光をも食らう、闇を体現したかのように。
当然暖房器具なんて便利な物は無いため、部屋には妙に寒々しい空気が充満している。
明日は早い。さっさと眠るため、おれはバサッと温かな毛布を持ち上げて身を包んだ。
揺れるゆりかごに誘われて、目を閉じると快楽の波が押し寄せる。
すぐにでもおれの意識は落ちて——
「あれが我が故郷、彼岸郷じゃ。今日も愉快にみな蝶の舞をしておる。おお、爆弾使いのカミマユドコさんや。そろそろ畑は船の収穫時期じゃなかったかえ?」
落ちて——
「まぁ、これはこれはマグロワーウルフ殿、元気な船の赤ちゃんを抱えて。元気な産声だこと。さぞ、今日の卵かけご飯は美味しいでしょう。まぁまぁ奥さんのヤオビクニさん。最近ローレライをお食べになったと」
落ちない。
……寝れねぇ。寝るに寝れねぇ……。
アゲハの寝言がうるさすぎて寝れねぇ。
というか精神体の奴に睡眠って必要あるの? 実はこれ起きているんじゃないの?
寝かせろよ。……けどこれがあいつの寝言だったら起こすわけにもいかないし。
おれは納得いかない感情のままに寝返りする。
「なに? 採れたての船には既にマッシュポテトが住み着いていた? それは大変です。今すぐ山の赤ん坊とチェンジリングしてしまいなさい。それがダメなら究極のスイカ割り、カメのカメラを食らわして、海と山を繋げてしまいなさい」
おれとは反対に位置するハンモックで独特すぎる寝言を放つアゲハ。
こっちはアゲハのおかげで教会に寝泊まりさせてもらっている手前、出て行けともいえねぇ……。
「残業アタックゥ! なに、辞表届けだと? 貴様、それをどこで手にしたっ! 労働組合……だと……? だが知っているか! ひとりだけなら金を握らせれば何とでもなる!」
こいつもう叩き起こしていいよな?
おれ、こいつの会社だけは絶対に入社したくない。
流石に寝言が気になって寝れないわ。
「……ちょっといい? ライカ」
悶々とする夜。ねえさんが上の段から顔を覗かせてきた。
口を一文字に結び、その瞳はおれを真正面から見ていた。
眉は少し吊り上げて、いかにも真剣といった様子が伝わってくる。
やっぱりねえさんもアゲハがうるさいと思っているのか。なんておれが呆れ顔になった時だった。
「話したいことがあるんだけど良いかな?」
パチンッ! ねえさんが指を鳴らすと騒音が嘘のように静かになった。
サイレントだ。
とうさんとかあさんの声がうるさくておれのために調べてくれた魔法。
アゲハの寝言が気になりすぎていて眠れなかったので本当にありがとうと、おれは手を握る。
……聞こえないとそれはそれで何を呟いているのか気になってくるのだけど。
ねえさんは沈痛そうな顔で口を開いて語ってくれた。ずっと燻っていたその思いを。
「どうしたの?」
「……色々と、ごめんね」
わけが分からずおれは首を傾げる。
なぜいきなり謝られなければならないのか。
思い当たる節は一切ない。
ねえさんは胸の前で手を固く閉じた。
「わたし、ライカとはいられない。ここから出て行くね」
* * *
おれは頭を金づちでガツンと殴られた気分を味わっていた。
改めてくるみもいれて4人揃ったというのにいきなりなんだよ。
なんでねえさんは、出ていくって言いだしたんだよ。
「冒険が嫌になった?」
おれの言葉を否定するように、ねえさんは首を横に振る。
「ライカの足を引っ張るから。わたしは、わたし自身の自分勝手な思いで、ライカの将来を、やりたいことを奪おうとした。……ダメなねえさんだから」
そう言ってねえさんが語ったのは、ひとりのエルフが神の魂を手に入れた代償に魔力を失い、それを目撃した姉が決意をした話だった。
おれが1歳の頃、といってもおれにはその記憶はなんてないけど。
ねえさんはおれが生まれた時のことを未だ鮮明に覚えていた。
初めて手を握った時の暖かさを。自分が姉になるのだと喜びで胸がいっぱいになったのを。
けれどあの頃、ねえさんは自分の研究に行き詰っていて、おれに構う余裕はなかったらしい。
段々研究を邪魔するおれを疎ましく思い、構われても無視するようになったとか。
それでも一定の情は持っていたのだろう。
事実ねえさんは頬を赤く染め上げ、これが真実だとばかりに、
「あの頃のライカ、今よりも可愛かったなぁ」
と顔を綻ばせている。
女の子の赤ん坊と中身男子高校生だぜ?
どっちが可愛いかなんて火を見るより明らかだと思うが。
ある日のこと、とうさんは仕事へ、かあさんは外せない用事で出かけるときの話。
ねえさんはおれを見ているよう両親に頼まれたらしい。
おれにご飯を食べさせ寝かせ終えたころ、ねえさんは少しでも研究を進めようと目を離した瞬間のことだったらしい。
いざ寝ようとしたら最後にもう1度おれの姿を確認しようとベッドを覗き込んだら、いつの間にかいなくなっていたとのこと。
どこに行ったのか慌てるねえさん。
その瞬間だった。
ガラガラと何かが崩れる音がしたのは。
音の鳴る方、蔵の中に行ってみると物の下敷きになっていたおれがいたらしい。
ねえさんの思考はそこでぶっ飛んだ。
——妹が死ぬ。
おれの埋もれた現場以外の視界が狭まって。
音は遠くなっていって。
それでも僅かに聞こえる騒音が耳障りで。
何もかもが信じられない光景にその場で崩れ落ちたらしい。
幸いにもおれは、ねえさんがすぐに助けを呼んだおかげで一命を取り留めた。
その日の夜、ねえさんは声を上げて泣いたそうだ。
何度も何度も、自分を責め立てたそうだ。
それからだった。ねえさんがおれを守らなきゃって、脅迫にも似た念に駆られだしたのは。
おれの適性能力が戦士でヴァイキングだと知った時、それはもう大喜びしたらしい。
だって魔法使いじゃないから。いつまでも自分を守ってくれるからだって。
しかし、すぐにその思いは砕かれる。
くるみの指導の下、おれが戦士としての能力を得ようと特訓し始めたから。
「あの兎獣族をどれだけ恨んだか。ライカに余計なことしないでほしいって。ミサキもそう。ライカに冒険の話をしないでほしかった。……今思えば、ライカの方が正しかったんだよね」
「正しいかどうかは分からない。エルフという全体から見れば、ねえさんの考え方は正しかった」
ねえさんが未だにくるみやアゲハを好きになれない理由の根幹はそこか。
未だに2人のことを種族名で呼ぶのも。
ただそれって、ねえさんの一方的な過保護に過ぎないんだよね。
分かっているとは思うけどさ。
「そうだね。ライカが歩み寄ろうとしているのに。わたしはいつまでもエルフの価値観のままで。ミサキが作ってくれたポーションもぶっかけて」
「あれはしゃーないわ。むしろ吹っ掛けるのが正しい反応。おれだってそうする」
死ぬかもしれない場所で激ニガポーション作ってくる奴が悪いに決まっている。
それにさ、いつまでも前世の価値観を引き摺っているのはおれも同じ。
ねえさんの、エルフの考え方があっても良いとおれは思うんだ。
ねえさんは微笑を浮かべ、おれの額に人差し指を向けてくる。
それからいたずらっ子のような笑みを浮かべて、おれの背中に腕を回して抱き寄せてくる。
「本当は無理やりにでも引き留めたかった。ライカの探すもの、全部壊して一生見つからないようにしたかった。けど、ライカの意思を無視するのは違うって」
「それなら何でおれの探し物を手伝ってくれたの?」
「それは……ライカが喜ぶから。何かをやろうとしている妹を、夢に突き進もうとする妹を見て、応援してあげたかった。ううん、もしかしたらやるだけやらせて、無駄だって思い知らせようとしたんだと思う」
「……」
ねえさんはおれの服を握り締める。フルフルと腕を震わせて。
最後の言葉を言いきった。
「だからね、ライカ。わたしはひとりで森に帰るよ。もう、ライカの邪魔はしない。それだけ言いたかったの」
ねえさんは苦虫をかみつぶしたかのような顔で震えた。
目には大粒の涙を溜めて。
もう1度掠れた声で「じゃあ」と手を上げてどこかに行こうとする。
おれはそんなねえさんの手を取った。
「おれはねえさんを邪魔だと思ったことなんて1度もない」
「でも――」
「でもじゃない。おれにはねえさんが必要なんだ! いや、おれだけじゃない。このパーティにはねえさんが必要なんだよ!」
「……ライカ。なら他の魔法使いを——」
「嫌だよ! ねえさんの上位互換はいっぱいいるかもだけど、おれはねえさんじゃないと嫌だ!」
ねえさんは覚えているのか分からない。
けれど、今ねえさんの手から感じるこの暖かさはあの頃の、ゴブリンから庇ってくれたときの温もりと変わらない。
おれは自分からねえさんを抱き締める。
「だから……一緒に居てほしい。おれと、アゲハとくるみ、4人で冒険をしよう!」
「……いいの? わたしは多分、またライカを止めるかもしれない。また、ライカの夢を――」
「いいんだよ! というかひとりくらいストッパーがいないとこのチームは簡単にバラバラだよ」
なんだかんだおれも冷静にいたけど、ぶっちゃけた話アゲハ側で一緒にボケをやりたい。
というか明らかにアゲハ側だろうしね。
何が言いたいかといえば、おれは百合の花園を見たい!
めっちゃ美人なエルフのねえさんを、女の子を減らすようなこと誰がやらせるか!
それぞれの思惑を叶えたいから冒険者をやるんだろ?
「けど、2人……エスプリットちゃんと文月ちゃんは」
「ピッピッピッ、いちゃラブの波動を検知! いちゃラブの波動を検知! 早急に私も混ぜろぉ!」
突然覆いかぶさってきたアゲハにねえさんは固まった。
こいつ半分透明なくせにこういうことやってくるから、ストッパーが必要なんですね。
アゲハはおれとねえさんに覆いかぶさると、「仲間だぁ!」なんてわちゃわちゃし始める。
「良いの?」
ねえさんはアゲハの対応が信じられないようで、今にも泣きそうな顔でアゲハの顔を覗いた。
「嫌な奴に1か月に1度きりの切り札は切らん! 私もごめんよぉ、ポーション激ニガにして」
「同じくでござる。嫌いなら救いに行かないでござる。エルフは大嫌いでござるが、ライカ殿とレイラ殿の仲睦まじさは嫌いじゃないでござるよ」
それ結局ねえさんが好きかどうかは分からないって言っていませんかね?
ねえさんの頬に一筋の涙腺が零れ落ちた。
気づいたのかおれたちから顔を逸らして袖で拭う。
再度振り向いたねえさんの顔は何か憑き物が落ちたかのように、屈託のない笑みを浮かべていた。
「……改めてわたしも冒険に参加する。よろしくね、ライカ、エスプリットちゃん。文月ちゃん!」
「文月ちゃんはむず痒いでござる」
くるみは照れくさそうに頬を描く。
「わたしの方が年上だよ?」
この日初めて、おれたちはひとつのパーティに成れた気がした。
【魔力0のTS変態幼女エルフ。マジで魔力ないけど百合の花園を覗きたい! あっ、でもできればお腹かお胸を触らせて!】 メガ氷水 @megatextukaninn
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