紅黒ウルフ
そのウルフを2言で表すなら狂暴と獰猛だ。
紅黒に染まった毛皮を持つ巨躯から放たれる存在感。
口からは舌をだらりと垂れ下げており、常によだれが滴り落ちる様など、まるで暴走状態1歩手前の危ういロボットだ。
その目には白も黒もない。ただただ赤く虚ろ。
だから何だよ。
めちゃくちゃ弱そうじゃないか。
少なくともあのブレイジング・ゴブリンよかっ!
「当然、まだまだいるぜ?」
男の持つ紫水晶が再び回転する。
サワッ、サワッ。
茂みを踏み鳴らす音。
おれたちを取り囲むかのように、バイウルフとゴブリンの群れが姿を現した。
血走ったかのように赤い瞳。操られているから正気ではないのだろう。
こんな状況下でも、おれはどうしても今まで聞きたかったことを男に問う。
「なんでエルフを狙った。なんでエルフを襲う」
男は隠す様子もなく、詰まんなそうに目元を垂れ下げた。
「そりゃお前。雑魚だからだよ」
「……はぁ?」
血の底まで響くような低い声が出た。
男はなおも神経を逆なでしてくる。
「エルフってのは今や弓も魔法も衰退したただの雑魚だ。魔法に耐性つけるだけで壊滅まで追い込めるんだぜ? さらに神クラスの【祭具】まで持ってるって言うじゃねぇか。神まで行けば、億兆はくだらないレベルで売れる! エルフの女まで売ればもう、一生女を侍らせて暮らせるだろ?」
なんだこいつ……何を言っているんだ。
おれは完全に耳を疑っていた。本当に今聞いたことが信じられなかった。
何だよ、そのためだけにエルフの村は狩られそうになったって言うのかよ。
こいつが女の子を侍らせる、そのためだけに村のみんなが殺されるかもしれなかったのかよ。
そう思った時には既におれの意識は深海に沈んでいた。
「もういい分かったよ」
「あぁ? 分かってねぇだろうがクソガキが。てめぇは俺様の計画を邪魔しただけじゃ飽き足らず、【祭具】まで奪いやがったじゃねぇか」
「分かったから、口を開くなよ」
「誰に口を開いてっと思ってんだぁ? ふざけ——」
「ふざけてんのはどっちだ!」
おれは力任せに大地を蹴る。
風を突っ切る。誰よりも早く外套野郎に肉薄。大地を踏みしめる。
全体重を拳に乗せ、おれは外套野郎の隣にいる紅黒ウルフにアッパーを抉りこむ!
顔が浮かび上がった紅黒ウルフ。
おれは空中で1回転すると、さらに紅黒ウルフにかかと落としを食らわせる。
「舐めるなよ」
……やっぱり、こいつはブレイジング・ゴブリンよりも弱い。
おれが強くなったというよりかは、装甲が薄いって印象だ。
紅黒ウルフは顎から大地に突き刺さる。
降り立ったおれはもう1度外套野郎に宣告する。
「この程度でエルフが壊滅するかよ」
* * *
外套野郎が身体を震わせて狼狽する。
「おい……、嘘だろ? なんでだよ。なんで負けんだよ。相手はエルフ、しかもまだガキじゃねぇか。魔法すら使ってねぇのに。なんで負けんだよ! おいクソウルフッ! 誰がそこまで育ててやったってんだ! ボロ雑巾のように捨てられていたお前に何十と何百と同族を食らわせて強くさせたやった俺に報いろよ!」
外套野郎は先ほどと打って変わっていた。
余裕の声は薄れ去り、のろのろと何かに憑りつかれたかの如く、ゆったりとした足取りで紅黒ウルフを蹴りつける。
さらにはきたねぇ指をおれに突きつけてくる。
「そもそもお前! 姉を救うとか言っておいて結局殺してんじゃねぇかよ! 嘘ついてんじゃねぇぞクソ雑魚がぁ!」
「狼の王を使役する奴が1番弱い犬とは皮肉だな。言ったじゃないか、女は売り飛ばすって。だったら無事な可能性の方が高いだろ」
結局こいつは自分の身を守ってくれる奴がいないとなんもできない。
本当に非力な奴だよ。
非力だけどちゃんと自分の弱さを認め、魔物の力を借りるって考え方は少しでもエルフに分けてほしい。
血管が弾けるかのように外套野郎はさらに激昂。
水晶が回るたびに紅黒ウルフの身体が震える。
「もういい他のウルフども! こいつを捕食し殲滅しろ!」
外套野郎はそう宣うと、紅黒ウルフを指し示した。
こいつあっさりと1番強いウルフを餌にしやがった。
何考えてんだよ、そんなことしたら。
くるみはウルフ達の動向に目を配る。
「ライカ殿! 切り替えるでござる!」
くるみはそう言うと、抜刀したばかりの刀を投げた!
刀は虚空を飛ぶ。
クルクルと徐々に遠心力を増していき、遂に刀は1匹の鳥へと変わった!
鳥はウルフ達へと急襲する。
自由自在に天と地を行き来するかのように羽ばたき、スパスパとウルフの身体と頭を一刀両断。
外套の野郎は怒号と共にくるみを指さした。
「お前も【祭具】持ちか!」
くるみは「いかにも」と鳥を指さして首肯する。
「【
主に呼応するかの如く、鳥は天空で嘶いた。
くるみは【祭具】に負けじと刀を手に取り、ウルフへと振るっていく。
すげぇ。
息の合ったコンビネーションだ。
主の危機を【
流石は師匠だよ、やっぱりおれより強い。
それよりねえさんがどこにいるか探らないと。
「無駄だ! 俺の持つ【祭具】! 【
コネクトの割に随分一方的な絆だな。
そもそも絆ですらないし。
【祭具】ってその辺気にしないのか?
まぁ、いくら無尽蔵に魔物が居ても無駄だけどな。
こっちはそれ以上にぶっ飛ばすだけだ。
「夢を持っている部分は良い。夢を追う姿勢も評価できる。ただ、他人任せなのは減点! 後で校舎裏に来るように」
相変わらず訳の分からないことをほざきながら、アゲハがサポートを光らせる。
おかげで1発殴るだけで倒せるから、対価としては安いもんだ。
「くそぉ! 何なんだよお前ら! こうなったら。おいウルフども! あのメスエルフを連れてこいッ!」
外套野郎の言葉にゴブリンたちが横に道を開けた。
中からはひときわ大きなゴブリンがねえさんの両手首を掴んだ状態で現れる。
ちゃんと衣服は着た状態で。
「ねえさん!」
「ライ……カ?」
良かった、意識はあるようだ。
今すぐにでも走り寄りたい気持ちを抑えて、外套野郎へと拳を構える。
場所さえ分かれば、あとはこいつを殲滅するのみ。
外套野郎が激昂する。
「こいつは人質だぁ! 返してほしくば!」
「いや、王手でござる」
スパンッ! とねえさんを掴んでいたゴブリンの首が跳ね飛んだ。
天駆ける鳥は敵将を取ったことに喜びの声を上げ、続いて取り巻きゴブリンたちの命を刈り取っていく。
鳥自体が鋭利な刀なのだ。ゴブリンたちに防ぐ手段はない。
……なんであっちの【祭具】はこう便利そうなんだ。
「なんだよ、それ。なんだよそれぇ!! ふざけんなこの淫売共がっ! 何度俺様を邪魔すりゃ気が済むんだクソがよぉぉ!」
外套野郎の駄々に、完璧に付き合えるものはもういない。
ゴブリンであろうとバイウルフであろうと、既におれたちの敵じゃない。
ねえさんも救い出した。後はエルフの森を襲撃した犯人を捕まえて終わりだ。
だが、まだ勝利の鐘は響かない。
「グアアァルルァァァ!」
なんせ紅黒ウルフが身体を大きく仰け反らせながらも起き上がったからだ。
……相当弱っているな。
もう立つのもやっとってくらい。
「なんだよ。立てるんなら最初から立ち上がれよ! 俺様をさっさと守り続け——」
ピシンっと、紫水晶に亀裂が走った。
ガラスにひびが入る音。
外套野郎は身体を震わせながら狼狽する。
「なっ、【祭具】は壊れないはずじゃ!」
「そもそもそれ、【祭具】でも何でもないでござるよ。魔導技術を用いて創り上げた、贋作でござる」
そうなん?
くるみは宙を飛ぶ鳥を刀へと戻し、鞘に納める。
1000匹もバイウルフを使役しておいて贋作って。
真作だとどうなるのよ。百鬼夜行レベルとか?
道理で【祭具】の名前がそんなに厨二臭くないはずだ。
紫水晶の亀裂は駆け抜ける。
ピシッ、ピシッ、パキンッ!
やがて、紫水晶は粉々に砕け、無数の破片となって飛び散った。
「お前ら……お前らのせいだ! お前らが俺の夢を妨げたんだぁ! 全部全部お前らが悪いんだぁ! 俺の前から消えろぉ!」
遂に外套野郎はみっともなく駄々をこね始める。
半狂乱に目を血走らせ、おれたちに罵詈雑言の嵐を浴びせてくる。
「で? もうお前を守ってくれる者はいないわけだけど。エルフの森も、おれたちも、当然無為に使役され続けた魔物たちも。お前を守ろうとすることは無い」
紫水晶の影響下から解放されたのだろう。
バイウルフとゴブリンたちが蜘蛛の子を散らすかのようにこの場から離れていく。
絆は砕け、残ったものは裏切りのみ。
ねえさんが驚く。
「あっちの方面は!」
「問題ないよ、こいつら普通に魔法が通る。で、魔法が通るってことは」
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