ウルフ


「で、くるみさん。話の顛末を聞いていいですか?」


 場所は冒険者の酒場。

 そろそろ夕方近いというのに、冒険者の気力は底を尽きない。相も変わらず中は喧騒していた。

 その喧騒の中で、おれの正面には正座したくるみがいた。

 正確には勝手に膝を折っていた。

 周囲からはやじ馬精神あふれる、好奇な目がいくつも寄せられる。


「気づいていると思うでござるが、私はあの男と共にエルフを根絶やしにするつもりだったでござる」


「それはさっき話してくれた大嫌いって感情でか?」


「そうでござる」


 そう答えて見せたくるみは顔を憤怒の色に染めた。

 くるみにこう言わせるって、どんだけ酷かったんだよ。

 おれの知るエルフとかなり食い違いが発生しているかもしれないから、とやかく言うことはできない。


「くるみの知るエルフは何を?」


「来る時が来たら教えるでござる。今は受付のハーフエルフを見て察して貰いたい」


 受付のハーフエルフね。

 ちらと目を送ると、泣きそうな顔で後ろへ下がっていく受付嬢。

 何をされたのか皆目見当がつかない。

 けど、ねえさんを連れ去ったあいつと同じようにエルフの森を滅ぼそうとしたんだ。

 相当な害悪な奴らなんだろうな。


「ちなみに本来の計画はどうだったんだ?」


「まず最初にエルフの木の枝を折って村に潜入。非道な行いが起きていたら、みなが寝静まったタイミングであの男を呼び出し殲滅する予定だったでござる。【祭具】が欲しくてエルフの森を焼きたい男と、エルフ嫌いで斬りたかった私。利害の一致って奴でござる」


 なるほどね。

 くるみの持つ刀なら鳥とか炎とかに姿を変えることができるもんな。

 火事に乗じて脱走自体は容易か。

 たまたま冒険者組合に姿を置いていた村のエルフたちは、明らかな敵意をくるみへと注いでいた。

 そんな中、おれは手をひとつ叩く。


「教えてくれてありがとな。はい、立って立って師匠」


「いや、不肖このくるみ。ここで立つべきでは」


「じゃあおれはその件については許すから立って?」


 完全に呆けた顔を晒すくるみ。

 おれはくるみの手を取ると無理やり立ち上がらせる。

 途中から背が足りなくなったので、くるみのお腹に顔を埋めてでも足を伸ばさせる。

 苛立っているせいかくるみのお腹を味わう余裕などなかった。


「ライカ殿! 私は未遂とはいえ、故郷滅亡の一端を担いだのでござるよ!?」


「いやお前の言う担いだはひとりの少年の夢を押し、力をつけさせて、村の危機を救ったことを言うのか? どっちかといえば英雄だろ。くるみがなんかやらなくてもあの男は来た。くるみが計画に加担しなければエルフの村は滅びた。はい、これでもうこの話題は永遠に終わり。閉廷! 解散!」


「しかしライカ殿!」


「うるさい。いつまで引きずらなきゃならないんだ、この話題。それでも納得できないなら、ねえさん助ける協力してくれないか? くるみほどの実力がいた方が安心できる」


 くるみは信じがたい目で後ずさる。

 何かおかしなことを言っているだろうか。

 勝てないから勝てる人と協力するのはゲームでも当然のことだと思うけど。


「ライカ殿……怒ってないでござるか?」


「いんや、怒ってるよ。血管プッチンしてる。けど、心のどこかでめっちゃ冷えている自分も居る。さっきも言ったけど、そもそも今回の件にくるみは関わっていない。無罪だ」


 何だろうな、もしかしたら状況を受け容れられていないのかもしれない。

 多分そんなとこだろう。

 もしくは、脳の構造はエルフだから。

 こう見えて転生前よりかは容量良くなっていると自負しているんだ。

 アゲハがクルクルと周る。


「冒険は人数の多い方が楽しいじゃん! あいにく、ひとり足りないから救いに行かないとだけどね!」


「お前、ねえさんをパーティメンバーとして見ていたのか?」


 アゲハは何言ってんのこいつ? と言わんばかりの顔で首を傾けた。


「当たり前じゃん! もしかして旦那も見下してた?」


「いや、見下すというかポーション掛けられていたし」


 あの後反省していたし。

 いくら温厚な性格でもせっかく作ったポーションを掛けられるのは……ねぇ?


「あれくらいのいざこざは軽い方! 冒険者の喧嘩は日常の華!」


「そうか、ありがとな。改めてアゲハとパーティ組めて良かったと思うよ」


 信頼の証とばかりにおれはアゲハの肩に首を回す。

 アゲハは一瞬驚いた顔を晒していたが、それもすぐに消え、けらけらと笑っていた。

 こいつは本当に、良いムードメーカーだよ。

 くるみがしばし瞼を閉じた。ひとつ大きく深呼吸をすると、改めておれに手を差し伸べる。


「ほんと、エルフらしからぬ純正エルフでござる。最後まで教え子を見守るのも先生の務め。委細承知したでござる。これからもライカ殿のパーティにて、この未熟な刀を振るうでござる」


「おう、精一杯協力してくれよ!」


 おれの返答にくるみは少しも迷うことなく、むしろ「任せるでござるよ」と意気込んでくれるのだった。


  *  *  *


「そんであの外套の人物をどうするかって話なんだけど」


「それなら良い方法があるでござるよ」


「いや、あの紫水晶間違いなく【祭具】だろ。どう倒すんだ?」


 1度に1000匹以上を使役するって頭おかしいだろ、どう考えても。

 しかしそれでも勝算が見えているようで、くるみはひとつ首を振って見せる。


「あの男は今回致命的なミスを起こしているでござる。ほっといても勝手に自滅すると思うでござるが……それでも行くでござるか?」


「当然!」


 身体はまだまだ動くし疲れの兆しも見えない。

 むしろ元気が溢れてくるほどだ。

 何もできなくて歯がゆい感情を、そのまま内に秘める。

 感情的になっても良い。

 でも今はまだダメだ。抑えるんだ。ここで発散させたら、あの男にぶつける分が無くなる。

 人は6秒間怒りを持続させることは難しいんだから。

 いや、あんな理論は役に立たない。

 だっておれはさっきからずっと、煮えたぎる思いに支配されているのだから。

 ひとつ落ち着くためにおれは深呼吸。

 それからきっちりとくるみを正面から目を合わした。


「で、話の内容は?」


  *  *  *


 空に広がるは暗闇のカーテン。

 晴天だった草原は魔王の瘴気が入り混じったかのように暗雲が立ち込めていた。

 ゴロゴロと雷雲が鳴り響き、空は涙を垂らし始める。

 まだ草原だというのに肌を刺す空気は非常に重たくどんよりとしている。

 いつもうるさいアゲハすら真剣な面持ちとなっていて、


「ルメルメ救い出したら誰の所有物になんの? メイド服着せていい?」


 違った。

 こいつどう場を和まそうか考えていただけだった。

 不思議といつも通りに振舞ってくれるこいつに安心感を覚えちまったよ。

 特にもうねえさんを救い出したあとのことを考えているところとか特にさ。

 アゲハの軽口にくるみが乗る。


「そこはライカ殿のものでござろう? なにせ“海賊”でござるゆえ」


「ヴァイキングは海賊だけじゃないからな? 海岸付近、海上、海中戦のエキスパートだからな?」


 シリアスな雰囲気なのにこれじゃあシリアルだよ。

 ……けど、おかげで肩が軽くなった気がする。

 おれは腕を回して肩の調子を確かめる。

 ……うん、やっぱり昨日よりも調子がいいわ。


 背景は草原から森へと変わっていく。

 今回は来た時とは違うルートを通っている。

 くるみ曰はく、あいつはこっちのルートを通るだろうとのことだ。

 こんなに早く森に帰ってくるとは思わなかった。

 ……村に帰るつもりはまだ毛頭ないけど。

 時折聞こえるバサバサと慌てふためく、小鳥たちの羽ばたき。

 いつもの温和な空気は消え去っており、冷たい空気が場を支配していた。


 肌のピリピリが強くなる。

 悪寒は全身を流れる。これ以上行くと、ただでは済まないと本能が訴えてくるようだ。

 これは、ブレイジング・ゴブリンと相対した時と同レベル。

 地の利のあるおれが先導し、森を進んでから15分ほど経った頃だろうか。

 吹き荒れる殺意と冷気、数え切れないほどいるバイウルフの中に奴はいた。


「てめぇら、やっぱり来たのかよ」


 外套野郎。

 手には紫水晶。

 相変わらず癇に障る言葉遣いで外套の中からでも分かるくらい睨みつけてくる。


「ねえさんはどこだ?」


 1歩踏み出たおれに外套野郎は中指を立てる。


「教える訳ねぇだろヴァーカ」


「もう1度聞く。ねえさんはどこだ」


 あぁ、やっぱり無理だ。

 冷静でいられない。

 こいつと話していると胃の中が逆流するほどむかむかして仕方ない。

 人間を殺したいと思ったのは初めてだ。

 外套野郎は一際異彩を放つウルフに目を向ける。


「ちゃんと生きてるぜ? 俺様の作り出した傑作、ウルフの“腹の中”でだけどな!」

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