紫水晶の男


「ひぃ!」


 依頼受付に依頼の羊皮紙を持ってきたおれに、受付嬢は見てわかるくらい狼狽を顔に出し、自分の身体を抱いた。

 長い茜色の髪。端麗で整った顔立ちをした萌え系美少女の受付嬢。

 その耳は小さく尖っていた。

 声を掛けてもその身をより縮こませるばかりなので、代わりに他の受付嬢が受注の手続きをしてくれた。

 あの耳。まさか。


 それぞれの役割を把握するために、冒険者組合から出たおれたちはそのまま草原へと急行する。

 先ほどの受付嬢が気になったおれはくるみから聞き出していた。


「あぁ、彼女はハーフエルフでござるよ」


「そっちは町にいるんだ」


「正確には半分蛮族の血が混じっていて気持ち悪いという理由で捨てられたらしいでござる」


「なんそれ、ハーフエルフの方が可愛くて際どい時もあるのに」


「南の大陸、ウェルシオンにあるエルフの森はライカ殿の森より遥かに劣悪でござったよ。これは予感でしかないでござるが、あっちで生まれていたら間違いなく、ライカ殿もあの娘と同じ道を辿っているでござる」


 おれは分かりやすく嫌悪感を面に出した。

 くるみは鞘から刀を抜き放つと、さらに言葉を続ける。


「だから私はエルフが大嫌いでござる。ライカ殿、申し訳ない」


「いや、良いよ。そういうのは仕方ない。その嫌いな考え方も含めて、くるみなんだろ? じゃあしょうがないさ」


「子どもとは思えぬ考え方はやはりエルフでござるな。さっ、獲物が来るでござるよ!」


 天気は雲が5割といった晴れ。障害物もなく、気持ちいい風が流れる。そんな日和。

 おれたちは依頼の魔物と対峙する。


  *  *  *


「【ホーリーバリア】」


 オオカミと酷似した魔物、バイウルフの攻撃が当たる直前、おれの目の前に透明な障壁が展開された。

 ガキィィィン!!

 透明な障壁はバイウルフの勢いを弱めた。

 おれはバイウルフの顎を素手で押し上げ、1回転させて地面に叩きつける。

 手の神経を通って脳に直接伝わる、脳髄を砕く感触。

 未だ慣れないなとおれは顔をしかめる。


「ナイスタイミング! アゲハ!」


「アハハハハハハハハハ!! でしょでしょでしょでしょ! よっしウォーターの大将! 回復をお届けに参りますぜ!」


 アゲハが空中でくるんと1回転。

 おれの身体が緑色の光に包まれる。

 暖かくて心地よい。安らぐ光。身体の傷が癒されるような気分だ。

 おれ、無傷なんだけどな。まぁいいか。

 回復してくれるだけありがたい。


「【ストーンブラスト】! 【アクアスピアー】! 【ウインドソード】!」


 石の礫が飛び、水の槍が走り、風の剣が舞う。

 後ろからはねえさんが援護射撃をしてくれていた。

 お生憎様、バイウルフに当たる兆しは全く見えない。回避行動すらとらせていない。

 何ならその牙で噛み殺されている節すらある。


「ルメルメのエイム力は凄まじいですね。絶対に当てる。その気迫は感じます。どう思いますか、解説のルメねえさん」


「……」


 アゲハのボケをねえさんはスルー。

 こういうタイプって無視が1番答えるものだから1番良い対処法なのかもしれない。


「時期少年漫画の主人公さん。放てっ! 撲殺ウイニング!」


「少年漫画の主人公に幼女が抜擢されるのってあり得るのだろうか」


 ……などと考えながらおれはバイウルフの頭を地面に叩きつける。

 1度2度身体を跳ねらせたバイウルフはそのまま動かなくなっていった。

 おれも随分と毒されたものである。

 ちなみにくるみは後方師匠面をしているので戦闘に参加していない。


「グルルルルル」


「あなたグルルって言うの? 単純明快、つまんない名前だね! 私はアゲハって言うんだよ! アハハハハ!」


 なんやかんや騒いでいるけど、アゲハはちゃんと仕事してくれるので何も言わない。

 言いたくない。

 攻撃されるタイミングで障壁を張ってくれる。

 少しでも傷つけば【ヒール】で治してくれる。

 聖なる力で【パワフル】やら【ヘイスト】やらを使っておれの力を引き出してくれる。

 戦闘はかなり楽させてもらっている。

 流石は奇跡の落とし子である。

 そう、戦闘は楽させてもらっているんだけど……。


「恒星のように輝け! 流星の如く駆け抜けろ! さながら箒星のような長い尾を引いて、唸れ私のマジカルポーション!」


 非常にうるさい。


  *  *  *


 バイウルフの群れを何とか倒しきったおれとねえさんは草原に座り込んでいた。

 はぁ……はぁ……と、暴れる呼吸。おれは心臓に手を置き、撫で下ろす。

 ……バイウルフは大した強敵じゃなかった。

 ねえさんの魔法が当たらないだとか、当たっても対して効果はないだとか、おれにも当たりそうで危なっかしいとか。

 今後見つめなおせる部分はたくさんあった。

 問題は、今おれの上で飛んでいるこのレイス擬きだ。


「死んであの世で思い知ったか! 我が主君! ウォーター様の猛撃を!」


「ごめん、1度降りてきて」


 おれはアゲハにクイッと来るように指を動かす。

 こういう時は素直なのか、アゲハはふわりと浮遊しておれの近くに降り立ってくれる。


「あのさ、戦闘中くらいはもうちょっと静かにできない? 聴覚失うの辛いんだよ。割とマジで」


「私、喋り続けないと死んじゃいますの!」


「お前の前にこっちが死ぬわ!」


「大丈夫。死んでも生き返られる」


 普通は生き返られないから死ぬって言うんだけどな?

 などと転生者のおれは口が裂けても言いにくい言葉である。

 このミサキ何とかならないもんか。

 

 頭痛が痛くなる気がしておれは頭を押さえた。いや、頭痛が痛いってなんだよ

 ねえさんは「大丈夫? どこか怪我したの?」とおれの頭を見つめてくる。

 元凶のアゲハはお気楽な顔を貼り付けて、ふわりと浮遊してどこかに行ってしまう。

 しかしすぐに、白い小さな花がスズランのように連なっている草を何本か持って帰ってくる。


「マジカルハーブ」


 ねえさんがアゲハの持ってきた草を指さした。

 マジカルハーブは確か、魔力や闘気の回復を促進させてくれる効果を持った薬草だったはず。


「今から、アゲハ印のマジカルポーションを作らせていただきやす」


 そう言ってお辞儀して見せたアゲハ。

 それからポーチの中から取り出した湯呑に試験管の水を注ぎ、シャカシャカし始めた。

 茶の湯かな?

 ……よく分からないけど手際が良い。

 1分と掛からずアゲハはマジカルポーションを4本も作り出してしまった。

 そのうちの2本をアゲハはねえさんに渡す。


「ラッキールーレット! 私が作ったマジカルポーションの2本を激苦にしています!」


 ねえさんは貰ったマジカルポーションの蓋を開ける。

 バシャーン!

 その中身を2本ともアゲハにぶっかけた。


「ふざけないで!! こっちは死んだら終わりなの! 幽霊レイスモドキには分からないでしょうけどね!」


 緑色の液体がアゲハから滴り落ちていた。

 アゲハはにっこりと笑顔を作り言う。


「面白いと思ったんだけどな」


「時と場合があるからな。流石に戦闘中とかは止めろってこと」


「冒険は面白い方が良いじゃん。楽しくさ!」


「アゲハの場合、素材を楽しむ料理に調味料ドバドバかけてほらっ、美味しいでしょ? ってやっているだけだからな? 悪いわけではないんだけど、時と場合を考えてさ」


「うーーん。分かった、戦闘中は静かにする」


「その分、普段は盛り上げてくれよ! うちのチームはアゲハが必要なんだからさ。生真面目と変態しかいねぇんだから」


「マムイエッマム! ウォーターの旦那!」


 アゲハは海賊のクルーみたいに敬礼をする。

 まったく、旦那なのかマムなのか。これもう分かんないわ。

 本当楽しそうに飛び回ると、「見てあれ」と何かを指さした。

 そこにはバイウルフの群れ。

 あんだけ倒したのにまだいやがるのかよ。

 もう討伐数自体は目標を超えているんだけど……。

 まぁいいや。倒した数だけ報酬は上乗せされるし!


 いざ狩ろうと飛び出そうとした瞬間だった。

 その中央から誰かが歩いてくる。


「お前さ、いい加減邪魔するの止めろよ。お前がいなけりゃエルフの村は今頃燃え尽きていたっていうのによぉ」


 ブツブツと呟かれる恨み言。

 魔法使い風の黒い外套を着た、顔が見えない程深々とフードを被った人物。

 手にはあの時と同じ紫の水晶が回っている。

 ブレイジング・ゴブリンを森に放ったすべての元凶が亡霊のような足取りで歩いてくる。


「お前ッ。お前! よくも村を!」


 激昂したねえさんが石の礫を放つ。

 しかし外套の人物の手にある紫水晶が輝きだす。

 庇うようにバイウルフが飛び出し、石の礫を受けて絶命していった。

 外套の人物は死んだバイウルフを邪魔だと言わんばかりに蹴り飛ばす。


「しかも村の外に何匹かエルフを出しやがってよぉ……。これじゃあレベル上げしにくいだろうが」


「お前の思う通りに動くと思うなよ」


「黙れ! てめーらは町の嫌われ者だろ。今更しゃしゃり出てくんじゃねぇ! むしろ強力な魔物を作り出せる糧となるのを光栄に思え!」


 ……分かりやすく小物だな、こいつ。

 その証拠におれの言葉に簡単に取り乱した。

 悪役ですらない。

 これにエルフの村を滅ぼされかけたってマジかよ。

 だけど、あいつの持っているあの紫水晶は厄介だな。

 だって第2陣のバイウルフ、軽く1000以上はいるぞ。

 あれを纏めて使役できるってどんだけだよ。


 外套の人物は紫水晶を回転させる。バイウルフが一斉に唸る。飛び掛かる1秒前。

 一斉に飛び上がったバイウルフの頭上を炎の鳥が舞う。


「あぁ? 何だよこれ。おいおい、てめぇがなんでそっちに着くんだよくるみ!」


「いやぁ、案外居心地が良いものでござったから」


「共にエルフの森を滅ぼす作戦を練ったのにそうかよ。所詮は兎。顔の良いエルフに尻尾振りやがって」


 なんだと?

 くるみがエルフの森を滅ぼす作戦を練っていた?

 大嫌いと入っていたけど……どういうことだよ。

 くるみはおれを後ろから持ち上げて頬擦りする。


「ほんと、可愛い教え子でござるよ。して、敵となるなら殲滅するでござるが?」


「やって見せろよ! いくらお前でもこっちはこの数だ! てめぇら! エルフは人質になる! 生かして捕らえろ!」


 なりふり構わずといった様子で外套の人物は紫水晶をグルグルと回す。


「ガァ! グルルゥ!! グアアアアァァァァ!!」


 バイウルフたちは苦し気な表情を浮かべて主を庇うように陣形を組む。

 そして1000匹いるバイウルフたちは一斉に雪崩れこんできた。


「撤退するでござるよ!」


 ただならぬくるみの号令を聞いたおれたちは身を翻して町まで走る。

 なんだよあれ。勝てるわけない。無理だ!

 走る。ここを水中だと思い込む。アゲハがみんなに【ヘイスト】を掛けてくれる。

 くるみとおれは言わずもがな逃げ切れる速度を保てていた。アゲハは浮遊できるから言わずもがなだろう。

 問題は、


「【ストーンブラスト】! 【アクアスピアー】! 【ウインドソード】! キャッ!」


 ねえさんだ。

 数が数だ。ウルフの激流が勢いを増す。

 くるみの【祭具】。ねえさんの魔法があっても数の理は覆せるはずもない。

 助けに行こうとおれはくるみたちに背を向け、そのくるみから手を掴まれた。


「放せよくるみ!」


「断る! ライカ殿も犠牲になるでござるか?」


「だとしても!」


「エルフは生かすと言った! 殺されるより先に救出した方が良いでござる! 今ここで合ってはならないのは、パーティメンバーの全滅でござるよ! リーダーの使命を果たすでござる!」


「……分かったよ! 撤退! ねえさん、必ず助けるからな!」


 おれはねえさんに背を向ける。

 悔しさに顔を歪ませ、行き先の無い怒りを拳に握る。

 外套の人物は愉悦する。おれの肝を冷やす爆弾を言葉にして。


「お前がいない今、エルフの森を殲滅してやるよ」

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