冒険者の酒場


 パーティ登録を済ませたおれとねえさん、アゲハの3人は冒険者組合へと向かっていた。

 3本の赤い旗が目印の木造建築。大きさのイメージ的には小学校だ。

 赤い屋根や壁は、全体的に木材の色をそのまま基調としたデザインとなっている。

 シンプルながらに陽光を反射させるその温暖のある色合いは、おれの冒険心を的確に擽る。


 ——楽しみだ。

 外からでも響く冒険者の怒号と話し声。

 ああっ、中に入るのが楽しみだ。

 うずうずしてしまってしょうがない! 

 湧き上がる気持ちのまま、おれは足踏みする。


「本当に入るの? これに?」


 ねえさんが隣から不安な顔を向けてくる。

 おれとアゲハは「「当然!」」と言葉をはもらせて頷いた。

 おれは言う。


「そのために来たし、このために冒険者登録をしたんだ」


「そうそう、行くよ旦那! たのもー!」


「おいずるいぞお前!」


 おれより先にアゲハが勢いよく冒険者組合の扉を叩いた。

 組合の中で最初に感じたのは、ケルトの音楽が響いてきそうな様相だった。

 昔ながらのランタン。

 丸いテーブルを囲む、樽のジョッキを傾ける冒険者たち。

 ウェイトレスの小人族である女の子がせわしなく酒を運ぶ。

 厨房で中華鍋とお玉が火花を散らすかのような音。

 肉を焼く音と香ばしい匂いがもう既に美味しい。

 中は思った以上に広くて思わず感嘆の息を漏らすほどだった。


 冒険者たちはそれぞれ、声を止めておれとねえさんに目を向ける。

 1度興味を失くしたかのように目をジョッキへと移す。

 それも束の間、今度はまたかよとでも言いたげな胡乱な目でおれとねえさんを見抜いてくる。

 この反応、またかよ。

 アゲハは知り合いの冒険者なのか、長い赤紙が特徴的な戦士らしき女性の元へと駆け寄っていった。

 腹出しだ。さぞかし固いだろうなぁ……。触りたい。


「よっ、ナタリー!」


「あんたアゲハじゃねぇか! ははっ、久しぶり!」


「おうっ、地獄の森から舞い戻ってきたぜ」


 アゲハはけらけら笑うと、おれたちにこっちこっちと手を振ってくる。

 ——威圧。

 ナタリーと呼ばれた女性はおれとねえさんを射殺す眼光を送ってくる。

 そのすさまじさたるや、ねえさんの膝ががくがくと震えるほどである。

 すぐ近くに子どもの頭ほど大きさはある斧が立てかけられているのを見るに、かなりの力があると推測できる。

 けど申し訳ないが、あのゴブリンほどじゃない。


「純正エルフか」


「そうだよ」


 冷たい言葉。

 おれは先輩後輩とかその辺どうなのかなぁとか考えながら応対する。


「何の用でここにいる」


「ただの笑い話だよ」


 と、おれは今までの経緯を伝える。

 それからアゲハとは冒険者パーティを組んでおり、依頼はどんな風に受けるのかも聞き出す。

 おれの話を聞き終えた女性及び周囲の冒険者たちは一斉に弾けたように笑いだす。


「だっせ! 見下してきた奴らに負けて森が燃えるとか、どんな笑い話だよ! ほんと前々から思っていたけど良い気味だよ! ざまぁないね!」


 ねえさんが不機嫌そうな顔で杖を構える。

 故郷が燃やされたことを笑っているんだ、誰だって怒る。

 おれだって怒っている。怒っているけど、多分おれはこの女性に勝てないと思う。

 そんな気がする。


「ねぇどんな気持ちだよエルフ! おずおずと森を燃やされて! 外の蛮族に頼らざる負えなくなった気分はよぉ!」


 女性はおれの額に指を突きつけて煽る。

 客観的に救いようがないとは思う。だからといってそれを口に出すことは無い。

 売り言葉に買い言葉。

 ここでキレるのは簡単だけど、それだと今までと変わらないような気がした。


「なんとか言ったらどうなんだよ! 長年生きてんのに反論もできないのか!? ゴブリンに純潔でも奪われたか?」


「お前! ライカは純潔……純粋……綺麗……無垢……。……。とにかくライカに悪口言うな!」


 せめて言い切ってほしかったなぁ、ねえさん。

 確かに純潔でも純粋でも綺麗でもなく頭から爪先まで穢れているけど。

 アゲハがねえさんと女性の間に入り、人差し指を上げる。


「ちなみに旦那は11歳ね。人間の年齢で1.1歳らしいよ」


「11歳! それでもあたいらよりか……、えっ11?」


 ポカンとする女性におれとねえさんは同時に頷く。

 女性は急に言葉を失い、何もない虚空を見つめ始めた。

 

「あーっと、その、なんていうか。あー、うん。悪いっ。で、何しに来たんだ?」


 女性はおれの前にしゃがみこんで手を合わせてくる。

 気のせいか、先ほどよりも遥かに物腰が柔らかになっている。

 この人、良い人だ。

 いや故郷を馬鹿にしたという意味ではあれかもしれないけどさ。

 日本中探せばそんな人割といるし。

 子どもだと知るや否や途端に言葉を選び始めるのは良い人だ。

 さては、アゲハ。こうなることが分かっていてあえて黙っていたんじゃないだろうな。

 ちらっと見てみると、アゲハは口笛を吹いていた。……音なっていないけど。

 ……こいつ、なんて思いながらもおれは来た理由について答える。


「さっき言われた通り、エルフの森が蛮族のゴブリンにやられて、情けなく今まで袖に振っていた人たちと交流を持とうってことで来たんですよ、おねえさん」


「その様子だとブレイジング・ゴブリンを倒してほしいってわけじゃなさそうか」

 

 後ろ頭をガシガシと掻きながら女性は推測している。

 すると、聞きなじみのある声が近づいてくる。


「アゲハ殿! ライカ殿! とその姉君! やっと来たでござ——」


 うさ耳をぴょこぴょこ動かし走り寄るくるみ。

 その胸倉を女性は掴みかかる。


「てっめくるみ! おまっさっき子どもの純正エルフが来たら故郷を馬鹿にしてやれって! 子どもすぎるだろうが!」


「あっと、ライカ殿は違うから歓迎してほしいって言ったはずでござるが。特徴として水の羽が生えているとも」


「言ってねぇよ! 赤ん坊に汚い言葉吐いちまったじゃねぇか! どうすんだよお前! トラウマ植え付けたら可哀そうだろ!」


 やっぱ良い人だ。

 故郷を馬鹿にした真犯人が分かったからだろう。ねえさんの敵意がくるみへと向いた。

 くるみは女性の言葉を笑い飛ばす。


「大丈夫でござる。私の教え子はそんなやわじゃないでござるよ。既に英雄色を好んでいるが故、ご褒美と思われているかもしれないでござる」


「話をすり変えるんじゃねぇ!」


「それからまともな純正エルフがいるかいないか、賭けていたでござるよな?」


 女性はくるみを突き飛ばし、金色の硬貨を10枚ほど力の限りぶつけていた。


「ライカに近付かないで」


「ふーん。…………まっ、あたいからあんたに言ったら大きなお世話になるか」


 女性は不敵に笑うと、ジョッキを掲げると豪快に呵々大笑する。

 同時に組合内は豪気に満ち満ちた。


「あたいらは冒険者だ! 本来人の出自にとやかく口出す権利は無いよ! ここでのことはくるみにでも教えてもらいな」


「分かりました。それと、おれはライカ・ウォーターです


「へぇ、あたいはナタリー・ドーナだ。縁があったら覚えとくよ」


 そう言うとナタリーさんはもう興味が無くなったとばかりにウェイトレスへ注文を伝えていた。

 静まり返っていた冒険者の酒場に狂騒が戻ってくる。さながら引いた潮が戻るかのように。

 そしてすべての元凶がへらへら笑いながらおれの肩に手を掛けてくる。


「災難でござったな」


「いや、全部お前のせいじゃん。あと奢れ」


「あまりに変わろうとしないエルフに対する苦肉の策でござるよ」


「尊厳破壊って奴か。あと奢れ」


「実際、ライカ殿は大してムカつかなかったでござろう?」


「尊厳が元々ないみたいに言うな。ムカつかなかったのはその通りだけどさ。あと奢れ」


 むしろあの言葉が1番よくぶっ刺さったのは。

 あと、おれのおかげで賭けに勝ったんだから奢れ。

 ねえさんを気にしつつ、おれはくるみに連れられて依頼ボードへと向かって行く。

 どれが適正なのか分からないのでくるみに選んでもらい、受付へと運んでいく。

 なお、アゲハに頼んだら無駄に難易度が高そうな物ばかり手に取ろうとした模様。

 推定レベル21とか無理だからね?

 ブレイジング・ゴブリンですらレベル17らしいからね?

 それとねちっこく奢れとくるみに言い聞かせた結果、明後日の夕食を奢らせることに成功した。やったぜ。

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