アゲハの評判

 おれを初手で踏んでくれたのは、20に届くか届かないかくらいといった小人族で修道女風の女性だった。

 女性はコスモスを除いたエルフたちを外に放り捨てると、目線を彷徨わせてアゲハを見つける。


「心配しましたよ。どこに行っていたんですか」


「ちょっと最寄りの崇高なる種族のいる森まで」


「……まさか、エルフが来ているのはあなたの仕業じゃないでしょうね?」


 そう言うと修道女風の女性はおれとねえさんを目で指した。


「いや、その件についてアゲハはまったく関係ないです。ほんと遊びに来たってだけですので」


「エルフなのに敬語がお上手ね。では今日はどのようなご用件で?」


 それはと、おれとくるみで1から10までここに来た理由を説明していった。

 最初の方は女性も半信半疑といった様子であったが、くるみとアゲハが揃って本当のことだというと、疑いの目そのままで深々と頭を下げてくれた。


「なるほど……ウチのアゲハが大変申し訳ないことをしました」


「いえいえ、こちらこそアゲハが。ああ見えて場を盛り上げるムードメーカーみたいなとこありましたし」


「そう言っていただけると、こちらとしては肩の荷が下ります」


 最後の方溶け込んでいたからな。

 男性エルフたちのほとんどと。

 ああいうはっちゃけられるのって一種の才能何だろうと感じる今日この頃です。

 ねえさんはおれの両肩を掴み修道女風の女性に一言。


「ほんと迷惑だった」


「ねえさん。あれはあれで楽しいから——」


「ううん、迷惑。楽しくもない。さっさと天に帰ってほしい」


「ていっ!」

 

 流石に天に帰れまで行くと言いすぎなのでおれは軽めに裏拳を叩き込んでおく。

 楽しいのは本当。便所の掃き溜めと同じノリだから。

 これが陽キャだとそうはいかない。あいつらは無駄に優しすぎる。

 ねえさんはお腹を押さえてうずくまる。

 ……闘気の籠っていない軽めの一撃だったんだけど。


「劣等種族が私たちを投げ出すとか良い度胸じゃない!」


「全くです。屈辱の極みですよ」


「そうよそうよ、アンタらヒュアンは何の特徴もない雑魚種族じゃない! よわよわのくせに生意気なのよ!」


 エルフたちが起き上がった。

 ……もう、別の種族面していたい。

 助けてくるみとアゲハ!

 おれが目を向けると、2人とも任せてくれと言わんばかりに自信たっぷりの顔で頷いてくれた。


「聞き分けも無く過去から反省もしない劣等種族はどっちでござる。そんなだからブレイジング・ゴブリンに森を焼かれたのでござろう? ひとつアンタラの言う劣等種族に森を刈られるか、同じ魔物が現れて今度こそ運命を辿るか賭けてみようでござる」


「楽しそう! 劣等種族に森を刈られるに10口で!」


「おっ、アゲハ殿はやる気でござるね。1口1000メガガルでござる。ライカ殿はどっちに賭ける?」


「あの魔物が今後現れるかどうか分からない時点で実質1択じゃね?」


 あと賭け事をする金が無い。

 エルフの森が焼かれたという言葉で、周囲から嘲笑の声が届いてくる。

 中にはくるみに駆け寄り同じように賭ける者まで。

 ……どんだけ嫌われていんの、エルフ。

 性格の悪い美人より性格の良い美少女ってか。その通りだわ。


 ちなみに教会の中を見ればコスモスひとりだけ免れている。

 あちらはエルフを非難する声をぶつけられても、眠そうな目を擦りあくびを浮かべていた。

 修道女風の女性が手を叩く。


「故郷に尻尾巻いて逃げる分には構いませんからね。さて、ライカちゃんとコスモスちゃん、レイラちゃんは冒険者登録と一緒に常識を学びたくてここへ来たんでしたね」


「そうですそうです。今更過ぎてこう言うのもなんですがどうか教えてくれませんか? ……ぶっちゃけ騒ぎを起こしたくない」


「そうですか。ですが授業料は頂きますよ?」


「……お金かかるの?」


「当たり前です。他人の時間を割くのですからお布施は必要です。と、言いたいところですがちょうどアゲハにも常識を教えたいところでしたのでお聞きするだけであれば許しましょう。今回は特別です」


 暴れだしたアゲハを押さえつけ、修道女風の女性は教会の戸を開いて招き入れてくれる。


「私の名前はラナン・ハイネ。ここのシスターをしています」


  *  *  *


「なのでヒュアンの町だけではなく、他種族の町であっても、基本的にはできるだけ問題を起こさないよう立ち回るのが良い考え方となっています」


「……だろうな」


 冒険者登録の前におれとねえさん、それと縄でイスと机に縛り付けられたツバキたちとアゲハは、ラナンさんから常識や町での考え方についての講義を教えてもらっていた。

 いやー、驚いた。

 最初こそ必要ないと豪語するツバキたちが、ラナンさんの手にかかって一瞬で縛り付けられたのは。

 まさしく神業だった。

 魔法を発動する数秒の間に縛り付けたからな。

 冒険者登録をする人の中には、ツバキたちのように所かまわず暴れる人がいるからもう慣れているとラナンさんは笑っていた。

 そんでツバキたちも講義となると途端に大人しくなり始め、最後まで落ち着きがなかったのはアゲハだけだった。


 ちなみに語られた常識を学ぶ講義はまぁそうだよな程度の感想でしかなかった。

 お金は大事に使いましょう。無駄遣いはしないように。相手をよく視て喧嘩を売ろう。

 ほんとその内容だった。

 喧嘩自体は華だからやるときはやれって……。

 江戸かよ。つい最近火事が起きたばかりだよ。

 おれたちが聖堂へ戻ってくるころ、くるみは既にいなくなっていた。

 他の修道女からお金だけを渡して。

 くるみが来てくれるのは、冒険者登録までの案内までだからだろう。

 本当に良く付き合ってくれたと思う。


 ラナンさんは次に、聖堂の正面にある写本が置かれたテーブル前へとおれたちを案内した。

 ここで冒険者登録申請の記入を行うらしい。

 ラナンさんはアクアリーダの像の前に立つと、羽ペンと記入用紙を手に持った。


「アゲハは僧侶ね。お2人は適性能力とか既にお分かりで?」


「おれは戦士でヴァイキング」


「戦士……ヴァイキング……っと。……んっ? これ偽装とかはダメですよ?」


「いえこれ本当の話です。魔力ゼロだからエルフの村だと苦労するんですよ。ははは」


「エルフですよね!?」


 おれが乾いた笑みで笑えば、すかさずラナンさんは突っ込みを入れてきた。

 ほんと、戦士とかエルフの反対だもんね。

 おれは自分の鎖骨辺りから生えた水の羽を指さした。


「なんか持っている【祭具】が原因らしいです。海龍で神霊だとか」


「へぇー……。えっと、なんかとんでもない神から与えられていません?」


「与えられていますね。瞳が青いのもこれが原因です」


「本来なら喜ばしいところでしょうが……。お気の毒に」


 ラナンさんはそう言うと、スラスラと紙に内容を記入していく。

 そんな中、ねえさんは不機嫌そうにラナンさんへ杖を向けていた。

 多分、疑ったからだと思う。おれがエルフじゃないと。

 そういうところ、昔から変わらない。


「レイラちゃんは?」


 質問されると同時に、おれは軽くねえさんの杖を手で下げる。


「……魔法使い」


「戦士、魔法使い、僧侶。中々良いパーティじゃないですか。できれば探索者も欲しいところですが、そこはしょうがないですね」


 探索者、俗にいうシーフみたいなものかな?

 本来4人以上が1番バランス良いらしいけど、3人じゃそうもなるか。

 ラナンさんはスラスラと書き終えると、残りの空白欄を埋めるように言ってきた。

 内容はアゲハも分かっているから聞いてと。

 それから改めてラナンさんはアゲハの頭に手を置いた。


「この子をよろしくお願いします。いつも悪戯ばかりで、元気が有り余っているというか。何を考えているのかハッキリ言って分からないところがありますが」


「知ってます」


「前なんて初心者困らせるためにゴブリン狩りつくそうぜ! とか、新しい飲食店で名物料理以外を頼み続けようぜ! とか、せっかくだし薬草買いまくって独占して駆け出し冒険者困らそうぜ! みたいなくだらないことを良く実行しますし。悩める信者には決まって【汝の成すべきままに成せ! 責任を取れるならそれでよい!】って言葉を吐く始末で。まったく、教義をなんだと思っているのか」


 しみじみと掘り出すように愚痴を語るラナンさん。

 だろうね、知っているわ。

 なおもラナンさんのマシンガントークは止まらない。


「ゴブリンを狩るのは良いことですし、アゲハの影響で飲食店側も名物以外の料理も美味しいと評判になりましたし、薬草自体も栽培、錬金で生み出せますし、逆に駆け出し冒険者に薬草採取の依頼が出るようになったので大した被害は出ていないのが不幸中の幸いというか」


「「……なってないんだ」」


「でも、僧侶としては優秀なんです! 魔力制御に長けた精神体のミサキだけあって。女神からの寵愛も授かる奇跡の落とし子なんて呼ばれています。ただ、随分とおてんばが過ぎると言いますか、手に余ると言いますか!」


「今さりげなく本音をぶっちゃけましたね」


「僧侶としては本当に優秀なんです!! 【アフェクション】を使えますから」


 なにそれ?

 気になるんだけど。

 話題になっている近場のアゲハさんと言えばふんぞり返っていた。


「くだらないものにこそ人というのは惹きつけられる。いいか、くだらないものほど面白いものは無い。すなわち、くだらない夢だからこそ本気になれるしみんな見たがるのだ! 謙遜した夢など実につまらない!」


「……確かに特に意味のない動画を2,3分間理由もなく眺めて面白いって思う時あるけどさ」


「冒険者っていうのは基本的にくだらないもんだぜ。自由気ままな馬鹿どもさ! 謳え! 誇れ! 恥の多い人生を楽しもうぜ! ウォーターの旦那!」


「絶賛恥を更新中の奴が言うと説得力が違うな」


 アゲハは楽し気に笑うとおれの首に腕を回して密着してくる。

 ……何だろう、今日ほど女子に抱き着かれて何にも感じなかった日は無いと思う。

 ラナンさんが腰に手を当て、委員長のような態度になる。


「必要最低限のマナーは守ってください!」


「オッケー、ラナラナ。当然だ。アゲハという名には可憐で清楚でお淑やかを司ると意味が込められているのさ」


「ライカちゃん、レイラちゃん。ほんっっっとこの馬鹿を制御してくださいね!」


 なんて返せばいいんだよ、もう。

 黙っていればアゲハの言った通りの見た目なのにな。

 おれはひとつ息を吐く。


「アゲハ、おれたちは冒険者である以上自由に過ごすけど……、おれとねえさんも楽しめる様に。あと人に迷惑を掛けないのを誓ってくれ」


「了解であざますウォーターの旦那!」


 おれから離れたアゲハはビシッと手を額にくっ付け、敬礼のポーズを取る。

 まぁアゲハも可愛いし。

 一見だけ見ればクラスにひとりはいる、妙にテンション高い奴って思えば……。

 いややっぱ無理。

 こいつ弾けすぎにも程があるわ。陰キャには無理。

 アゲハは両腕を振り上げる。


「おっしゃ夢の冒険者生活ぅ!」


「1からだけどね」


「見せてあげよう、我が7つ星の光を」


「いきなりどうした」


「邪神の力で世界征服! 世界の中心でロックを叫べ! そういえば冒険者最年少は旦那だぜ!」


 誰かこれ止める方法を知っている人はいないでしょうか?

 ここが異世界じゃなかったら関わりたくないレベルです。

 アゲハの相手はなんかこう疲れる。

 色んなアニメやラノベを見て来たけど、僧侶ってのはどうしてこう、生格良い悪いの両極端が激しいのだろうか。

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