海の力とは?


「大事に使えよ」


 そう言うと警邏兵は冒険者登録に必要な分の金が入った麻袋をポイ投げしてきた。

 持ってみるとあまりに軽い。

 中身は銀色をした小銭っぽいのが1枚だけ。

 みんなの麻袋も同じようで1枚だけのようだ。

 他の報酬分はこの場にいるみんなの通行許可証代何だろうな。


「それ1枚で冒険者登録と今日食っていく分は賄えるからな。通貨の単位はメガガル。それひとつで100メガガルだ」


 と、警邏兵は気前よく教えてくれると、町に続く門を開いてくれた。

 なんかトラウマを感じる。

 

 それは置いといて、異世界に来てようやく初めての町だ。

 いったい何がおれたちを待っているのだろうか。

 期待に胸を膨らませはぐれないよう手を繋いだおれとねえさんは1歩踏み出した。

 ……すげぇ。

 おれは感嘆の声を漏らしていた。

 だって冒険者風のネコミミを生やした、猫獣ケット族の女の子が歩いている! 

 あっちには天使のように白い翼を生やした、天翼アウェス族の女の子は、何やら路上で歌っている。耳を澄ましているだけでも力が湧き出るようだ。

 腕や足、背中からヒレを生やした魚人族っぽい女の子が……重そうな荷物を運んでいる!

 マーマンっていう名前だけどローレライの仲間なんだよな! 確か!

 なにここ天国かよ!

 待って! みんな可愛いかよ! おれこの光景が目に入っただけでも感動するよ!


 ……待って、なんかリンゴからボディービルダー並みに筋肉ムキムキの腕と足を生やした奴が歩いているんだけど。……何あの気持ち悪い物体。

 よく見ればリンゴだけじゃない。魚から生えている者もいる。

 一瞬にしてそっちの方に目を持っていかれた。

 そのくらい女の子よりもインパクトが強すぎた。何あの太ももと上腕二頭筋。

 えっ、マジで何あれ? すごい冒涜的。コズミックホラーだ。

 あそこまで鍛えるのにリンゴでも眠れない夜とかあったんだろうか? 


「エルフだ……」


「なんでここにエルフがいんの……」


「おい待て、あの羽なんだ?」


 そしておれとねえさんはすごい奇異の視線を浴びる。中には「森へ帰れよ」といった心無い言葉も混じっている。

 いや、残当か。

 やっぱり相当珍しいんだろう。

 他にも角を生やした胸がバカでかい獣牛モーフ族の女の子とか全身竜の鱗を付けた龍人ドラゴニュート族、ずんぐりむっくりのドワーフとかも見かけた。

 けど、エルフは1匹としていない。

 多分、おれ達だけなのだろう。


 そしてみんなも問題のひとつなのかもしれない。


「ライカ殿、姉君もでござるが周りを見すぎでござるよ」


「珍しいじゃん!」


「ライカに何かあったらどうするの?」


 ねえさん含めてみんな常に警戒心を露わにして歩いている。

 いうなれば、行く先々で敵意をむき出しにしているようなものだ。

 これじゃあ、今まで通り近寄りがたい雰囲気だろう。


「ライカ殿はしばらくここが拠点になるのを忘れぬよう。その姉君、私の目が黒いうちはそのようなこと許さぬ」


 そうは言ってもだな。

 珍しいものってついつい見ちゃうんだよ。

 冒険心って奴かもしれないけどさ。

 好奇心を失ったらエルフとして終わりだぜ?


「手遅れでござる」


「残当だわ」


 そういえばアゲハどこ行ったんだろうか。

 あいつが黙っていることなんてありえないと姿を探してみると、なんか屋台で漫才を披露して客寄せしていた。

 何やってんだ、あいつ。

 当然のように店主たちから受け入れられているし。

 くるみもあいつもこの町に住んでいたようだし、目的地を知っているからすぐに来るだろ。


 しばらく歩いていると、右手方面に立派な港が見えてきた。

 ——海だ。

 燦々とする太陽の光を反射させ、空色に煌めく海。

 地平線が見えることはない、不確かな可能性の権化! ヴァイキングの聖地!

 やばい……叫びたい。多分おれは猛烈に感動しているんだと思う。心が我を失っている。

 反対にねえさんは言うと、冷めた表情で海を見つめていた。


「湖と何が違うの? 川も湖も海も水の集合体であることには変わらないよ?」


「ロマンが無いなぁ。海は塩水なんだよ!」


「それで、結局は水の違いしかないの? だったら湖も川も海と変わらない。ねぇライカ、何が違うの?」


 ……なんか難しいこと言っているなぁ。

 海は海だろ。ゲームだと水属性の。

 ……いや、分からんわ。

 海は海だろとしか。

 ねえさんの隣にくるみが1歩踏み出た。


「難しいことをいつも考えていると、逆に凝り固まるでござるよ」


「あなたには聞いてない」


「まぁまぁ、そうは言わずに。私の見解では海は自然の驚異そのものであり、恵みを与えてくれる隣人の関係であり、ダンジョンみたいなものでござるよ」


「……そっ」


 いやほんと素っ気ないな、ねえさん。


「行きたい場所に理屈や理由などいらないのでござる。海は海。それぞれが海という物に別の感想を抱くものでござるよ」


「知ってる」


「同時に川や湖、海は同じという考え方もあながち間違ってはいないのかもしれないでござる。では、その中と違って海だけが持つ物とは何なのか。それを考えるのが、ライカ殿の仕事でござる」


 くるみはそう言うと、おれの胸の中心に人差し指を当ててきた。

 こっち来たし!?

 海って海じゃないのか? ヴァイキングの力が底上げされる、水の持つ力。

 何かおかしなことを言っているだろうか?

 それとも海の力とは水の力ではないってことか?

 そもそもそれだと、海という定義から入ると思うし。

 うーん……ここに来て自分の【祭具】がまた分からなくなってきた。


「ライカ殿」


「何?」


「もしかすればその【祭具】。かなり化けるかもしれないでござるよ?」


  *  *  *


「ここが教会か」


 十字架の代わりに女神アクアリーダ像が象徴の教会。

 青い屋根、きめ細やかなステンドグラス、薄橙色の煉瓦の壁。

 エルフの祠と比べれば、そんなに神聖があるようには思えない。

 まぁあれは……霊樹のひとつだし、木漏れ日といい、調和性が高すぎるからだけど。


「ごめーん待ったー!」


「ううん、今来たとこー! って何やらせんだ」


「ちょっと異世界転移してナイアー星に蔓延る炎を浄化してきたとこだから遅れたと思ったぜ」


 アゲハが手を振って走り込んでくる。

 猫獣(ケット)族のいる屋台をナイアー星とかいうな。

 相変わらず訳の分からないことをほざくアゲハはおれの肩をバンバンと叩く。


「いやー、大変だったよ。まさか釣れたリンゴから足が生えて逃走するなんて」


「……微妙に嘘か本当か分からないネタ入れるの止めて。そろそろ教会に入っていいか?」


「イグザクトリィー! 先を譲る。……愛してるぜ、マイマスター」


 こいつ狂言回しにもほどがあるんじゃないですかねぇ?

 何の表情をしているのか分からないおれは教会の扉を掴む。

 ひとつ深呼吸。

 心を落ち着かせいざ開こうとした瞬間だった。


「ったく、ってアゲハ!」


 教会の扉が内側に開かれて、何やら女性の声が聞こえたかと思いきや、おれは前屈みに倒れ込む。

 おまけに扉を開いた主はおれの存在に気づいていないのか、ぐむっと足で踏んできた。


「って、あっ、ごめんなさい。大丈夫ですか!」


「大丈夫です」


 女性の声の主は足をどけておれの手を掴み立ち上がらせてくる。

 もう1度手を合わせて「ごめんなさい」と謝りこむ。

 それからおれの顔をじっと見つめると嫌な表情になっていった。


「エルフ……。またエルフですか。……水羽?」


 女性の手が掴んでいるのは先行していった他エルフたちの服。

 あぁ、この人たちやっぱりここでもやらかしていたか。

 また何かありそうだな、この種族は。

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