旅立ちとひとつの心残り

 その日の夜、エルフの村総出でフォーレン様に祈りを捧げるという名目で宴会が開かれた。

 それぞれみんなが採れたて野菜や果物、そして酒を持ち寄って広場に集まってきていた。

 生まれてから1度として見たことのない演目の数々。

 かあさんたち女性組はエルフ族に伝わる歌と踊りを。

 とうさんたち男性組はなんか語彙力を失うほどすごい魔法を。

 ねえさんたち子ども組は、魔法や研究の成果を見せ合うために軽い模擬試合を行った。


 おれも子ども達組に混ざって軽い試合を行った。もちろん拳で。

 そしてなんか優勝した。

 ……何だろうね、魔法大会なのに拳ひとつで挑んで優勝って。

 エクストラマッチでくるみとも戦ってみたんだけど……、


「闘気を使えるようになって3年ぽっち。それもエルフの子どもの拳には負けないでござる」


「勝てないのは分かっているから胸を借りるつもりで行くわ」


「貸せるほどの胸は持ち合わせてござらんよ」


 エルフ基準でしかないけど十分でかいよ、お前は。

 あともう少し小さかったらおれのストライクゾーン。

 巨乳よか普乳か貧乳が良きです。

 なお、普通に負けました。

 相手の身体に触れることすらできなかった。

 というか触ろうとしたらめっちゃ冷ややかな目で見られ、逆にお腹を撫でられまくられた。

 ……ちくせう。


「お前らの余興は詰まんねぇんだよ!」


「森なんかさっさと焼かれちまえばいいよかったのに!」


「楽しむんならもっと脱げぇ!」


 そして縛られたままの盗賊たちは終始不平不満、暴言を吐きまくっていた。

 さらには下卑た笑みを上げるものだから、村のみんなに目隠しと猿轡を巻かれていた。

 蛍のように飛び交るライトの魔法が、アゲハと一緒になって夜闇を描く。

 笑い、騒ぎ、浮かれて酒を飲む。

 ……これ一応フォーレン様とやらへの祈りの儀式だよね? 

 なんで日本の神社みたいな宴会になっていんの?

 まだおれは酒が飲めないので、こういう宴会こそ肉が食いたいけどな。

 肉、肉、肉。

 想像したらよだれ出てきた。肉食いてぇ。早く食いてぇ。

 おれが妄想を抱いて宴会を楽しんでいると、近づいてくる影がひとり。


「楽しんでいるところすまないが、ちょっといいか?」


 リンドマンさんだった。

 顔はすっかり赤く出来上がったおり、酒の入ったコップを手に持っている。


「……これ秘密なんだけどさ。……エルフ以外の女の子ってこう……おっぱい大きいの?」


「なんでそれをおれに聞く」


「あの兎獣族……。これからはくるみと呼ぶことにしよう。くるみから聞いてそうだと思って。ライカだし」


 そう言うと、リンドマンさんは両手で胸を揺らすジェスチャーをする。

 この人、今までなんで独身なのかなって思っていたけど、もしかしてそういう趣味?

 それ中身男とはいえ、幼女に聞く? 

 これから森の外へと出ようとする幼女に聞く?

 11歳でもエルフだと1.1ちゃいだよ?

 それでどんな答えを求めているの?

 というかおれだしって何?

 おれという幼女は周りから見てセクハラ大魔王にでも見えているの?

 ……ここでねえさんを呼ぶのは簡単だけど、男としてここは答えてあげたい気持ちもある。


 おれはちょっと乾いた笑みを浮かべ、薬指をひとつ立てる。


「少なくともエルフ族が1番小さいと思いますよ?」


 とでも言えばよかったのだろうか。

 それがリンドマンさんの欲しかった答えなのだろうか。

 結果は腕を振り上げ、


「しゃあぁぁぁぁ!! ライカ! 呼び込み頼むぞ!」


 なんて喜びの舞を踊っていた。

 なお、一部男性エルフと村の外にでる男子も一部同じ反応を見せていた。

 ……相当抑圧されていそうだな。

 というかエルフは慎ましい方が普通なんだけど。

 なに、埼玉県なの?

 リンドマンさんとのすれ違いを感じる中、くるみは多少達観した口調で呟いた。


「ライカ殿がこうなってのああいう」


「ライカはあんなの見ちゃダメ!」


 ねえさんはおれの背後に回ると手で目を覆ってきた。

 そんで楽しい物好きのアゲハと言えば、


「野郎どもぉ! おっぱいは好きかぁ! でかくて丸い、触り心地の良いふくよかな大きいおっぱいは好きかぁ! ならば、汝の思うがままに行動せよ! さすれば与えられん!」

 

 と大上段に叫び男性陣の歓声を引き摺りだしていた。

 ……あいつ、あれでクラス僧侶ってマジ?

 5回くらい耳を疑ったよ。

 あと、与えちゃダメだろ。男性に。

 ボディービルダーになっちゃう。

 ……ボディービルダーエルフ。

 想像したら腹が痛くなりそう。

 いや、無駄な脂肪の話しは1度置いといて。

 ぶっちゃけおれはリンドマンさんに聞きたいことがある。


「リンドマンさん。大きいのが好きだというのなら、なぜもっと早く外へと目を向けようとしなかったんですか?」


 今まで人間の侵入者が全くいなかったってわけではないだろうし。

 中には種族問わず女性もいただろうに。

 リンドマンさんが惜しむこともなく言い切ってくる。


「今まで外の者は穢れた奴らだと、何100年も教え込まされながら森の中で暮らしてきたんだ。考え方何て、そう簡単に変わりやしないさ」


「……」


「なんて、嘘に決まっているだろ! 騙されたか? なら笑え! これでも待っていたんだぞ? エルフの中でも大きい奴が生まれると思ってな。なのにどいつもこいつも無乳――」


 なんか腕の締め付けが強くなって、おれの身体が浮遊感に包まれた。

 ねえさんに持ち上げられているのかな。

 背中に当たる胸とお腹の感触がねえさんのそれ。

 次に聞こえてきたのは降り注ぐ爆撃の音。

 ……あぁ、なんか察したわ。

 なんか、笑えないよな。

 本当はおれ、今まで心のそこで少しエルフを馬鹿にしていた気持ちがあったんだ。

 けどリンドマンさんの言葉を聞いて、初めて閉鎖的に暮らしていたエルフの村に共感した。

 親からも先生からも教科書からもそう刷り込まれて生きて来たんだ。

 そりゃ、閉鎖的になってもおかしくない。

 考え方なんてそう簡単に変わらない。

 外の世界に自分の求める景色が広がっているかどうかわからない。

 おれも陰キャ出しなぁ。

 異世界にきたことでたがが外れていなかったら、同じように外の世界を見下して生きることになったのかもしれない。

 

「あああーー!! 終わりっ! ほんと、馬鹿だなおれは!」

 

 けどそれもおしまい。

 エルフの村のことも考えて、精一杯エルフの良さをアピールしないとな。

 だが、百合の楽園を創るおれの夢だけは変わらねぇ。

 幸いコスモスとツバキの二人も来るみたいだし!

 目の保養は完備!

 コスモスの口を拭いてあげるツバキ。

 嫌々な感じを出しながらも甲斐甲斐しく世話を焼くその姿は実に来る!

 モチベーションと目的、終わらない探求心が大事って魔法の研究でも同じこと言われているから。


「「「「「「「「「「ライカは馬鹿だよ」」」」」」」」」」


 みんなが声を揃えて言った気がした。

 満場一致かよ!

 明日でエルフの村から出るのか。

 今まで長かったよ、本当にとおれはこの11年間を振り返る。

 ……ハハハ、なんでかな。涙が浮かんできた。

 明日この村を出るって言うのに。笑いたいのに。声が詰まってしょうがない。


「大丈夫ライカ!?」


 ねえさんは抱き締めてくれる。


「リンドマン村長、胸で子どもを泣かせるとかほんと――」


「リンドマン村長。流石の俺らも――」


「待ってくれ! おれはお前らを代表してだな! ライカ! 大丈夫だ! お前は成長する。それは大きく! だから気にするな!」


 どんな慰め方なのだろうか。

 申し訳ないが戦士なのだ、おれは。

 だから自然と紛れもない本心を口にしていた。


「うごきにくいし、もげそうだし、じゃまになるからいやー」


「おまっ! お前もかよ! ってか、なんでそっち側なんだよ!」


 なんでも何も元々こっち側である。

 だからねえさんのスリムなスタイルはおれにとって理想的なのである。

 慌てるリンドマンを、みんなはさらに幼女に胸について言及したことで責めたてる。


「久しぶりにライカが泣くのを見たかも!」


「僕がライカの年の時は、毎日泣いていたのにな」


 かあさんがおれの頭を撫でてくれる。とうさんは破顔して笑ってくれる。

 あぁほんと、この村は魔力の無いおれに最後まで温かかったなぁ。


  *  *  *


 長い宴会の夜も終わりをつげ、帳が開くかのように朝がやってくる。

 ベッドから上半身だけ起こし、おれは腕を伸ばす。

 突き上げ窓を上げて陽ざしを家に招き入れる。

 外はまだほんのりと日陰に満ちている。

 おれはいつもより1時間くらい早く起きてしまったらしい。

 着替えを早々と終わらせ、せっかくだしと既に起きていたくるみを連れ出し、模擬選を行う。

 今日おれたちはエルフの森を去る。

 心残りがあるとすればあの紫水晶の男。

 この村、魔法使いしかいなくなるけど大丈夫なのだろうか。

 1時間ほどくらい軽めに汗を流したおれとくるみの元に、ねえさんが眠り眼を擦ってやってきた。


「おはぁ。今日は早いね。ライカ」


 おれが毎日言い続けてきたせいか、この家では朝「おはぁ」というのが通例となっていた。

 おはようではなく、おはぁである。

 原因はおれがいつも寝ぼけていたせい。

 それもここ数年、くるみとアゲハのおかげで修正されつつある。


 おれとくるみはねえさんに出してもらったお湯で汗を落とす。

 いつものように朝食を食べ終え、いつものように出かける準備をして、いつものようにねえさんと家を出る。

 いつも通りじゃなかったのは、


「ライカ! レイラ!」


 かあさんととうさんがおれとねえさんで抱きしめてくる。力強く。顔を埋めてくる。

 それからすぐに顔を上げた。

 そこにはいつも通り、強いかあさんの顔があった。


「「行ってらっしゃい!!」」


「「行ってきます!」」


 とうさんは次におれとねえさん、くるみとアゲハに目を向ける。


「ライカ、レイラを守ってやるんだぞ。レイラはライカが暴走した時、殴ってでも止めてやれ。くるみさんとアゲハちゃんも2人をよろしく」


「そのための力です!」


 おれは握り拳を作ってみせる。


「ていっ!」


 コツンッ。

 そしてねえさんは、言われてから最速でおれの頭に石の礫をぶつけてきた。

 こんな早く、しかも魔法で戒められるとは思っていなかったおれは、頭を押さえて、ついねえさんの顔を見てしまう。


「えっ? ……えっ? なんで?」


「行ってくるよ、パパ」


 ねえさんはにこやかにとうさんへと笑いかけた。


「私は町に送り届けるだけでござるよ。そこからどうするかは2人に掛かっているでござる」


「馬鹿野郎! 私は乗るっきゃないぜ! 抑圧されるのももう飽きた!」


 くるみは若干苦笑いを浮かべながらも、自分の考えを述べる。

 そうだよね、いつまでも世話になるわけにはいかないと思うし。

 そしてアゲハそう言うと、さらに「神なんて信じて祈れば奇跡くれるし」みたいなことを素の口調で発言していた。

 こいつほんとに僧侶?

 頭文字に魔とか付かない?


 とうさんとかあさんはといえば、アゲハの言葉にドン引きしながらも、いつも通りの笑顔でおれたちを送り出してくれたのだった。

 村から出てすぐ、2人のすすり泣く声が微かに風に流れてきていた。

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