神の力が齎す強大な能力

 おれはニルスさんと対面していた。

 口を開くニルスさんはおれから目を背けていて、なんとなく良くも悪くも自分のこれからが決まる言葉を言ってくるのだと感じられた。

 安らぎの木漏れ日が突き刺さるエルフの祠。

 精霊のようにも見える光の粒子が零れ落ちるさまはなぜだかゆっくりと見え、それだけおれの中で時間が引き延ばされているのだと感じた。

 ニルスさんは決心がついたかのように、おれの祭具を告げる。


「お主が所持している【祭具】、【海龍神霊ボルテクス激流ウィング】のことも言っておった」


「なんて?」


「東の大地にて海を担う神、ワタツミの【祭具】らしいのう。海の龍であると共に神霊でもある。なにやらとんでもない神がおるものじゃ」


「それで、どんな力を持っているんですか?」


「さて、海そのものの力とだけ。ただ、いずれ己の力量、成長次第をしていけば分かるようになるとも仰っておったぞ」


 なるほど、分かりやすい。

 ようはおれが強くなっていけば、自然と【祭具】の力を引き出せるようになるってわけだ。

 乾いた笑みが込みあがってくる。

 ……やっぱり異世界転生チートはあったんだ!

 なんて気安く思っていたからだろうか。

 ニルスさんは衝撃の真実を告げてくる。


「それから誠言いにくいのじゃが……。【海龍神霊ボルテクス激流ウィング】を所持している者は一切合切、闘気以外の力を使えなくなると申していた」


 ……えっ?

 待ってどういうこと?

 ねぇどういうこと? 嘘だよね! 嘘だと言ってよ!

 おいおい、まさかまさかそんなね?

 闘気以外使えないってことは……だ。


「魔力も?」


「無論。無駄の無いよう自動で魔力を闘気へと変換しておるようでな? 止めることは不可能と言っておったぞ」


 目を背けてきた事実を今はっきりとそうであると告げられる。

 魔力を使えないのが【祭具」による影響だとはっきりと理解することができたのだ。

 その時おれの心の底から溢れ出てきた感情は……、


  *  *  *


「誰だ?」


「水の羽。群青の瞳。……まさかライカか?」


「おいおい、ライカが女装しているぞ!」


 村を歩いているとまたも様々な声と奇異な目がおれに寄せられた。

 最初は誰もが気付いていない様子だったが、水の羽と群青の瞳を見た途端おれであると特定。

 普段なら声を掛けてくれるみんなが、今日に限って離れた距離から視線を飛ばしてきていた。


「みんなライカが可愛いって!」


 隣でおれの手を繋いでくるねえさんが心底嬉しそうにはにかんでいる。

 首にはおれの瞳と同じ、群青色のスカーフ。

 ……嬉しいような嬉しくないような。

 どっちの気持ちに正直になればいいのか複雑な気分だわ。

 おれは話題を変えるために話を振り出す。


「で、ニルスさんはなんでおれたちを呼ぶんだよ」


「エルフの祠。リンドマンさんとニルスさんが、森から出る者にはフェアリーネームを授けるのが妖精のしきたりらしいよ?」


 なんそれ。

 11年生きてきてまた新しい名前増えるんか。覚えやすければいいんだけどな。

 エルフの祠では、既にニルスさんとリンドマンさんと、他にこの森から旅立つエルフたちが4人待ってくれていた。

 顔ぶれの中にはツバキとコスモスも混じっている。

 あちらはおれとねえさんを見つけると、にっこりしながら軽く手を振って挨拶してくれた。

 多分、おれではなくねえさんに向けたものだろう。

 あと今更ながらなんだけどさ。

 この中でツバキとコスモスしか面識ないおれって相当人見知りなのでは?

 暖かな光を纏う木漏れ日。淡い森の光が祠を照らす。


 おれたちが全員集まったのを見たニルスさんは仰々しい態度で口を開く。

 ……一瞬とはいえニルスさん、おれを見て誰だか分からなそうな目をしたような気がするのは気のせいか。


「よく集まってくれた。故郷を離れる同胞たちよ! 先行き見えぬ不安があるだろう。幾度とない壁に躓くだろう。怒り、悲しみの感情を抱くこともあるだろう。されど案ずることは無い! 我らは離れていても共にある! 記念すべき今日を祝い! ここに集いし勇敢なる者! 霊樹の祠の下、植物の神、フォーレン様から祝福、フェアリーネームを与えられん!」


 ここ霊樹の中だったの!?

 てか、霊樹ってあったんだ……。知らんかった。

 森のエルフだもんね。そりゃあるよね。ある……かなぁ?

 11年生きてきたけど本当に知らなかった。


「「「「「我らエルフ! フォーレン様からの加護を有難く頂戴いたします!」」」」」


 ここに集まってきているニルスさん、リンドマンさん、ねえさん含めたみんなが一斉に目を閉じた。

 祈るように跪き、一身に日差しの煌めきを浴びている。

 ……これ、おれもやらないといけない感じ?

 完全に出遅れたんだけど。

 気分はそう、将軍がどれくらい偉い人なのか分からない子どもだ。

 日本人の性だからか形式だけでもとおれも膝をつく。

 ……何を祈ればいいの?

 神社みたいな感じで良いの?


「ライカ」


「はいぃっ!!」


 急にニルスさんから呼ばれたおれはやらかしたと上ずった声を上げた。


「お主はよい。フォーレン様曰はく、別の神の魂を持った信心深くない者に祝われとうないとのことだ」


 遠回しな死刑宣告じゃんと感じたおれの背筋を、冷たい線が滴り落ちていく。

 リンドマンさん含めて動じた様子は無いし……。

 今ここでは問題ないと見ていいのかな?

 ドキドキうるさく鳴りやまない心臓。

 自分以外が跪いている居心地の悪い状況。

 ようやく神との通信が終わったようで、ニルスさんはゆっくりと目を開けた。


「まずライカ。エルフの森を救ってくれた褒美として特例でフェアリーネームを授けるとのことじゃ」


「はっはぁ……。それはありがとうございます?」


「とはいえ、この名を考えたのはお主の中の神。心して聞くように」


 ニルスさんは立ち上がると共に、厳かなる口を開く。

 いったいどんな名前になるのだろうか?

 ワクワク。それと恐怖心。

 変な名前にならなければいいな。

 できればカッコいい方が良いな。

 けど、厨二臭いのは勘弁。

 1秒が無駄に長くなる感覚の中、ニルスさんはおれのフェアリーネームを告げる。


「ウォーターじゃ」


「……ウォーター?」


 ……何言ってんの?

 ニルスさんはおれの耳に入らなかったと勘違いしたのだろうか。


「ウォーターじゃ」


 もう一度おれのフェアリーネームを告げた。


「お主の名はこれから、ライカ・ウォーターじゃ」


 ……えっ、まんまやん。

 待って待って、まんまやん。

 おれの中の神、あまりにも見たまんまの名前つけてくるやん。

 おれの手を突いてくるねえさんが苦笑しながら言ってくる。


「素晴らしい名前だけど、フォーレン様からじゃなくて残念だったね」


 どこが?

 おれの名前はイントネーション的に雷火ライカなんだけど。

 ここにウォーターが付く。

 となると、おれの名前、雷火・水になるんだけど。

 もうただのエレメントじゃん。エルフ要素ないじゃん。

 ニルスさんはまだなんかあるようで、続けてまた言葉を紡いだ。


 それはおれの持っている【祭具】、【海龍神霊ボルテクス激流ウィング】について。


 おれの意識が干潮のように引いていく気がした。

 今回は血が滲むくらい拳を強く握ることで気絶を回避する。

 おれが戦士で拳でヴァイキングなのって先祖が悪いんじゃなく、やっぱり所持している【祭具】が原因なの?

 マジ? えっ、マジ?


「東洋の海神は数が多い。神格が少なければ少ないほど特化した性能とのことなのじゃが……。その性能ゆえに、種族的に1番持つべきではないと言い伝えられておるの、エルフのようじゃ」


「なんでそんなもんがエルフの蔵に貯蔵されてんだよ!」


 ニルスさんはただ一言「心中お察しするのう」とだけ言い残しお茶を濁した。

 もうフォーレン様とやらから聞いた話は終わったからか、ねえさんへと目を向ける。


「では次、レイラ」


「はい!」


「森から外へと羽ばたく者の光となり、共に旅路を照らす者。レイラ、お主はルメアじゃ」


「……ルメア。光束のルーメンからかな。レイラ・ルメア。……ありがとうございます。フォーレン様」


 歌うように感謝の言葉を述べたねえさんは、祈るように胸の前で手を組んだ。

 ……何だろう。ウォーターで良い気がしてきた。

 うん、切り替えよう。変な名前にならなかっただけ。


「次、ツバキ――」


 と、ニルスさんは次から次へウォーレン様とやらからの啓示を授かっては名付けていった。


  *  *  *


「「「「「フォーレン様、この日フェアリーネームを授けてくれたこと感謝いたします!」」」」」


「我らは離れていても通じ合える。外の世界でも精進していくように!」


 はっ、気づいたら終わっていた。

 ずっと呆然としていた。

 リンドマンさんは最後激励の言葉で締めくくる。

 最後くらいキッチリしておこうと、おれはねえさんたちに倣う。


「「「「「「今日はありがとうございました!」」」」」」


 そうしておれとねえさんはエルフの祠から出る。

 外はまだまだ太陽が登り切っていない昼前。

 なんだかんだあったけど、今日の空はおれの心を映したかのように青く透き通った快晴が広がっていた。

 ねえさん含めてみんな出てくるとき、おれに同情の目線を送ってきていたけど、

 

 ——本当のところ、おれはもう魔力に未練なんてない。

 

 くるみから闘気を習ったからね。

 むしろ、神の力を宿した【祭具】をおれも持っていると分かっただけ清々しくある。

 明日はねえさんと、くるみと、あとアゲハもだけど共に森の外へと出るんだ!

 今まで見たかった、森の外へと!

 それはきっと、先行きの見えない未来だ。予想することもできない毎日だ。

 けど! それでも! ここでもおれはその未来を楽しみたい! 変化のある毎日を過ごしたい!


「よっしゃぁ! これでようやく夢が叶う!」


 込み上がるワクワク感。

 百合の楽園を作るために。

 異種族の女の子たちを集める冒険が始まる!

 おれは有り余る力のままに、叫ばずにはいられなかったのだった。

 それさえ道が開かれたのであれば、やはり魔力が無いことなど些細なことでしかなかった。

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