ドクロマークだらけの海賊エルフ服
ねえさんは存分に自分の思いを吐露する。
「やっぱり、わたしがあの時、意味不明な適性能力の調べ物を手伝わなければ……。今まで通りの弱いライカで居てくれれば!」
「レイラ!」
とうさんがぴしゃりと言う。
ねえさんはハッとした顔で顔を上げた。
「それはお前の身勝手だ。ライカはお前の物じゃない。それこそ野蛮な考えだ」
「ライカは女の子が仲良くしているところを見たいんでしょ! だったらわたしがツバキとコスモスと一緒に!」
ドンッ!!
額にしわを寄せたとうさんが机を強く殴った。
「お前にとって2人は道具か? ツバキちゃんとコスモスちゃんはライカを閉じ込めるためだけの道具なのかと聞いている! そんなものは友達でも何でもない。今のお前は二人にとっても、ライカにとっても害しか与えない蛮族と同じだ」
ねえさんは喉から声が出ないといった様子だった。
何かを紡ごうにも目が潤うばかり。身体は震えを隠せていなかった。
ねえさんは「違う……。違うよ……」と虚ろに呟きながらおれから腕を放すと、自室へと駆け込んでいった。
ばたんと閉まるドア。その閉まり方は、なんだか何者をも拒絶しているかのように見えた。
「ライカ」
とうさんの矛先がこっちへと向く。
その目は先ほどねえさんに向けていたものとは違い、穏やかなものであった。
「お前は、なんでレイラがああなったか知っているか?」
「ねえさんが? 元からああじゃなかったの? 無駄だよって止めてくる割には、なぜか手伝ってくれる矛盾の塊」
「薄々感づいていたってところか」
とうさんは行き次に水を1口飲んだ。ほうっと息を吐くと、ハッキリと言う。
「ライカが1歳の頃、蔵にある物に埋もれて大けがを負ったって話しはしたよな。その時、埋もれて意識を失っているお前を最初に発見したのがレイラだ。あの時、レイラはお前の子守を任されていてな。力なく倒れているお前を見て、一瞬でも目を放した自分が悪いと思い込むようになった」
「へぇー」
「へぇーって! もっとこう何かあるだろ!」
そうは言われてもとうさん。
おれその頃の記憶ないし、どっちかといえば他人事でしかない。
本人にとっては影響があったのかもしれないけど、おれからすればそれ以上でもそれ以下でもないわけで。
二度と傷つけたくないって言っていたし。
大方、その事故から過保護極まるようになっていったってことだろ。
今までバブミがあって最高のねえさんだと思っていたけど、壁になってしまうんじゃね。
何とかして説得するしかない。
おれが作る百合の楽園にねえさんは必要だから!
「ちょっと行ってくる。ごちそうさまっと」
両手を合わせたおれは重い腰を上げ、ねえさんとおれの部屋へと目をやる。
問題はおれにあるようだし。
「本当のところ僕たちも反対だ。言ってただろ? ライカは11歳。まだ立つこともはっきりとした言葉を紡ぐのもできないのが普通なんだ。そんな子どもを、魔力を持っていないとはいえ外に出すなんて」
「とは言いつつ、おれが魔力を持っていない状態で50歳まで生きていたら周囲の目が変わっていたんじゃないのか? みんなまだ、おれが11歳だから差別していなかっただけで」
「それは——!」
分かりやすく狼狽したとうさんは立ち上がり、顔を伏せた。
くるみから聞いた話でしかないから本当かどうかは分からない。
けど反応を見るに、あながち間違いではなかったのだろう。
魔力は成長と同時に増える可能性がある。闘気もだけど。
赤ん坊のころから虐めるような精神は誰も持ち合わせていなかったってわけだ。
「行ってくるよ。少しでもこの村の良さを知ってもらいたいからな」
おれ流でやらせてもらうけど。
ずっと聞いていてくれたかあさんはいきなり立ち上がり、腕を広げておれの身体を包み込む。
「いつもこの位置をレイラに奪われていたから。今日くらいは良いわよね」
かあさんはそう言うと、おれの背中を強く抱きしめた。
……ほんと、母は強しって奴だよなぁ。
最後の最後を全部持っていくんだもんなぁ。
冷たい空気がほらっ。もう既に暖かくなっているよ。
* * *
おれはコンコンと音高く扉を3回ノックする。
入るよと先に言ってから、おれはドアを開いた。
ここ、おれの部屋でもあるんだけどな。
ねえさんは食い入るように、魔導書と向かい合っていた。
何やら難しい術式をノートに書き写している。
おれの存在に気付いたのか、ねえさんは顔を向けてくる。
「ねえさん、おれ――」
「良いの、さっきはごめんね。もう、ライカの夢を踏みにじらないから」
さっきまでとまるで様子の違うねえさんは、小さな肩から下げるタイプのポシェットにノートを突っ込んだ。
えーっと……はい? マジで?
それからねえさんはベッドに入り込み、ライトの魔法を消してしまう。
どうしてついてくるという結論になったのか、おれは聞いてみることにした。
「どういう心境の変化で?」
「あっちにある魔法の本を全て読んで、わたしの術式と研究に取り入れる。そうすればより安全にライカを守ることができる。目の届く位置に居ればわたしも安心できるし」
なんか異世界に親同伴みたいなこと言っている。
おれとしてはパーティに魔法使いが入ってくれるってことだから、色んな意味で安心できるんだけど。
なんだかなぁ……。説得しようと思ったら既に覚悟決まっていて出鼻を挫かれた感。
けどねえさんが放つ雰囲気はどこか歪な物が混じっているような気がして。
どことなくこの時は、不安感を隠しきれなかった。
……なおねえさんが行く件については、とうさんとかあさんから、「むしろレイラがいつまでも心配しそうで気の毒だから一緒に居てあげて?」と、逆に頼まれた。
何なら今のうちに弟か妹創っとく? みたいな会話がノリノリで聞こえた気がした。
ほんと、おれにこの家族ありって感じだわ!
* * *
まぁ、そんな話は良いんだ。
いや、何ひとつとして解決していないから良くはないんだけど、今はいいんだ。
問題なのはだ。
「せっかくライカのためにくるみちゃんやアゲハちゃんに聞いたり、色々調べたりして作ったのに!」
と、かあさんが言って差し出してきたエルフ族の服とスカートなのだけど……。
ドクロと2本の骨が交差する海賊マーク。
それが付けられているのはヴァイキングだからいい。
ぶっちゃけ海賊になるとか勘弁だけどそこは良い。
11歳の子どもやし、海賊かなんかに憧れるおちゃめな年ごろって感じに見られると思うから。
けどさ?
ドクロマークが服の裾や襟首、胸部に腰と至る所に散りばめられている。
多くね?
スカートと黒ニーソ、果てはリボンに至るまでも同じなところを見るに、海賊というのを1ミリたりと知らない人がイメージして作ったみたいになっているんだ。
あのさ、マークは大量に入れればいいってものじゃないと思うんだ、おれ。
ただでさえ、エルフに似つかわしくない水の羽が生えているのに。
そんでもって初めてスカートを穿いた感想なのだけど。
……すごいスースーする。直で股に空気が当たる。
凄く変な気分だ。下半身露出と変わらない気さえする。
口の中にしょっぱい味が広がる。下半身が浮きだつ。
おれは両頬が熱くなるのを感じてしゃがみこみ、自分の腕に顔を埋めた。
ちなみにスカート丈はおれの膝より、5センチくらい上。
……寒い。
なんで女子は平然と着られるのだろうか。
黒ニーソックスを入っているせいか、黒とスカートの間で存在感を放つ肌色の絶対領域が際立っている。
そんなにファッションのために身を削っているのだろうか。
ショートズボンが恋しい。ショートズボンを穿きたい。
今からでも穿かせてはもらえないだろうか。
なんて思っていたら、ねえさんがおれのショートズボンをかあさんに渡してしまった。
なんかかあさん、これで新しい子用のズボン再利用できるってはしゃいでいるし。
ねえさんはなんか、
「可愛い! 可愛い!」
おれの隣でピョンピョン跳ねている。
それからなぜか、ねえさんはおれの前髪へ腕を伸ばす。
左の方に少し払って整えているようだ。
「うん、こうした方が良いかな」
「そういう細かい部分は良く分からない」
ねえさんは何も言わずに微笑んでくる。
相変わらず読心術ができないので何を考えているのかさっぱりである。
改めて白い大理石で自分の完成系を確認する。
……ソシャゲの星4キャラって感じだわ。星5が最大の。
ちなみに水の羽。
これ実は、身体から少し離れて生えている。
なので新しい服にわざわざ穴を開ける必要もなくそのまま着れる。
定位置とかも変わる事無く、おれの動きに連動してついてくる。
何とも不思議な羽である。
かあさんが崩れるようにして膝をつき、天を見上げる。
「最初からズボンを禁止にすればよかった」
そしてあれもこれもと、ねえさんと一緒に何が違うのか良く分からない装飾品でおれを飾り立てしてくるようになった。
ここまでくると、おれの中に抵抗の2文字は無くなった。
いっそ、こうなればとことん付き合ってやろうじゃないかの男らしい気持ちで、目から光を失くしてじっと耐える。
くるみとアゲハと合流したら誰にもばれないように村から出よ……。
「そうそう、出かける前にニルスさんが用事あるって。そのまま行ってきて! レイラも!」
……この格好で?
……嫌だぁ。
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