冷たい抱擁とライカ、スカートを穿かされる

 元日本人の習性というのは何年過ごしていても抜けないのだろう。

 ひとりだけ手を上げている状況ってなんかこう恥ずかしくてしょうがない。

 祭壇から降りたくるみはおれの肘を掴み固定化すると「他には?」と口にする。


「1番エルフ族らしからぬライカ殿が行っても、エルフのためにはならないでござるよ」


「けどさっきくるみはおれなら良いって」


「それとこれとは話が別でござる。頻繁に村から出るライカ殿だけ行って、他は誰もいかない。外から人が来るのを待つだけなんて、閉鎖的なのと同義でござる。後5~6人は欲しい」


 百里ある。

 町に行って広めるとかひとりじゃできないことだしなぁ……。

 覚悟を決めた表情でねえさんはおれを庇うように腕を広げてくるみと対峙する。


「待って。ライカはまだ子ども。11歳なの!」


「可愛い子には旅をさせよと言うでござる。そもそも子どもに、11歳の赤ん坊であるライカ殿に村を救われたのはどこの種族でござる?」


 手痛すぎるわ、その反撃。

 村中の誰もがくるみの言葉で口を閉じてしまった。

 くるみは不敵な笑みを浮かべてねえさんを見下ろしていた。

 その目は既にねえさんを見ておらず、むしろおれの瞳をじっと見つめているように見えた。


「ライカ殿、外の世界を見たいでござるか?」


 そういうことか。

 くるみの言いたいことは何となく分かった。ここで決意表明をしろってことだよな。

 おれは拳をぐっと握りこむ。くるみの身体から目を放し、はっきりと目を合わせる。

 そんなの当然だ。当然おれは、


「ああ! どんな種族の女の子に会えるのか! 百合百合している素晴らしい世界を創って見守らせるために、おれを鍛えてくれたんだろ?」


「ちょっとライカ! こんな時に——」


「そうでござる! 夢は何だって良いでござる! 過去にすべての花魁を回りたいって言って旅に出た者も居たくらいでござる!」


 なに……それ?

 おれより割とばかげた考え方していない?

 村中のみんなドン引きしているで?

 エクスマキナの店とか行って楽しいんか?


 完全にムードぶち壊しな状況の中、普段では考えられないくらい良く響いた声が木霊する。


「ならっ! わたしも行くッ!」


 ねえさんの言葉がおれとくるみを裂いた。


  *  *  *


「その選択肢しかないのか!?」


「当然」


 出発前日、おれは鬼気迫った勢いで部屋の隅に背中を合わせていた。

 背筋を嫌な汗が伝っていく。

 これ以上後ろに下がろうとも壁が邪魔して動けない。

 駄々をこねても、目の前のかあさんは悪魔のようにじりじり詰め寄ってくる。


「良いじゃない減るもんじゃないし。本当は見て見たかったのよ」


 必死におれが訴えてもかあさんはご満悦を浮かべるばかり。

 ねえさんに目を向けて見てもダメだった。

 少し離れた位置からそわそわした様子でおれを待つばかり。


「レイラ、手伝って!」


 ついにはねえさんまでもが敵に回ってしまった!

 おれの両脇に手を入れようと腕を伸ばす。

 止めて! 本当それだけは止めてくれ!


「そうそう、そのまま抑える……のは無理ね。じゃあ擽っていて!」


 ねえさんはおれの両耳に手を伸ばすと、ムニムニと弄ってくる。

 途端にこそばゆい感覚が耳から脳を伝い、全身へとくすぐったさが回っていく。

 暴れようにも下手に暴れるとおれの力じゃねえさんが傷つく!

 徐々にかあさんはその手にあるものを近づけてくる。

 ドクロのマークが両面に描かれた緑色の生地。そう、


 ——スカート、である。


「とうさん!」


 おれはとうさんに助けての目を送る。

 しかしとうさんはふと空を見上げ、惚けた調子で言葉を紡ぐ。


「さて、そろそろ仕事の時間だから行こうかなぁ!」


「あと1時間くらい余裕あるじゃないですか! 待って! 本当に! マイファザー!」


 とうさんは本当に弓を持って出て行った。

 割と前々から思っていたけど、なんでここ日本と違うのに父親の肩身が狭いの?

 なんで大事な娘の味方になってくれようとしないの?


 おれがとうさんの立場なら全力で助けるふりをしてから本気で逃げるのに!


 かあさんがおれのズボンに手を掛けた。

 これが本当の万事休すという奴か。


「じょ、女子がス、スカートを穿くという先入観は――!」


「良いじゃない、出る前くらい。本当は私だってライカを村から出したくないのよ。11年しかいないのに。それなのに出ていくなんていうから。だったら、ライカがスカートを穿く姿くらい……ねぇ?」


 そう言うとかあさんは顔に手をやり、めそめそと分かりやすく嘘泣きを始める。

 あんまこう考えるのもなんだけど、歳を考えて?

 300代行っている割には見た目女子高生だけど。

 かあさん相手に守備範囲って考えるの、いくら若く見えてもなんか嫌だなぁ……。


「隙あり!」


 飛び掛かってくるかあさん。

 ちょっ、止めろぉ!

 と、おれとねえさんの部屋で狭い中ドタバタする。

 そうして1時間の奮闘の末、おれは抵抗虚しくスカートを穿かされた。

 まさかくるみとアゲハが裏切るとか思わなかったんや。

 なんでおれが女装をする羽目になったのか、定かではないがちゃんとした理由がある。

 これはそう、村の外に誰が行くという議題が上がったその日の夜のことである。


  *  *  *


 くるみが「家族水入らずで出発までの時間を過ごすでござる」と、アゲハを引っ張っていたあの日。

 まだ夜が訪れてきて間もないころ、夕食を食べていると急にねえさんがテーブルを叩いて立ち上がったんだ。


「やっぱり納得がいかない。ライカは家にいるべき!」


「急にどうしたのねえさん」


 いつになく真剣な顔のねえさんに、おれは首を傾げた。

 納得がいかないって言われても……。

 転生してからずっと森からは出たいと思っていたわけだし。

 おれからすれば願いを叶えるチャンスなんだけど……。

 かあさんが手で座るよう促す。


「気持ちはわかる。私だって本当はライカを出したくない。ここにずっと居てほしいって思ってる。けどそれはダメなの。ライカの夢を踏みにじるのは」


「分かってる。けど! あの兎獣族やミサキのような人ばかりじゃない。あの侵入者のように、ライカを傷つけられたら……。それに、このエルフ村よりも強い人で溢れている」


「それはこの村も同じ。外の世界から見たら、私たちは同じことをしていたのかもしれない! わだかまりを無くすためにも、エルフを特別視していないライカが適任なの! それにあんた言ったでしょ! ライカを守るって!」


「ダメ! ライカは行かせない! 村から絶対に出させない! 一生ここに居ればいい! それが1番守れるの! もう2度と、傷つけさせない!」


 ねえさんは覆い隠すかのように、おれを抱き締めてくる。

 いつもおれを守ってくれたねえさんの身体。

 震えながらも元気づけてくれたこの腕。

 けどこれは違う。

 ——冷たい。

 包容力などどこにもない。鳥籠のような冷たさだった。

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