エルフのこれから

 次に部屋の中に入ってきたのはとうさんだった。

 今にも崩れてしまいそうな悲痛の顔を、ベッドで横たわるおれに向けて額を下げた。


「すまんライカ! 僕は父親失格だ!」


「にゃんでー?」


「……僕は頼ってしまった。あの時、本当なら僕が、僕たちが村を守らなきゃいけなかったんだ! なのに、僕はライカに、年端もいかない愛娘に頼ってしまった!」


「しょれでー?」


 舌足らずだと物凄い冷酷な言葉を浴びせているように思えるのは気のせいか?

 多分、言葉が足りないせいだと思うけど。

 とうさんは冷たい言葉を投げているおれに対して、再び頭を下げてきた。


「次は負けない。今度は必ず、ライカを、レイラを、母さんを守る。そのために僕たちはもっと強くなる!」


「だーあーりゃー、にゃんでー? おれはまおってもあうひちゅよーないよー?」


 守ってもらう必要ないよ、っていったつもりなんだけど。

 なんかさっきからぶりっ子みたいな言葉になってしまう。

 流石にこれはきついな。ねえさんに通訳してもらおう。


「ねーたん! きてー!」


「どうしたの?」


 魔導書から目を放し、近くに寄ってきてくれたねえさん。

 おれは屈むようにお願いして、耳打ちで話してほしい言葉を伝えた。


「パパ、ライカは気にしていないって」


「そうだよな。……頼りないよな、父さんは」


「ふんふん。そうじゃないって。今回の事件、外との交流を持っていれば楽に解決したよねって。それと自分のためにやったことだから、村全体のためにやったって思わないでって」


 これは本当だしね。

 いくら強くなっても魔法の効かない存在に勝てるビジョンが浮かばない訳で。

 かというおれも、物理だけでやっていくのは無理だと分かっているから、将来的に村を出るなら魔法使いの仲間が欲しいなぁと感じているわけで。

 魔法使いのエキスパートであるエルフが魔法使いの仲間を求める。

 ……なんか不思議な感じがする。煽りかな?

 おれの場合、犬が歩いて棒に当たるようなもんだけど。


「しかし神聖な森にエルフ以外を入れるなど!」


「うんうん、今更? 確かに。森はエルフ以外もよく通るし、ミサキ族も兎獣族もこの村に居座っているもんね。そう……だよね……今更だよね」


「あいつらはライカのために——」


「今回のようなことが起こらないとは限らない。プライドを優先して森を燃やすのと、既に他の種族がいくらか入り込んでいる森の村に、正式に招き入れるの。どっちが良いって。他にも道はあるけど、そのためにはやっぱり他種族を招き入れる必要がある」


 うん。

 エルフの文化を否定するわけじゃないけど、閉鎖的すぎると内側からの攻撃に弱くなる……ってこの前ねーたんが言ってた。

 そもそも森に人間とか入り込んできている時点でって感じなんだよな……。

 自然に生かされているのであって、自然を管理する者ではない。

 森の管理者であれど、森を厳しく縛り付けて統括する者ではない。

 他種族すべてが蛮族って考え方だと、その辺に飛んでいる小鳥とか川にいる魚とか全部蛮族になるからなぁ。

 ゆえに森を傷つけないのであれば、ある程度森の資源を持って行っても黙認する。

 何が何だか分からんよなぁ……。

 天才エルフの考えていることはほんと分からん。

 ここまで考えは全てくるみ、というより外の世界の受け売りである。


 おれの頭でこんな考え方が出てくるわけないだろ!


 包み隠さず伝えたところ、ねえさんは顔を曇らせる。

 何かあったのかと聞き出したとうさんも、ねえさんの口から同じ言葉を聞いて顔を俯かせた。

 外の世界ですら気づいていた矛盾に、誰も気づかなかったのがそんなにショックだったのだろうか。

 暗くなった空気の中、手を鳴らす音が響いた。


「はいはい、終わり終わり。今のライカに誓っても迷惑でしょ」


 続いて部屋に入ってきたかあさんは、未だ再起動を果たさぬとうさんの背中を力強く叩いた。

 横からとうさんを見上げるようにして顔を出したかあさんは、とうさんの手を取りリビング方面へと引っ張った。


「待ったライカ! 最後にその羽は!」


「はいはい、ライカはレイラと兎獣族に任せて大人は大人の語らいをしましょうねー」


 連れていかれた。

 いったい何をするつもりなのだろうか。

 ……多分、家の外にいる村のみんなに話をつけに行くんだろうなぁ。

 ほらっ、今まさに村のみんなに話をつけているから。


  *  *  *


 目覚めてから3日経ちそうになったころ、おれは筋肉痛が治るまで自宅で謹慎生活を送っていた

 今は適度に筋トレをこなし、くるみから戦士の講義を受ける毎日を送っている。

 筋肉痛はもうだいぶ楽になってきているが、それでも身体の節々が痛む。

 くるみ曰はく、強敵と戦った後は大体こうなるらしい。

 なんでも身体の最適化が行われ、今まで以上に強靭な肉体へと変わるのだとか。

 そう言われると、この筋肉痛もレベルが上がった代償とでも思えば安いものだろう。


 それとくるみが言っていた、【祭具】。

 羽についても何となくだが全容が分かった。

 4対の水羽。

 外側へ伸びるように波打つチョウのような水羽は、薄い群青色の輝きを淡く煌めかせていた。

 どうやらこの羽は、おれの鎖骨と腰の少し上辺りから生えているらしい。

 実体、というよりかはオーラに近いようで腕とか貫通する。

 羽の中に手を入れているときは、ちゃんと水に手を入れているときの感触がするとはねえさんの言だ。

 この羽にも感触はあるので、ねえさんに舐められた時は少しこそばゆかった。

 味自体は粘着のないサラサラとした爽やかな天然水とのことだが……。

 それは味なのだろうか?

 おれも飲んでみたいのだが、自分では自由に動かせないようで手を伸ばせない。

 水自体も羽という形で固定されているため、掬うことができないし、布団や本に触れても濡れることはない。

 【祭具】とは人智の及ばないものだと改めて思い知らされる。

 それと、


「今北産業! 遥々帰還したぜ旦那! 面白そうなネタプリーズ!」


「じゃあ指定された野菜を買い占めてくる」


「じゃあ5番目で!」


 この初手でいきなり安価ネタを繰り出してくる奴は、ブレイジング・ゴブリンの騒ぎ中ずっと平和に眠りこけていたミサキの少女だ。

 名はアゲハ・エスプリットというらしい。

 はっきりいって掴みどころが無さすぎるノリだけで生きている性格だ。

 便所の落書き民なんじゃないかって疑うレベル。

 なんせこいつ起き上がって最初に言った言葉が、


「目が覚めたら知らない場所に拉致されていた系神官だけど質問ある? 特定されない範囲で」


 だったからな。

 儚げな深窓の令嬢みたいな見た目から放たれた一言は、おれの第1印象を悉く破壊するほど凶悪だった。

 おまけに握手しようとしたら、


「すり抜け爆死ッ!」


 とか言って、おれの手をすり抜けてきた。

 頭の中が真っ白になったわ。

 最初にどんな言葉を掛けようかなぁ……なんて考えていた言葉を思わず忘れてしまうくらいには。

 特定も何もおれたちはお前のことを何ひとつ知らないっていうね!

 しかもこの時点で異世界転生者がいるの確定しているっていう……。

 というかすり抜け爆死の意味を分かっているのだろうか?


 ほんと、なんだろうな。この子は。

 アゲハはおれの言葉を聞くと、速攻家から飛び出して村のみんなに野菜を聞きに行っている。

 ……無駄に行動力がすごい。


  *  *  *


 目を覚ましてから3週間とちょい経ったころ、おれはすっかり完全回復を果たしていた。

 それからこのころ、エルフの村ではある議題が上がっていた。

 今回の出来事をきっかけに長年閉鎖的な空間を保ってきたエルフの村は……。

 外の世界にも目を向けてみるべきなのではないかと。


 ブレイジング・ゴブリンの齎した悪夢は村のみんなの心の奥底に刻み込まれた。

 自然豊かな森は半焼、重傷人の中にはまだ目を覚まさないものもいる。

 森を焼き尽くす炎にトラウマを持った者もいるだろう。

 それでも今回は運が良かった方なのだ。


 たまたまおれが【祭具】を持っていた。

 たまたまくるみが居た。

 たまたま修行場所にしていた広大な湖があった。

 様々な要因が重なったおかげで、ブレイジング・ゴブリンを討伐できたのだ。


 もしまた同じことが起こらないとは限らない。

 その時はエルフの全勢力をもってしても討伐は厳しい。

 だから外の世界とも交流を持つべきなのではないかと話が進んでいるのだ。


 しかしエルフはとんでもない課題を抱えていた。

 それは今更外に出たところで、どうすればいいのか分からない。

 村の会議で同じく祭壇の方に出席させられていたくるみはこう語る。


「全員が全員、ライカ殿みたいなタイプだと話しやすいでござるが……。何百年、外との交流を拒絶した叡智の種族に強要するのは酷な話でござる」


「それはひょっとして、遠回しにおれを野蛮人だと言っているのか?」


「例え話でござるよ。ライカ殿はむしろもう少し思慮深くなるように」


 そ、そうか。

 エルフのみんながおれみたいにね……。

 それはそれでエルフの人種を尊重できていない気がするような……。

 村中と同じ感覚で外の人と接すればいいんだけどね。

 でもエルフって精霊と仲良くない相手を毛嫌いする癖があるし。


 ……つくづく面倒くせぇなこの種族。


「それに町に入るための通行証を作るのも、手に職をつけるのにも資金は必要となるでござる。そんなものがこの村のどこにあるでござる?」


「あっ……」


 くるみの冷静な指摘におれは思わず声を漏らした。

 村のみんなもこの問題にはすぐ気づいたようで、互いに互いの顔を見合わせ、次第にくるみへと視線が集中した。

 くるみは澄ました顔でおれの頭にポンと手を置く。


「ライカ殿の分は工面してもよいでござるが」


「……贔屓やん」


「町で問題を起こして追い出される可能性が少ないからでござるよ。少しでも確率の良い方を取るのはいつだって常套句でござる」


 くるみは次に柱に括り付けられている盗賊に目を向けると、祭壇に上がり、珍品や金になりそうなものを剝ぎ取っていく。


「術式阻害の縄。これだけでもかなりの値打ちになるでござるね。これを売れば他の人数分いくらか賄えそうでござるね」


「泥棒だろうが!」


「返しやがれ年中発情女!」


「獣から使えそうなものを剥ぎ取るのは狩りの基本にて。盗品の線もあるでござるが、それはそれで礼金を貰える可能性はある。そもそもこ奴らはお尋ね者。ライカ殿、生かしたのは良い判断でござるよ!」


 そういう目的で生かしていたわけじゃないんだけど……。

 まぁ、結果的にはオーライってことで?

 地味にくるみ、年中発情女って言われたとき、眉をぴくっと動かしたな。

 リンドマンさんが言う。


「では次だ。誰が森の外に赴く」


 おれ以外、誰も手を上げなかった。

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