死への恐怖を上回る邪な欲望
安らかな日差しが瞼を指す。
身体を動かすと、何かが擦れる音が迎えてくれる。
ここは……どこだ?
目を開けると、木目が見下ろしてくる天井が広がっていた。
突き出し窓からは柔らかな朝の陽ざしが入り込んでくる。
上半身だけ上げて見渡してみれば、転生後の見慣れた部屋が脳へと飛び込んできた。
錘が付いているのかと疑うほど重い自分の腕を掲げて見ると、華奢な白い腕が映り込んだ。
11年間見慣れた、エルフの少女の細腕だ。
生きて……いる?
幼女の慎ましやかな胸。
また転生した……とかではないみたいだ。
ある程度自分の今置かれている状況を咀嚼していると、段々身体の節々から冷たい感触を感じ取れるようになってきた。
粘着性のある緑色の液体。
これは確か、……塗り薬。
粘り気の強い果汁を持つアインの果実と、殺菌作用と痛み止めの作用がある薬草を混ぜた奴。
指で救って口に含んでみると、強烈な苦みとほんのり甘めな味が口内を支配する。
思わず顔を歪めながら思う。
……薬だからね。普通、舐めるものじゃないね。
とはいえ、薬は薬。
飲む形でも効力を発揮する薬草を使っているためか、身体の奥底が楽になっていく。
押し上げ窓から見える外では、村のみんなが集まってガヤガヤと話し込んでいた。
いったい何を話しているのだろうか?
ここからじゃ……と、おれは不自然なことに気づく。
……聞こえない。
エルフの耳と闘気を纏った身体なら余裕で聞こえるのに。
ともかくベッドから出ようとおれは起き上がる。
床に足をついたその時、一気に激痛が足先から這い上がる!
いだぁ!! 痛いなんてものじゃない!
床に崩れ落ちたおれに待っていたのはさらなる追撃だった。
足の先から太股、指の先から肩に至るまで、血の流れがせき止められそうなほど、窮屈に引き締められる。
骨もかなり痛手を負っているのか、きしむような触感が脳へと伝わっていく。
もしやこれ、筋肉痛か!?
というかなんでおれ生きているの!?
クッソ重症やん!
壁に立てかけられた白い大理石に映るエルフの幼女。
その幼女は地獄の責め苦に悶えながら、4つん這いになっていた。
口元からは涎を、目元からは涙を垂らし喘いでいた。
今一瞬、脳にリョナは趣味じゃないって思考がよぎった。
1番重症なのは頭だったか。
それより、ブレイジング・ゴブリンはどうなったんだ。
1歩進むごとに襲ってくる地獄の痛み。
頑張って壁に手をついて、何とか足裏を床に付けた時だった。
「ライカ!」
ダンッ! と勢いよく扉を開きねえさんが入室してきた。
「ライカ……! ライカァ……!」
赤く目を腫らしたねえさんは、腕を広げておれを抱きしめてきた。
いだだだだだだ!! ギブギブ! 全身が悲鳴を上げているって!
意識がッ! 意識が飛ぶッ!
多分、おれも涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになってめっちゃやばいことになっていると思う。
しかも抱きしめられているので、拭うことができない!
「ライカぁ……。ライカぁ……」
泣きじゃくる姉さん。
おれは掠れた悲鳴を零していた。
ねえさんの腕の中で気絶出来たらどれほど幸せなんだろうか、的な馬鹿な思考が一巡したと思う。
ロリコン極まれりやな。おれが1番ロリだけど。
いや、ペドか。
でもやっぱりJCに抱きしめられて死ねるって最高じゃね?
ナイス! 慎ましやかな胸! なんて考える前にやばい。視界が白くなってくる。
「それ以上はいけないでござる」
その独特な口調は……。
緑色のうさ耳を生やした女子が、力任せにおれとねえさんを引きはがしてくれた。
そのままおれの腰と首に腕を回し、ベッドの上に戻してくれた。
「あいがとぉーくりゅみぃー」
「どういたしましてでござる。今は闘気を纏うことや、口調を矯正することなく、ゆっくりと休養するでござる」
「しょーしゅりゅー」
舌足らずな口調だと不便なんだけどね。明確に言葉が伝わらないから。
ねえさんは水に濡らしたハンカチでおれの涙と鼻水を拭き取ってくれた。
「それでライカ、その羽」
「はねぇ?」
わなわなと震えながら、ねえさんはおれの背中を指さす。
……待って、何かおれの身体に異常が起こっているの?
羽って何?
なんか生えているの? おれ。
……ダメだ。背中に手を回す気力すら湧かない。
おれの症状を察してか、くるみがおれの背中に見ると目を見開いた。
「これは驚いた。【祭具】でござる。ライカ殿も持っているなんて気づかなんだ」
「そーいえば、しゃいぐってなぁにー?」
「【祭具】は一言で言っても難しいでござる。武器や身体に宿る、神や偉人が残した力の断片。強大な力を持つとされ、【祭具】を持つ者は王や英雄、国を揺るがす革命家とかに多い。私のは武器でござるね」
くるみはそう言うと、刀の1振りを外に投げる。
刀身は見る見るうちに鳥へと変わり、自由に空を羽ばたいていた。
鳥はしばらく飛び回り、やがてくるみの元へと戻り、その身を刀へと変化させた。
「へぇー……、すごい」
「その様子を見る限り、ライカ殿の場合は身体に宿るタイプでござるね。さぁ吉か凶か。ライカ殿、羨ましいでござる」
「はんかちょうかみたいにゆーな!」
ギャンブル狂……。
ねえさんはくるみの脇腹を掴んでどかすと、おれに視線が合うようしゃがみこんでくる。
「身体に異常はない!? どっか痛いとか! 魔力が回復していないとか!」
「あらだじゅうがいあい」
祭具がどうこうとか置いといて、ね。
あと、魔力は元から0だよ。0になに掛けても0だよ。
……あんまり変わっている感じがしないな。
羽にも神経が通っているのか、自覚してからはなんか当たっているって感触がする。
あと痛い。
ねえさんはいつものようにおれに微笑み掛けると、布団を被せてくれる。
近くの椅子にすわり、分厚い魔導書に向かい始めた。
部屋にいるのは、何かあっても大丈夫なようにと、多分おれに無理をさせないためだろう。
【祭具】か。
もしかしなくとも異能力みたいなものだよな?
もしくは英雄が持っているなんか特殊な武器とか。
おれにもそれが宿っているらしい。
どんな力があるのか分からないけど、今はこの身体を治すほうが先だな。
……そういえばくるみの奴、吉か凶かって言っていたよな?
それって何?
【祭具】が凶となることもあるってこと?
……いやいや、まさかな。まさか、おれが魔力を持っていない理由って……。
いやいや、まさかなー……。
……うん、無いよな。
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