闘気と魔力と幽精体

 エルフは基本外の世界に出ない。

 外から商人が来ていた時期もあったらしいのだが、それも今となってはひとりとして見かけない。

 それはなぜか?

 閉鎖的な空間ではお金など何の価値にもなりゃしないからだ。

 エルフ同士、物々交換で済ましてしまう。

 持っていないお金を払うことはできないので、商人としては無駄にデメリットが多いだけとなっている。


 さらに森は自然の物であり、自分たちの独占する物ではないという考え方が根強い。

 木を傷つけたり、必要以上に採取したりして生態系を崩さぬ限りは森の実りを外部の人間が持っていても特に文句を言わない。

 とにかく不可侵な状態をエルフは長年保ち続けている。


 おれは良くない傾向だなと考えている。

 くるみから聞いたエルフの評判は最悪も良いところだからだ。

 しかしエルフは図書館という名の資料室や、先祖の教えを守って生きている。

 外に対しての偏見が深まるばかりである。

 さらに言えばくるみ曰はく、戦士は四人にひとりは必ず持っている程度のクラスらしい。

 これは魔法使いも同様だ。


 つまり何が言いたいかというと。


 エルフは水着という文明を持っていない!


 下着はある。

 だが水着は無い。

 なのでおれは全裸だ。


 全裸で湖に潜っている!


 いや、8年経つともう身体の成長がすごい。

 大体115センチくらいには到達したと思う。

 胸もふんわりとだけど発達しましたね。

 こう、おれのようなロリコンを最も擽る、小さいけどまだまだ発展途上の小山という形で。

 触ってみると、手のひらに吸い付いてくるほど潤い豊かで地味柔らかいです。

 絶壁から成長したのを喜べばいいのか。

 それとも小さいもの好きということで成長してほしくないのか、複雑な心境です。

 そんなおれの成長が修行のたびに丸々目に映るわけです。


 困惑しかない!


 それと下半身に物がない状況にはもう慣れました。

 慣れざるを得なかった!

 おれの数10年に渡る相棒をロストしたのはかなりの痛手だった。

 毎日夜、寝る前にあれほど女の子の属性や身体について全身汗を吹き出すほど語り合っていたっていうのに!

 あれが欲しい……って考えると変な意味になるので止めている。


 違和感がすごいのは未だに変わらない。

 勝手が違いすぎるし。


「ふぅ……」


 一通り身体を動かして一息つく。

 おれは湖の綺麗な水を手で掬い上げ、喉を潤した。

 ああ、エルフになってからか水がちょっと高めなジュースみたいに美味い。


「……寒っ」


 身体はもう完全に冷え切っているようで、おれは自分の身体を抱き、身震いしながら肌を擦る。

 湖から出て、木漏れ日の暖かさに身を委ねる。

 幼女の身体にある傾斜を湖の雫はなだらかに滑り落ちる。

 そんな身体を「ンンー!」っと、息を漏らしながらグッと天上へ伸ばした。

 解放感マックス!

 元世界だったら公然わいせつで一発アウトだ。

 木の葉を揺らす一陣の風なんて、纏わりつくかのように一糸纏わぬおれの身体を撫でてくる。

 

 ……闘気の練習をしていなかったら、きっとこの視線にも気づけなかっただろう。

 いや案外気づくかもしれない。

 だっておれの後ろからただならぬ気配が放たれまくっているのだから……。


「ほんと、女子の身体って1番腹が興奮できるよなぁ」


 なんて意味のない言葉を挨拶がわりに、おれは背後にいる下卑た視線を向けてくる侵入者へ飛ばす。


「縦に線が入っていたり、ぷにっと少しむちっとしていたり、小さな穴がチラリズムしていたり。まぁ他にも色々あるけど。なぁ、そうは思わないか?」


  *  *  *


 長い回想終了。

 こうして習った闘気を扱い盗賊を撃退したおれは、ねえさんに言われて改めて服に袖を通した。

 縄を解かれ自由になったねえさんは、縛られ縄の跡が残った手首を回した。


「さっきのは……なに?」


「闘気。魔力とは似て非なるもの。詳しいことはくるみに」


「獣に? わたしはライカの口から聞きたいな」


 おれの知識もその獣から聞いたものなんだけど。

 ……ねえさんだけじゃなく、これがエルフの総意なのが恐ろしい。

 おれは湖面を浮かぶ侵入者たちを引っ張り上げ、それからリーダー格と思しき男を一か所に転がしながら自分の知識を言語化する。


 ちなみに拘束自体はねえさんが土で作られた魔法の鎖で何とかしてくれました。

 あとはこの鎖を魔力で動かすことによって自動でしょっぴいてくれるとか。

 ねえさんどうして捕まったん? 

 魔法で脱出できたやん。

 とか考えていたら、ねえさんを縛った縄には魔法発動に必要な術式阻害の効果があったとか。

 聞く限り高そうなものなんだけど。この程度の実力の奴らが揃えられるものなん?

 そんな細かな疑問すらこのエルフの森には入ってこない。

 ねえさんはただ首を傾げるばかりである。


 おれはねえさんと村へ帰るついでに、自分が知っている程度の知識を披露する。

 学者然とした顔つきになったねえさんは顎に手をやり、考察する。


「……でもわたしは闘気を使えない。条件は? 原理は? 魔力は心臓から。闘気は気孔から。ならばさらにその元の関係性は? 魔力と闘気の扱いやすさはクラスが関係している? 変換の違い? もしかして魔力と闘気、どちらかが発達するともう片方が衰弱するとか」


「とりあえず落ち着いて!」


 そうおれは宥めつつ、どうねえさんに説明すべきか頭を悩ませる。

 これである。

 研究者気質エルフの血が暴走したようだ。

 おれですら分かっていないことだらけなのに。

 おれの身体をペタペタと触りながら「冷たい」と呟くねえさんにおれは言う。


「魔力は精神力から、闘気は生命力からと言われていることだけは確か。ここにも乗っている」

 

 うーんと頭を悩ませること5分程度、面倒になったおれは書物の闘気について書かれたページを開いてねえさんに渡した。

 辞書よりも遥かに大きく分厚い魔導書を読むのが日課のねえさんからすれば、理解するのはさほど難しいことじゃないと思う。

 エルフってみんな短絡的な思考を嫌う自頭のよい学者肌だから。

 なお何事にも例外はいる模様。ここに。


 ねえさんは書物を閉じると、一番始めのページから開いた。

 一秒と掛からず次ページへ。

 おれの目から観て、ただ文字を見ているだけなんじゃないかと疑うレベルの速読だ。

 ねえさんは書物を閉じ終えると目元を抑えながら言う。


「これ借りるね」


「暗記したからいいよ」


 おれが了承するや否や、ねえさんは横の空間に穴をあける。

 一見収納魔法に見えるそれは、空間置換魔法と呼ばれるものらしい。

 おれの知る収納魔法だと座標位置がずれると取り出せないとか言っていた。

 その点この空間置換魔法は……何だったか。

 場所と場所を点と定義、歪んだ空間を線と定義させて物体をワープさせる、だっけ?

 おれからしたら収納魔法と大差ない。

 ねえさんは書物を大事そうにしまい込み、空間の穴を閉ざした。


「うん。それでこっちは良いんだけど」


 ねえさんはふと、おれの背中に目をやった。

 そこにはいつの間に居たのやら、女の子がおれの背中に腕を回してすぅすぅ寝息を立てていた。

 見た目的には小学校高学年くらい、はたまた中学に上がりたてくらい。

 それでなんというか、この子。明らかに特異な特徴があった。

 ——透けている。

 服がではない。身体がだ。半透明なのだ。向こう側の景色が見えている。

 服装は白いリボンを胸の辺りで結んだ、赤と黒のワンピース。

 スカートの裾は湯気みたいな白い模様があるとか。

 銀の髪でおさげが一本あって、黄色のリボンが巻かれた黒いクラウン帽子を被っているらしい。

 ねえさん曰はく、そんな子がおれの背中で幸せそうにだらしなく口を開け、涎を垂らしながら寝ているらしい。


 怖いわ。

 なんでおれの知らぬ間におんぶされてんだよ。


幽精体ミサキ


 ねえさんがじっくりと観察しながら、この子の種族を口にする。


「ミサキ?」


「身体を持たない精神体種族。純粋に魔力量が多いエルフと比べて、魔力制御に優れている。身体そのものを脱ぎ去った不老の存在。身体の中にあるコアが弱点。ライカが嫌なら潰そっか?」


「止めて。可哀そうだから」


 その気になれば本気で潰しそうな顔つきで手を構えるねえさん。

 エルフじゃないだけですぐこれである。

 もはや虫を潰すかのような感覚である。

 特に害がある感じはしない。

 おれは手を振ってねえさんの行動を止める。


「そんでこのミサキはどうしておれの背中にいるんだよ」


「んー? 侵入者が捕まえていたからついでに?」


 さいですか。

 解放して放してあげたら、いつの間にかおれの背中で幸せな夢へボートを漕いでいると。

 ねえさんに分からないものはおれも分からん。

 ……お腹の感触とかもほとんどないし。

 女の子を背負っているのににおいも感触も無いってどんな拷問だよと、おれは心の中で両拳を振りまくっていた。

 ねえさんは特にこれといった興味を示すことなく、次に縛られたまま動けない侵入者を指さした。


「じゃあ、もうひとついい? なんであれ、生かしているの?」


 ——いらないじゃん。

 なんて言葉がぴったりなほど、ねえさんは侵入者に手のひらを向けた。

 そのあまりにも迅速な行動に喉をきつく締めたおれは、すぐにでもねえさんの手を掴んで止めさせる。


「ほあっ、なにあもくていなのあいあなーと!」


 ほらっ、何が目的なのか聞き出さないと、と言ったつもりなんだけど。

 ……未だに治らない舌足らずの図。

 もうそろそろ恥ずかしい歳……エルフで考えればそうでもないけど何とかならないものか。


「エルフを攫うのが目的じゃないの?」


「えーとね? とにあくじぇんぶきいたいてかあー! ねっ?」


 おれは首を傾げてねえさんに頼むと上目遣いで見つめる。

 というより身長的に強制上目遣いだけど。

 ねえさんはしどろもどろ気味に目を逸らす。小さな口を半分だけ開いて「うん」と頷いた。


「舌足らずライカ、可愛い」


 ぎゅっとおれを抱きしめてくるねえさん。

 ……。…………。

 さて、ここからが問題だ。

 おれ尋問とかはしたことがない。

 そも人生で尋問をやったことがある方が稀なのではないだろうか?

 まっいいや、村長さんがやってくれるだろう。

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