スキル確認とマグロ目エルフ

「ハラハラ感を味わいたくてエルフの森の木の枝を折るとか相当のチャレンジャーだよ、お前は」


「逃げられると賭けていたでござるが。あそこまで早いとは夢思わなかったでござるよ」


 そんなとこにも賭け事をするなよ。

 エルフの森に手を出すと、それはもう森絶対主義者のエルフが物凄い猛るわけで。

 おれも昔気になって木の枝折ろうとしたら、ねえさんに肩を掴まれて鬼すら裸足で逃げだす笑みで凄まれた。

 死ぬかと思った。


「あやうく始末されそうだったのを助けてくれて、ライカ殿には感謝致す」


「いや、木の枝一本折るだけで始末しに来るエルフが過激なだけだから」


「そういうライカ殿もエルフでござろう?」


「種族上はね。それに感謝しているのはこっちもだぞ。くるみが来てくれなかったらいつまでもこうして戦士の修行できなかったし」


 書物は所詮書物。

 百聞にしかすぎず、これで実践感覚を得るなんて夢のまた夢でしかない。

 くるみは助けてくれたことに感謝してくれているけど、本当に助けてもらって感謝しているのはおれの方だ。


 森の木の枝を折ったことで蛮族として捕らえられたくるみ。

 腰に付けられた刀を発見したおれは、戦士について学ぶ研究材料としてほしいとリンドマンさんに打診した。

 するとライカの研究のためならと、村のみんなはくるみをその場で開放。

 現在、おれに戦士として必要なことを教授してもらっているわけである。

 魔力を持たないエルフの幼女とサムライのくるみが森で2人。

 いつでも抜け出す機会はあったのに、くるみは律儀に教えてくれる。

 感謝しかない。

 で、そのくるみ……なんだけど……ものっそい目を引いてしまう点がある。……それは、


「ライカ殿? そんなに私のお腹を見つめるのは」


「気にしないでくれ」


「気にするのは私の方——」


「気にしないでくれ」


 くるみの普段身に着けている衣装は大分欲情的なのだ。

 身体全体を優しく包みこんだ黒タイツ。胸と脇を分け隔てるように巻かれたベルト。

 出るとこを引き締めさせ、お腹と胸の両方を楽しめるようにしている格好である。

 ここに羽織。

 何? サムライってまず先に相手の欲情を煽りに行くのが基本なの?

 これに耐えているおれすごくね?

 くるみは流れを断ち切るためか咳払いをひとつ。

 微笑を浮かべておれを見やると、タンッ! と、大きく手を叩いた。


「さてライカ殿、改めて闘気とスキルについておさらいでござる。まず、闘気を身に纏って見せよ」


 くるみに言われておれは身体中に力を込める。

 すると不明瞭な何か冷たい気配がおれの全身を包み込む。

 ぽちゃんと落ちる感覚がした。

 冷たくて、暗い。

 息がちょっと苦しくて。けれど居心地が良くて。

 ——水中。 

 ずっとこの感覚に身を任せていたい。

 力が何倍、何十倍にも引き上げられる脈動感。

 五感は過敏になっていき、僅かな風の動きも感じ取れる。

 今ならゴブリン程度取るに足らない。


「どうでござろう?」


「あぁ……身体に浸み込んでくる。心地よくて、なんだか気分が落ち着く。こう……身体中が満たされていく感じ? なんか奥から込みあがってくる。……あれ、くるみ。いつの間に水中へ?」


「ここは陸でござるよ」


 陸?

 そんなわけないだろ。どう考えてもこの感覚は水中にいるときの物だ。

 目に広がる世界も少し歪んだ水の中。

 ……あれ、なんで水の中に木があるんだ?

 くるみはおれの身体や顔、主に瞳を覗き込み、「なるほど」と水の中であるにも関わらず呼吸する。


「それがヴァイキングのスキル、近くで見たが実に珍妙でござるな。大方、海に素潜りしていると自分で自分に暗示をかけている。その証左にライカ殿の瞳。……虚ろでごるよ」


 これがヴァイキングのスキル。

 そういえば、書物には水の中にいるときヴァイキングは最も力を発揮できる環境と書かれていたっけ。

 ……自己暗示ってどうなのよ。

 自己暗示で水中限定のスキルも打てるって。それもう水中限定じゃないと思う。

 というか目に光が無い?

 どんな感じなのか見てみたい衝動に駆られたおれは湖の水面を鏡にし、顔を確認する。


「……レ〇プ目やんけ。レ〇プ目じゃねぇか! ちょっおまっ! これどう見ても——」


「ラ~イ~カ~ど~の。少しは言葉を選び耳辺りの良い言葉を——」


「いやだってこれどう見てもマグロ目じゃん! マグロ――ツゥ!」


「分かったから連呼するのを止めるでござる」


 くるみはおれの頭にかなり強烈な拳骨を振り下ろしておれの言葉を中断させる。

 そしてその力強さたるや、おれの中でさっきまで光の無い瞳について抱いていた感想など吹き飛んでいた。


「今まで見てきたヴァイキングたちは欺様な目をしてはおらなんだ。ライカ殿はかなり特殊でござる」


「そりゃむさいおっさんが生気のない目とかあれだしな」


「ラ・イ・カ・殿。……欲望の開放は冒険者にも通づる。言葉の慎みは姉君に任せておくとして、今度はその状態を維持しながら闘気とスキルについておさらいでござる」


「覚えているよ。生物の身体には見えない無数の穴、気孔(きこう)がある。これを活性化させることによって生み出されるのが闘気。接近戦を主として戦うクラスが身に纏う、魔力とは違う特殊な力」


「正解でござる。後は生命力を源として闘気が生まれるのも忘れぬよう。身に纏うだけでも身体能力を爆発的に飛躍させることができる。寿命を削ることは無いでござるが」


 寿命を削るほど使う前に気絶するらしいからな。

 この辺は魔力と同じ。あれも生命維持活動を担っているらしい。

 修行することによって魔力と同じく闘気の総量を増やすこともできて、結果的に寿命も増えると。

 至れり尽くせりなシステムである。

 簡単に言えば、魔力も闘気もゲームでいうMPと明確な差異があるとはいえそう変わらない。

 おれの場合、まだそこまで覚えなくて良いんだと。

 ふと思ったことをおれは口走る。


「闘気は生命力……。つまりは闘気の総量が多い者ほど煽情的な外見をしていると」


 くるみが頭を抱えてため息をひとつ。


「若々しい肉体を保てると訂正するでござる」


「じゃあくるみって素で可愛いのか」


「……嬉しくないでござる。前後のせいで」


 エルフの時点で老けるの900歳くらいからだけど。

 それまでは800歳でも高校生同然の身体をしている。……どっかの戦闘種族かよ。

 くるみはボソッと「中身ドワーフでござるよ」と溢した。


「スキルはクラスの持つ力の総称みたいなものだっけ?」


「違う。自身の持つクラスの力を引き出し、闘気を練り上げる。そうして放たれた技こそがスキルでござる。分かりやすく言えば、クラスは炎属性魔法。スキルはファイアボールといった具合でござる」


 くるみは両拳をコツコツと合わせ、おれへと突き出す仕草をする。

 なるほど。


「スキルは練習次第で覚えられるんだっけ?」


「書物を読むことも大切でござる。一番手っ取り早いのは反復練習して身に沁み込ませること。こんな風に」


 くるみは湖へと振り返りざま、腰に付けた刀を納刀したまま一振り。

 風はそよかず音も無し。

 水飛沫が宙を泳ぎ、不動の存在が変動する。

 ただおれの目に映る先にはさながらモーゼの如く、二つに割れた湖の現実だけそこにあった。


「一の太刀でござる。未完故お目汚し失礼」


「……さぞ、剣聖の放つ一の太刀は森すら断ち切るんだろうな」


「森どころか神霊すら一刀両断でござるよ」


 すっげ、カッコいい。

 得意げに語り、くるみは胸を張っていた。

 刀を振った右腕は力なく垂れ下がるのみだけど。

 痛がる様子こそ見せないものの、次第に額の上に冷や汗が浮かべていく。

 刀を振りぬいた延長線上。

 木の枝が三本ほどぱらりと零れ落ちていく。

 おれの耳にも届いた木の枝が地面へ零れ落ちる音は、場の空気を一瞬で冷ややかなものへと変えていく。


「おい」


 おれはジトーとした目をくるみにぶつける。

 くるみは顔をそっとおれから逸らすと、明らか動揺を隠しきれていない声でぽつりぽつりと呟く。


「……ラ、ライカ殿が追いかけて来ないに賭けるでござる」


「賭けはお前の勝利だ。良かったな。……ハラハラ感を味わえて」


「……用事を思い出したのでこれにてゴメン!」


 姿通り脱兎の如くくるみは森へ、おれは「まぁいいか」ってな感じで湖へと飛び込んだ。

 だってもう少し反復練習したかったし。

 まさかこの後本当に偶々、偶然だったけど、くるみの悪行を隠蔽する出来事が起きたのには驚いたけど……。

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