ねえさんと風呂に入る。そしてエルフ生の開幕

「あ、ね、ねーたん。ひとりでもー!」


「ダメ。危ないから」


 籠る湯気が木製の壁に貼りつき、水滴を生み出しては落ちていく。

 おれはねえさんの手のひらから溢れだしたお湯を被る。

 ねえさんはおれの頭に指を這わせると、わしゃわしゃと泡を膨らませていく。

 気持ちいい。

 髪の毛一本一本を労わる繊細なタッチ。

 抗いがたい快楽が頭部から送られてきて、思わずおれは身体を小刻みに震わせていた。

 そう、今おれがいる場所は風呂場だ。

 木製の風呂から流れる独特なにおいは、日本と違う雰囲気を駆り立てる。


「ライカの洗い方は荒すぎるんだから。もっと髪は大切に、ね?」


「でもー」


「でもじゃないよ。言ってくれたら洗ってあげるから。頼って」


 そうは言うけどねえさん。

 振り向けばねえさんのロリ裸体がすぐそばにあるわけで。

 本音を言いますと、未だ成長途上、主張控えめなおわん型のマシュマロが二つぴったりとおれの背中に当たっているんですよね。

 漫画じゃなく、現実の! 

 それもどこの動画を探してもとんと見つからない中学生体形の!

 お腹とかもちょっと背中を倒せば当たる距離。

 正しく触れるか触れないかの瀬戸際焦らしプレイみたいなもんで。

 これが全部密着した日にゃ彼女いない歴=のおれが耐えられるはずもなくてですね?

 せっかく矯正した口調がまたも戻ってしまっている状態なんですわ。

 おれ、未だに自分の身体にも慣れていないんですぜ。

 意識がはっきりとしたのは3歳、つい最近なわけだから。

 ……恥ずかしい。それに罪悪感も……。

 だってねえさんの体系、おれの性癖にガチドストライクなんだもん!


「顔赤いよ? のぼせちゃった? 出る?」


「だーじょーぶ。ちょっと、なんてもなーよ」


「ふふっ、ライカってばかーわい! 無理はしないでね」


 ねえさんがぎゅっとおれを抱きしめてくる。

 止めて! 

 リアルロリママ幼児プレイがいくらおれ特でもこれは流石に恥ずかしいから!

 ひとりで入れるようになりたいのに、お湯を出すのも魔法頼みなので無理っていう……。

 いくら百合好きでも男としての本能はきちんと持ち合わせているのがなぁ。


「だいどぅでと、だいどぅでと、だいどぅでと。だいどぅでろ、だいどぅれろ、だいるれろ。だりるれろ、らりるれろォ! らりるれろォッ!!」


「無理しなくてもいいのに」


「逆の立ちあで考えたら分かるよ。……立場ね」


 もう! いい加減何とかならないかこれ!

 恥ずかしいったらありゃしない!


「それじゃあ次は身体ね?」


「そっちは自分でやる!」


 頭から今度はおれの身体に手を伸ばそうとするねえさん。

 それだけはどうしても死守せねばとおれはねえさんの手を遮り自分で洗う。

 流石のおれも3歳児の身体には興奮しない。

 成長したら分からないけどさ!


「大人ぶってかわいーねー」


「いや、ねーたん、ねえさんも子どもっすよね?」


「おねーたん呼びでも良いんだよ?」


 ……もう、何も言えないですはい。

 おれは前をねえさんに背中を洗ってもらい、何もなかったと身を翻して浴槽へ足を伸ばした。

 身を包むお湯の気持ちよさにひとつ息を漏らし、何気なく宙を浮かぶライトの光球を見上げては想起する。

 

 ヴァイキングについて。

 戦士について。

 エルフとは違う、自分の身体の成長速度について。

 そして、これからの自分について。


 何だろう。地味に楽しみな気持ちだ。

 それからねーたん、おれを引き寄せないでください! 

 身体がぴったりと密着しているから! 吸い付いてくるからぁ!

 お腹が! お胸がぁ!

 

 まったく心の休まらない風呂場から出て、自室に戻り、言葉の矯正を施した後、おれは何が起こるのか、ワクワクに胸を馳せていた。

 ようやくおれの夢を現実にする冒険が始まる! 

 ねえさんに守られるだけじゃない。おれはねえさんを守る実力をつける!

 そしてこの手で百合の楽園を作り上げるんだ!


 ……なんて、有頂天になっていたおれは一気に現実へと突き落とされました。


 朝から晩まで書物を読みふけり、物は実践だと偶然森で見つけた湖に潜ってみたりもした。

 何度か溺れかけてねえさんに心配された。

 適性能力とは、書物に出てきたスキルとは何なのか、村のみんなに聞こうとした。

 その結果、マジな顔で全員から首を横に振られた。

 魔法と研究に特化し過ぎである、この種族。

 転生したとはいえ性分が簡単に変わるはずもなく、途中何度も面倒くさくなって投げだしたこともあった。

 努力とか面倒くさくて、手っ取り早く強くなりたかった。

 そんなおれをねえさん曰はく、優生学的に生き残れないタイプって揶揄していたっけ。

 ……優生学って何?

 それでも、コツコツとだけどおれは必死に頑張り続けた。

 その頑張りが実を結んだのだろうか。

 おれは自分にとっての転機を迎えていた。


  *  *  *


 真水の冷たさが身体に浸み込んでくる。

 身体をそのまま任せてみれば、なんとなく一体化しているようにも感じる。

 沈んでいく。

 ゆったりと水底へ沈んでいく。

 気分はそう、深海へと落ちていく船の気分だ。

 瞼を開いてみれば、遠くに歪んだ真っ白な陽炎が浮かんでいた。

 沈む。沈む。沈む。

 光が離れていく。

 息も苦しい。

 おれは身体を起き上がらせると、足をばたつかせ、天上の水面を目指して浮上する。


「ふはっ!」


 濡れた髪が肌に貼りついてくる。

 おれは顔に貼りついた水パックを手で弾くと、空気を求めて鼻で呼吸をする。

 寒々としていた水の感触は、身体が慣れたのか温かく感じられた。

 ゆるり流れる温かな風。

 おれは湖の前に立ち、こちらを見下げてくる人物へ視線をやった。


「闘気を感じ取れたのに賭けるでござる」


「人で勝手に賭け事をするの止めてもらっていいですかね」


 おれは湖の水をお供にしながら地面に足を掛ける。

 ぐぐぐっと背中と腕を伸ばし上げ、ちらっとエルフ族ではない者に目をやる。


「で、どうでござる?」


「感じ取れた。だからって報酬は無いけどな」


「ヴァイキング適正なのにロマンがないでござるね。こういうのはハラハラ感を味わえられればそれでいいのでござる」


 負けても何も失わない時点でハラハラ感もクソもない。

 気持ちだけは分からんでもないけど。ゲームも賭け事の連続だし。

 面白そうに口を引き延ばしているのは1匹の侍。

 小さく凛とした黒と青のオッドアイと、頭の傘から伸びた2つのうさ耳が特徴的なうさみみ族の文月ふみつきくるみだ。

 クラスは見た目通り戦士とサムライである。

 現在おれは11歳になっていた。

 書物の虫になってから本当8年間、おれはこのくるみに戦士としてのスキルを教えてもらっていた。

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