ワタツミとヴァイキング


 蔵の扉を開けた先、そこでは物品が暗い光を放っているのではないかと錯覚しそうなほど暗闇が侵食していた。

 考えてなかった。

 ここ電気なんかあるはずないやん。

 おれは暗闇の中で必死に慣れろ、慣れろと意思を込めて眼力を入れる。


「ライカ!」


 するとパッと電球ほどの光球が出現し、部屋全体を照らし出す。

 ライト?

 誰が?

 なんて思うこともなく、おれは部屋を明るくしてくれた本人に目を向ける。


「今日はよく一緒になるね、ねえさん」


「戻るよ」


 少し語気を強めて言い放ったねえさんは、強引におれの手首を掴み、家へ連れ戻そうと引っ張ってくる。

 少し自分の足で動いたりしたほうが良いと思う。

 筋トレしている3歳に力負けする130歳ってどうなの。

 おれが少し力を込めて蔵の方に進むと、ねえさんの手は簡単に外れていった。

 飛翔魔法を使ってもなおおれに敵わなかったねえさんは、観念した様子で蔵に入っていく。


「早く出たい。ここは、あの時を思い出す」


「あの時?」


「……覚えていないなら、それでいい」


 意味ありげに呟いたねえさんは酷く悲しげな表情をしていて。

 恐らくはとうさんの言っていた事件のことなのだろうと、なんとなく察した。

 ねえさんは少しの間目を閉じて、気を取り直すかのように聞いてくる。


「何を探しているの?」


「海関係。あーっと、水についてとかあったら教えて」


「……今度からはちゃんと明るい内に探して」


 返す言葉もございません。

 けど、気分ってのは大事だから。

 ねえさんはおれの頭をいつも通りに撫でると、蔵の物品を手に取り始める。

 といってもおれの場合、上の段には手が届かない。

 3歳だからね。

 結局ねえさんの手を借りるしかないっていうのがなんだかなぁ……。


「……【海龍神霊ボルテクス激流ウィング】……これは関係ありそう?」


 ねえさんは何か木箱を棚から引っ張り出し、おれに渡してくる。

 鼻の中に埃が入ってムズムズするのを感じる。

 それでもおれは手で木箱の埃を払い、じっくりと調べる。

 ……なんか妙にカッコいい言葉を繋げまくった名前みたいだな、おい。

 海龍で神霊でその激流って。

 まるでおれと同じ、エルフの幼女で戦士で海の者みたいな。

 もう既にうさん臭さ全開で開けてみると、木箱には何やら白い五芒星が。

 この独特な五芒星……妙にアニメとかで見たことがあるような。

 ついでねえさんは何か、江戸時代にありそうな古書を手に取った。

 ……相変わらずの速読。


「これ……」


 ねえさんが少し驚いたような声を出した。

 何か見つかったのだろうか?

 おれはねえさんの後ろから書物を覗き見る。

 これは……家系図か?

 ずらりと先祖の名前が綴られている。

 左に行くほど時代が近くなっていく。

 これってこの家系の祖先で良いんだよな?

 なんかおかしくないか?

 エルフがずらっと並んでいるのにひとりだけ。

 おれはねえさんの視線を追っていくと、ある文字が目に入った。


「ローレライ……?」


 先祖の中に種族名、ローレライとなっている者がいる。

 今まで聞きなれなかった言葉に、おれは首を傾げた。

 その疑問は秒でねえさんが解消してくれる。


「水妖精、一般的には人魚に近い種族だよ。かつてアクアリーダっていう水の神が創りあげたってされていて、エルフと同じように寿命が長い。水陸両用の者も存在しているね」


「そういえばゴブリンの時も……。違う妖精同士で子どもって作れるの?」


「こどッ――! えっ、そのあの、……分かんない。で、でも木と火、火と土、水と木は相性が良い。ちなみにゴブリンとエルフは相性悪いよ」


 一瞬だけ頬を赤らめる可愛いねえさんだけど、すぐに持ち直していた。

 いつも夜、両親の部屋がうるさいもんね。

 何100年後くらいに下の子ができてそう……。

 流石、おれを産んだ二人……ってその話は置いといて。

 めっちゃ気になる部分があった。

 エルフって火を嫌っているよな。

 五属性ある魔法で唯一使われないくらいに。

 本当に相性良いのか?

 それとも、森で使うのは危ないってだけで嫌いってわけじゃないのか?

 ……けどエルフに転生してから一度として火を見たことが無いような。


「ライカ、おめめを良く見せて」


 ねえさんはそう言うと、おれの目元を挟み込むように手を当てた。

 上下に固定してじっと見つめてくる。

 潤いのあるねえさんの瞳。

 突きがいのありそうな頬。

 かなり近い……。

 家族とはいえ前世が彼女いない歴=だったおれに、これはちょっと刺激が強すぎますと言いますか。


「ちゃんと目を合わせて」


 はい。

 何か診察でもしているのかってくらい、真剣な顔つきでねえさんはおれの目を覗き見る。

 ねえさんの口から漏れ出る微熱な息がおれの唇に当たる。

 互いに互いの目を合わせる。

 やばい。

 あいてはねえさんなのに、なのに頬が熱い。

 ただでさえじっと見なくても破壊力強いのに……。


 ねえさん、本当に美しいよなぁ。


 本当に血が繋がっているのか疑ってしまうほどに。


「ねーたん」


 やばっ、つい舌足らずな口調に!

 せっかく矯正したのにと、おれは両手で自分の口をふさぐ。

 むにゅと、ねえさんはやがて両手をおれの両頬に這わせた。

 伸ばしたり力を込めたりと、餅を扱うかのように割と自由に弄んでくる。


「うん、やっぱりライカはエルフらしくないね」


「どおがー?」


「顔が可愛い」


 はいっ!? 今なんと? 一瞬マジで胸がずきゅんとしたんですけど! 

 ねえさん、そういうのはあまり真面目な顔で――


「それから変なことを言い出したり、火を使うのにためらいがない。後は成長速度もエルフと違って少し早め。適性クラスも良く分かんない奴だった。あと矯正も早かったし」


「おとうのはやーい」


 けど、心当たりがないわけじゃない。

 エルフってみんな美形が多いんだ。

 可愛いって意味じゃなくて、美しいとか綺麗系の方。

 対して、自分の顔は確かに違う。

 萌え系なんだよ。自分で言うのもなんだけど。

 成長したら変わるのかもしれないけど、なんかそう言った感じじゃない。

 おれは疑問のままに人差し指を立てる。


「じゃあねーたんとちがーってこと?」


「違う! それは違うよ! エルフであっていると思う」


 ねえさんは慌てる様にそう言うと、おれの耳を擦ってくる。

 耳から与えられる刺激が脳に伝わっていく。

 さらに全身へと駆け巡り、おれは思わず「ひゅい!」と上ずった声を出してしまった。

 やばい。

 ものすっごくくすぐったい!

 脇腹を擽られるのとは非じゃないくらいに!

 学者らしい顔つきとなったねえさんは気にせず、おれの耳を触り続けてくる。


「ハーフエルフならもう半分ほど耳が短いはず。青い瞳はローレライの特徴。でも、足は二本だし。それにこの反応……」


「ん、ねーたん、もう、しょろしょろ!」


「……ごめんね」


 ねえさんは手を止めて、おれの頭を撫でてくれた。

 マジでくすぐったかった。

 エルフの耳って人に触られると、ここまで敏感なんだな。

 しっかし色々分かったことが増えてきたな。

 エルフ同士で生まれたはずのおれが、なんで戦士でヴァイキングなのか。

 なんで目の色が群青色なのか。

 体の特徴もなんで他のエルフとは少し違うのか。


 これはあれだ。

 いわゆる先祖返りって奴かもしれない。

 ゲームでよくある滅茶苦茶強い魔物に与えられる奴。

 そうか先祖返りか。

 まさか水妖精が混じっているなんて思ってもみなかったな。


 さしずめおれは、ウォーターエルフってとこだな。

 魔法を一切使えないのは残念で仕方ないけど。

 同じ妖精なら得意だと思うんだけどなぁ……。

 おれは自分の喉に手を付ける。


「あー、しゃしぃしゅしぇしょ、しゃしぃしゅしぇしょ、しゃしぃしゅしぇしょ。しゃしぃしゅしぇそ、しゃしぃしゅせそ、しゃしぃすせそ。しゃしすせそ、さしすせそ、さしすせそ」


 矯正完了。

 ねえさんはさらにタイトルにワタツミと書かれた書物を見つけて来ては、パラパラとめくる……。

 ――ってワタツミ!?


「それ見せてねえさん!」


 地獄に仏だとおれはねえさんに飛びついた。

 ねえさんはそんなおれに、不思議そうな顔つきで戸惑いながらも渡してくれた。

 確かにこの書物、表紙にワタツミって書かれている。

 ワタツミって海の神だったよな。

 ということはヴァイキングについて何か載っているかもしれない!

 おれが斜め読みを始めてから15分ほど、ようやくヴァイキングの文字を発見する!

 込み上がる喜びを抑えきれず、おれは跳びあがる。

 まさか本当に発見できるなんて! そうと決まれば善は急げだ!

 これでようやく! ヴァイキングについて調べられる!

 ……けど、表紙以外では見かけなかったな。

 たまたま名前が被っただけとか?

 既にアクアリーダって水の神がいるらしいし。

 海とはまた別な感じ?

 にしても日本の神の名前が出てくるか? 普通。

 ……新たに謎が出てきたな。

 ともあれだ。


「ありがとうねえさん!」


 おれは満面の笑みでねえさんにお礼を告げる。

 ねえさんがいなければ、絶対に見つからなかったのだから!

 ねえさん様様だ!


「うん。……良かったね。けど、今度からは明るいときだけだよ?」


 ねえさんはニコリと微笑んでくれた。

 やっとここから出られるといった安心感があったのだろうか。

 それともおれが喜んでいるのを、素直に祝福してくれたのだろうか。

 分からない。

 分からないけど、あの時、一瞬だけ見せたねえさんの瞳は、深淵を覗くかのように黒く、悔いるかのように涙ぐんでいた。

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