魔法種族エルフ。完全に外れたおれ


 適性能力が戦士で海賊と言い渡されてから1か月経った頃、おれはすっかりショックから立ち直っていた。

 いやぁ、考えてみたらこれって結構幸運なことなのでは? とかつい思ってしまうくらいには。

 だって自分の適性能力を神が直々に信託という形で教えてくれるんだぞ。

 しかも3歳という、人生、いやエルフ生が始まる序盤も序盤から。

 これってさ、めっちゃ幸運じゃない?

 最初から自分の得意なことが分かるって、めっちゃ幸運じゃない?

 日本に居た頃、自分の得意分野なんてまるで分からなかったのに。

 趣味と得意は違う。遠回りすることを無駄だと断じる訳じゃない。

 あくまで過程が変わっただけだ。

 ……そう思わなければやってられないわ。


 おれはエルフ族の装束、男子用の服に袖を通す。

 するとツルツルに表面を研磨された姿見鏡大の白い大理石に映る幼女エルフも同じ行動を取る。

 服を纏ったおれは鏡の前でふんわりと笑みを作る。

 雰囲気を一言でいえば、あどけなさが入り混じる元気なワンコ系ってところか。

 地底湖のように怪しさを内包した群青色の瞳。正しく海神の如き神秘を讃えていた。

 魅力的なお腹を目指すために意識した健康的な肌は、当社比でツクヨミに負けず劣らずな輝きを放っていた。

 若葉色の髪は首元近くで短く切り揃えられている。

 エルフだけあって端麗に整った顔立ちは、さながら可愛らしさをとことん詰め込んだ人形だ。


 これで中身が毎日オカズを探すのに性を出す男子高校生だとは誰も気づかまいと、おれは愛嬌ある造形はいとも容易くぶち壊した。

 転生してからそういう行為は一切していないけど。

 幼女の身体だと罪悪感が凄まじいし、そもまだ3ちゃいだし。


 今日も完璧、おれは最後に短パンのゴムを弾いて出かける準備を整える。


 おれは衣服の着用を終えた後、ひとつあくびを溢すと共にリビングへ顔を出した。

 転生後のかあさんととうさんが食卓を囲んでいた。

 ねえさんは……いないみたい。


「おはぁ……」


「ご飯できているよ」


 おれはあくび混じりに挨拶をすると共に、朝食の並んだ食卓についた。

 そうして今日もまた、おれの1日が始まる。


  *  *  *


「それじゃ行ってくる!」


 おれはノートを小脇に抱える。図書館に行く旨を伝えてから、家を飛び出した。

 おれ達エルフが住んでいるのは森の木々に囲まれた小さな村だ。


「フンフンフフー」


 おれは転生前好きだった、下ネタを芸風に活動していた芸人、どうしようもない男と貞操理念崩壊男の曲を鼻歌に、エルフの村を見渡していた。

 平和という言葉をすごく実感できる長閑な村だ。

 森の木々を加工して作られたログハウス。

 女性エルフたちが手を掲げれば、畑の土が自然と盛り上がり耕されていく。

 男性エルフたちは木から木へと空中浮遊を繰り返し、外から侵入者や魔物が入ってこないよう見回りをしている。


 もはや見慣れた光景を横目でさらっと流しつつ、なんで魔力持ってねぇんだろうなぁと、おれはひとり達観していた。

 おはようからお休み、料理に果てはトイレまで。すべてに魔法を扱うからなこの種族。

 エルフ族全体の美貌も合わさりマジで偶像アイドルだよ。


「危ないよ」


 おれは背後から優しく両肩を掴まれ呼び止められる。

 首だけ後ろに向けてみれば、そこにあったのは緑の壁、もとい緑の服に身を隠したお腹。

 見上げてみれば、おれを見抜く凛としたレモン色の瞳があった。

 おれを掴んだ人物は探るように辺りを見回したのち、ひとつ頷いてしゃがみこむ。


「帰ろっ?」


 一文字に引き絞った口を開き、短い言葉をぶつけてくるのはレイラねえさん。

 おれの現、実姉だ。

 中学生くらいに見える幼い外見なのだが今年で130歳である。

 ミントみたいに清涼感のある爽やかな香りがする。

 いつもは和やかに微笑んでくれるねえさんなのだが、今おれに向けている目はまるで違った。

 眉を丸め困り気味の表情で、おれの手首を掴んで家に引き摺り戻そうとしてくる。

 そんなねえさんの手首をおれは、


「痛っ」


 小さく握り返して無理やりに外した。

 こればかりは通る必要があるからね。

 自分の手首を抑えて、少し悲し気な目を向けるねえさん。

 おれは安心させる名目を込めて乾いた笑みを浮かべる。


「ちょっと勉強しに図書館行くだけだから」


「ダメ、意味ないよ」


 意味ない、ね。

 正直言いえて妙なんだよね、おれの場合。

 何も適性クラスってあくまで適正なだけだし。

 けどそれって、必要なものをある程度持っている場合に限るからなぁ。

 魔力無しのおれは、どれだけ書物を読んだところで魔法を扱えない。


 魔法の訓練中だったのだろう、ねえさんは額に汗を浮かべていた。

 それでもおれの前だからだろうか。

 疲れなど微塵も感じさせない柔らかな笑みを浮かべ、あやす様におれの頭を撫でてくれる。


「わたしが守るから」


 そのセリフ、できればおれが言いたかったなぁ……。

 同時になんでおれは魔力を持っていないのかと、悔しい思いで強くこぶしを握り締めた。

 嫌だ。ねえさんに守られ続けられるのは。

 純粋に元男として。

 だからこそおれは自分のクラス、戦士とヴァイキングにもっと向き合わないといけないんだ。

 おれは踵を返して図書館を目的地に走っていく。


「待って、わたしも」


 どうあってもおれから目を放したくないのだろう。

 遠くで同じく魔法の練習に精を出していた同年代の女の子、ツバキとコスモスに、ねえさんは一言断っていた。

 ツバキは吊り上がった目が特徴的なキツイ印象を持つ子で、コスモスは猫のようにゆったりとした雰囲気が特徴的な子だ。

 ツバキは若干呆れた様子でため息をついて、コスモスは気だるげな表情で弱々しく手を振り、ねえさんを見送っていた。


  *  *  * 


 全力ダッシュしているおれの隣を、ねえさんが何食わぬ顔でぷかぷか浮きながら追跡してくる件について。

 移動にも魔法を使うんだからそりゃ身体も弱くなるよねって話。

 その足は何のためについているのか。


 おれとねえさんは受付にいる司書さんに一言告げて図書館に足を踏み入れる。

 そうして目の前に広がっていたのはファンタジーとしか片付けることのできない光景であった。

 壁いっぱいに敷き詰められた棚、棚、棚。

 頭上を見れば、物理法則を無視して空中にも棚が浮遊している。

 おまけにどの棚も例外なく、所狭しと紙束が敷き詰められており、タグが無ければ何が書いてあるのかさっぱり分からないといった状態である。

 中央には机と椅子が配置された読書スペース。

 静かな環境といい、王国の大図書館といった雰囲気を醸し出していた。

 図書館とは名ばかりで、どっちかと言えば資料室なんだけどね。


 普通のエルフであれば、魔法で自分の求める資料を引っ張るか、本棚の前まで浮遊するのだが……、魔力の無いおれにそんな芸当はできない。

 一冊ずつ踏み台イスを使って取らなきゃいけない。

 おまけに頭上を浮遊する本棚には使ったところで絶対に手が届かないと来ている。

 ほんと欠陥構築にもほどがあるわ。

 ……いや、欠陥があるのはおれの方か。

 当たり前のようにおれの隣に立ち、手を繋いでくれるねえさんが、怪訝な顔つきで尋ねてくる。


「魔導書?」


「いや……まぁ、今日は伝承とか英雄日記とかだな」


「いつもは種族の資料なのに? 女の子のみだけど」


 ファイ!?

 ナンデキヅカレテンノ?

 おれは心臓が口から飛び出そうになる気分だった。

 だけど「そーたっけ?」と何とか口に出してとぼけて見せるおれ。

 その目はおもっきし余所を向いてしまっていた。

 おまけに現在齢3ちゃいのせいか、動揺した時舌足らずになる口調がもろ出ていた。


 多分ねえさんが言っているのは、おれが他種族の女の子ってどんな見た目なんだろって調べていた時のことだろう。

 簡単な理由である。


 百合を視たいっていってもさ、エルフだけってのは物足りないじゃん。

 ねえさん、コスモス、ツバキが一緒に遊んでいる光景は目の保養になるけど。

 けどさ、せっかく異世界なのに多種族の色んな女の子が一様に集まり、いちゃついているのを眺めないのは勿体ない。

 もう文化も価値観もまるで違う可愛い女の子がいちゃラブしているとか最&高以外のなにものでもないじゃん。

 あっでもやっぱり胸は小さくて慎ましやかな発展途上が究極――


「ふーん……」


 正しく氷のような声が、おれの脊髄を撫でる。

 声の主であるねえさんは、おれの頭を掴み目線を合わせてくる。

 ジトーという音が聞こえそうなほど凝視して。

 ……まずい、勘ぐられたか?

 おれはどう言い訳を取り繕うかとあれこれ思案する。

 結果、おれが出した結論は沈黙だった。

 口からはどうせ災いしか出てこないから。

 ねえさんはどう来るだろうかと、おれは今か今かと答えを待った。


「身体の構造を学ぶのは良いことだもんね」


 ……セーフ!

 おれは心の中で野球のセーフポーズを取っていた。

 そうなんですよ。

 身体の構造を調べるのは非常にいいことなんですよ。ええ。

 そんなことも露知らずか、ねえさんはやっぱりこんなことを言ってくる。


「神聖なエルフと森を守るために、侵入者の弱点は知っておかないと。勉強熱心でえらいね」


 神聖……か……。

 ごめんよねえさん。

 一番穢れているのはおれなんだ。


「でもライカじゃ――」


 いつも通り、否定的なねえさんの言葉を流しつつ、おれは神話や伝承、伝記や英雄譚の書物が並ぶコーナーへと足を運ぶ。

 そしてねえさんはといえば、おれと同じ方向へと出向いてくる。


「……まどーしょはいーの?」


「危ないから」


 ねえさんはさも当然といった様子で、おれよりも遥かに高い本棚をチラ見する。

 本棚の高さは大体3メートルくらいだろうか。

 浮いているのも合わせて大体10メートルほど。

 対しておれは85センチ。

 うん……、せやな。

 むしろ3歳児を何の気兼ねなく外へ出させてくれる両親の方がおかしいよね。

 納得したおれはねえさんに、「見える範囲にいるから」と笑いかけ、それから探し物を始めた。


 とはいえ、参考になる文研はほとんどない。

 大抵の資料が森という限定的な範囲内で完結してしまっているからだ。

 しかもおれの場合、魔法や精霊について調べたところで何の役にも立たない。

 名のある魔物を討伐したとか、神の力を宿す【祭具】を授かったみたいな自慢話から、【なぜ獣人は種族全体を通して理想的な進化を遂げたのに、わざわざ不完全な人型を得たのか】、【魔力を身体にとって有益な栄養素へ転換した時、生きてゆく際に必要となる分のエネルギーを賄えるのか? ~不老不死へと繋がる無限機構の考察第1章~】みたいな眠くなりそうな話なんてもってのほかだ。

 一度ねえさんになんか本を進められたことあったけど難しすぎてもう覚えてないわ。

 起こしてくれなかったら、多分いつまでもずっと寝ていたと思う。


 よって、狙うはここに住む前のエルフたちが書き残していった資料、文献である。

 外からやってきた直後であれば、戦士やヴァイキングについて何か載っていてもおかしくない。

 そうでなくとも、戦士は魔法使いに並び立つくらい有名で適正を持つ者が多いクラス。

 少なくとも戦士についてだけは何か載っていて欲しいものだ。


「よーい、やうー!」


 おれは身体に染み込ませるように言葉を紡ぐ。

 ……舌足らずも矯正しとかないと。

 おれは、どこに目当ての本が埋まっているか分からない、書物の海へと飛び込んだ。

 そうして探し物を始めてから1時間くらい経っただろうか。

 おれはまだ、このエルフという魔法種族を甘く見ていた事実を知る……。

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