14
「君はこれまでの人生の中で、何度虹を見たか、覚えているかな?」
「そんなのわからないわ」
「ほほう。では君は虹を意識して見たことなんて、一度もないんだね」
「そんなことないわ。綺麗だなぁって思ったりするし。けど……意識したってすぐに忘れるわよ。それに虹を見た回数なんて、そんなのいちいち数えてるわけないし……」
「そうか。それは残念なことだ。君は虹を見て綺麗だなとは思うけど、何回見たのかは覚えていない。すぐに忘れてしまうということなんだね。なるほど、しかしそれは……」
「それは?」
「それは、自分の幸運を忘れるということなんだよ」
「どういうこと?」
「虹は幸運の象徴だとされているのではないかな?」
「よくはわからないけど、虹を見たら、なんかラッキーな感じはするわ」
「いいかい。美しいものを見るということは、そもそもそれ自体が幸運であるということなんだ。本当の美しさというものにはなかなかお目にかかることができない。つまり、美しさというものは、実はとても貴重なものなんだよ。そんな貴重なものを見たら君はどう思う?」
「わー綺麗!って思う」
「それだけ?」
「……それだけって、どういうこと?」
「綺麗って思うだけかい?」
「……いってる意味がよくわからないけど」
「綺麗なものは、自分のものにしたくならないか?」
「……それはそうね、でも虹って自分のものにはならないでしょ」
「その通り。虹は自然現象であって、モノではない。だから自分のモノにはならない」
「でしょ?」
「けれども、虹を見たということ自体は残る」
「?」
「自分の目で虹を見たという経験は残る」
「うーん、そうね。なんか難しくてわからないけど」
「綺麗なものを見るというのは幸運だ。ということは、君は虹を見ることで幸運を得たんだ」
「えー、でも、虹を見たからって、私、なーんにもいいことなんてなかったけど」
「虹を見ること自体が幸運なのであって、虹を見たから何かいいことがあるというのは、ちょっと違う」
「んーちょっと何言ってるのかわかんない」
「こうは言える。幸運は積み重ねなんだ」
「積み重ね?」
「もちろん、虹を見たっていいことなんて何もないと思ったら、その通りになるのは間違いない。なぜならそう望んだからだ」
「どういうこと?」
「幸運とは、願望が叶うこと。じゃないかな?」
「……ねぇ、なぜさっきから、訳のわからない難しい話をしてるの?」
「それは私の顔に靄がかかって、君にはわからないからだよ。わからないからわかるように説明をしているんだ」
「自分の顔に靄がかかってるって、そんなことがどうしてわかるの?自分の顔は鏡で見ないとわからないじゃない」
「それは鋭い点に気づいたね」
「だってそうじゃない」
「君は私で、私は君だからだ。それ以外に説明しようがない」
「私、男じゃないわ」
「そうなのか?」
「え?だって私は女だもん。あなたは男でしょ?」
「そうなのか?」
「そうでしょ?だってあなたはおじさんみたいな体型だし、言葉だって男の人みたいな感じだし」
「私の顔がわからないのに、私を男性だと判断した理由はそれだけなのか?」
「じゃああなたは女なの?」
「君はどう思う?」
「男の人だと思う」
「一つ言えるのは、もし仮に僕が男だとするなら、君は女だということだね」
「当たり前よ。私は女だし」
「そうかもしれない。なぜなら、僕らは虹からお互いに落下して、今いる地面は硬いからね。硬い地面から僕がジェントルマンのように君を守らなかったら、君は死んでいたかもしれないのだ」
「え?私たちって虹から落っこちたの?」
「あれをご覧」
「あ、あんな遠くに虹の橋が!」
「かなり遠くだね」
「あんなところから私たちは落っこちたのね」
「しかし、そのおかげで虹をこうして見ることができる。ここから見える虹はどんな感じかな?」
「すごく綺麗!」
「それはよかった。君は幸運だ」
「そうなの?」
「そうだ」
「んーじゃあ、さっきあなたは幸運を覚えておけばいいって言ったから、私思いついた。写真に撮っとけばいいんじゃない?だって、そうしたら忘れないでしょ?」
「いや、その必要はない」
「え、どうして?」
「君の心がちゃんと覚えているからさ」
「だって、さっきの話だと、虹を見たことを覚えておいた方がいいってことじゃなかった?」
「そうか。では、こうしよう。印象深いものだけを記録すればいい」
「それでいいの?」
「全部の虹を覚えておくことは大変だからね」
「そうね。じゃあ私、今見てるあの虹は写真に撮りたい!」
「カメラは?」
「……持ってない」
「それはいけないね。それだと記録できないではないか」
「ねぇ、あなたはカメラを持ってないの?」
「私は持ってないが」
「持ってないの?」
「持ってないが……しかし、私の顔にある大きな穴ぼこの奥底には、今我々の見ている虹が記録されているはずだ」
「えー」
「覗いてご覧」
「うーん。なーんにも見えない。真っ暗よ」
「そうか。そうなんだ。わかったぞ。やはり私の顔がないことが原因なのだ。私の顔がないから、君は虹も私も認識できないのだ」
「なんだかよくわからないけど、あなたの目の部分はわかるわ」
「それは目ではない」
「え?目じゃないの?」
「目ではない」
「じゃあなんなの?」
「なんでもない。穴ぼこはただの穴ぼこでしかないのだ」
「そうなの?」
「君は私の顔を見つけなければならない。そのためには虹を見なくては」
「なんか、あなたって、いつもいつも、訳のわからないことしか言ってくれないのね」
「いや、君にはもうわかっているはずだ。その証拠に君は今、何歳かな?」
「十五歳よ」
「ということは……」
「高校生よ、早生まれなの!」
「ならば、もうわかるはずだ。なにしろ高校生なのだから」
「けど、十五歳でもわからないものはわからないわ」
「そうか。それはなんとも残念だ。ならば私は君を教え導く義務があるということだね。そしてそれは成功した」
「?」
「君はもう理解している。だからこそあの虹から落っこちたんだ」
「あの虹は渡らないといけないんじゃないの?」
「渡ることはできるが、時間がかかるとも言った」
「じゃあ渡らなくてもいいの?」
「それは君の自由」
「そうなの?だけど、私はいつも虹から落っこちてばかり。結局、最後には虹から落っこちるのよ……」
「そうか。君は何度も虹から落っこちたんだね」
「ええ、何度も……」
「そうか」
「ねぇ、私、これからどうしたらいいの?」
「君は何か悩み事があるのか?」
「そうよ。悩んでるの。で、あなたは私を教え導く義務があるんでしょ?なら教えて!私はどうしたらいいの?」
「なるほど。これはさぞかし難しい悩み事のようだね」
「ええ、ホントに悩んでるの」
「そうか。悩んでいるのか」
「すっごく悩んでる。私、どうしたらいいの?」
「なるほど。理解した。君は十五歳で悩んでいる。私には顔がない。この二つを解決しなければならないのだね」
「あなたの顔のことは私にはわからないけど、私の悩みは私にはわかるわ」
「私にも君の悩みはわかるよ」
「え、わかるの?」
「もちろんだとも。そして解決方法も知っている」
「本当?」
「嘘は言わない」
「じゃあ教えて」
「知りたいかい?」
「もちろんよ」
「そうか。では教えよう。この道を一直線に進めばいいんだよ」
「?」
「かなり遠回りするかもしれないけど、確実に私の顔と出会うのは間違いないからね」
「?」
「私の顔と出会った時、私は君とは会えなくなるけど、その代わりに、君は私と出会うだろう」
「?」
「出会いは幸運だ。たとえ私の顔はわからなくても、私と会ったら、すぐに私だとわかるだろう。その時には、よーく私の顔を見るんだよ。それが私だ」
「わからないけどわかったような……」
「覚えておくんだよ。いつ会えるのか、それは私にもわからない。しかし、この道を一直線に進めばいいんだよ。かなり遠回りするかもしれないけど、確実に私の顔と出会うのは間違いないからね。その時には今見た虹を思い出すんだ。そうさ、君は必ず虹を見ることになる」
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