第7話

 向かいには菊田さんが座っている。

 このファミレスに入ってから一言も交わしていない。

 沈黙に耐えられなくなり、口を開いた。

「菊田さん、悩みって何?」

 今日急に、悩みがあるから聞いてほしいと言われたのだった。

 菊田さんは答えた。

「今日、柴沢くんに、気遣ってるねって言われちゃった。ショックだった」

 菊田さんは続けた。

「たったそれだけのことだけど、それで気づいちゃったんだ。自分を偽ってたことに。私、無理してまで今の地位を守りたいのかな?」

「でも、菊田さんはこれまで頑張ってきた訳だし……。ここで諦めたら、何というか、少しもったいない気がするけど」

 そうは言ったが、菊田さんはもう心を決めているだろう。

 菊田さんは言った。

「頑張ったところで、今の地位を守ったところで、もう今まで通り学校を楽しめる気がしない」

 菊田さんはひどくネガティブだ。

 疑念は確信に変わった。菊田さんは気さくで明るい自分を演じることに疲れたのだろう。

 彼女はただ、もう無理だから諦めろと言って欲しいのだろう。

 諦めるため、逃げるための言い訳が欲しいのだろう。

 だから俺を相談相手に選んだのだろう。俺はすでに諦めているから。というより、諦める段階にまで行ってもいないから。

「菊田さんはどうしたいの?」



 結が答えるのに少し時間がかかった。

「私、ずっと前から峰岸くんに憧れてたんだと思う」

 結は止まらない。

「本当は峰岸くんみたいに、自分を偽らずに、気楽に生きていたいって心のどこかで思ってた。でも、高一の最初の方にたくさん友達できちゃって、気づいたらクラスの中心メンバーになってて。一度それを味わっちゃったから、失いたくなかった。でも、もう疲れた。私、本当に自分の身をすり減らして、ぎりぎりの状態で高校生活を送ってたんだね」

 結の話が終わるのを待ってから言った。

「それが菊田さんの答え? なら、自分を偽るのやめちゃっていいんじゃない。自分に素直でいられれば、俺はそれでいいと思う」

 結の中で何かが吹っ切れたようだ。

「私って最低だね。峰岸くんに責任転嫁して。これで高校生活が楽しくなくなっても、峰岸くんがそう言ってたからって、誰かの所為にできるって喜んでる」

「俺は菊田さんを喜ばせることができて嬉しいよ。だって俺、菊田さんのこと好きだから」

 結は複雑な表情をして言った。

「本当は突然の告白に驚くべきなんだろうけど、分かっちゃってた。私、人の好意を利用して。最低だね」

 結の表情は真剣そのものになった。

「ねぇ。私たち、付き合おうよ」

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