第6話 ざまぁとお猫様

 

「ちょっと待てぇい!」



 王様の言葉を遮ったのは、やはりバカ……バ家のコーザだったニャ。



「勇者は勇者の剣を持つコーザ兄さんと――」

「――勇者の盾を持つイスゲの俺たち二人のはずだ!」

「なんでそんな怪しい装備のラカが勇者になるんだよ!」



 お前たちの言い分はもっともニャ。

 確かにこんな馬鹿みたいな装備をしたヤツを勇者と認めるのは抵抗があるニャ。

 吾輩も同じ気持ちニャ。


 しかし、悲しいけど、これ現実ニャのよね。



「それから俺は勇者としてレミリア姫とグフフな関係になるのだ!」

「そして僕はレミーちゃんときゃっきゃうふふをするんだからね!」



 それはラカが勇者である現実より非現実的ニャ。

 この二人は現実を直視できない夢と妄想の狭間はざまの国の住人になってしまったのニャ?



「貴様たちは本当にバ家の跡取りなのか?」

「バ家に伝わる伝承を知らぬのか?」

「もしや勇者をかたる偽物!?」

「衛兵、衛兵!」

「そ奴らを取り押さえよ!」


 謁見の間にガチムチむさい衛兵どもが押し寄せて、あっという間に二人を床にねじ伏せたニャ。


「き、貴様ら何をする!」

「僕らは正真正銘のバ家の跡取りだぞ!」


 喚き散らすコーザとイスゲに王座から王様が冷たい視線を向けてるニャ。


「バ家の者ならこの勇者装備を知らぬはずがあるまい!」

「然り、然り、このようなバカ装備、一度その話を聞けば忘れるはずもない」

「何だと!?」

「それじゃ僕らの剣と盾は……」

「勇者バ・バ・ジアントはそのようなまともな武具は身につけん!」


 コイツらには衝撃の真実ニャ。


「親父さんは息子のバカさに頭を悩ませて伝承を教える前にポックリ逝っちゃったニャ。コイツら何も知らないニャ」

「くっ!」

「お前はいったい何者なんだ!」


 ふっ、知りたいのかニャ?


「吾輩は勇者バ・バ・ジアントと共に旅をした猫妖精ケット・シーなのニャ」

「「何だと!?」」


「バ家に伝わる遺産とは吾輩なのニャ。吾輩がラカに勇者のズタ袋と魔法の長靴をあげたのニャ」

「では俺たちの剣と盾は?」


「ジアントの孫が箔付に吹聴したガラクタニャ」

「そんなバカな!?」

「バーカ、バーカ、バカなのニャ!」


 あっ、また本音が漏れたニャ。


「なんだコノヤロー!」

「落ち着いて兄さん。ロペが親父の遺産なら……」

「そうか! バ家の嫡男である俺のものだ!」


「そうさ、ラカの持つ勇者の装備も僕たちのモノだよ」

「さあラカ! その猫を俺たちに返せ!!」


 まったく、どこまでも自分勝手な奴らニャ。自由気まま、我がままはお猫様の専売特許なのニャ!


 我がままは愛らしいお猫様だから許されるのニャ。デカムサ男が我がままなのは憎々しいだけニャ!



「残念ニャが、それは不可能ニャ」

「なにッ!?」

「どうしてなんだ?」

「俺たちの方がラカより勇者に相応しいはずだ!」

「そう言う問題ではないニャ」



 やれやれ、このバカどもはなぁんにも分かっちゃいないニャ。



「お前たちは吾輩を家から放り出したニャ」

「むっ、だが、それは知らなかっただけで……」

「そうさ行き違いがあっただけだよ!」



 往生際の悪い奴らニャ。



「だからそんな問題じゃないニャ。吾輩がラカに渡った時点で、ラカと吾輩との間に盟友の契約が成立したニャ」

「なんだとぉぉぉお!」


「よって、お前たちは永遠に吾輩という最強プリチーなもふもふお猫様を失ったのニャ!」

「ウソだぁぁぁあ!!」


 嘘ニャ。


 盟友の契約なんてないニャ。ま、あってもなくてもお前たちの元へ戻るつもりはニャいニャ。



「だいたい、お前らはラカから吾輩以外の全ての遺産を奪って、家から追放したのニャ。その罰として勾留三日はくらってもおかしくないニャ。しかも吾輩という超絶可愛いお猫様を粗雑に扱った罪は万死に値するニャ。即断頭台ニャ!」

「僕は家を追い出されても三日の投獄で済むのに、ロペを粗略に扱っただけで死刑って!?」


 当たり前ニャ。お猫様の可愛さ100万ボルトニャ!

 ラカの代わりは幾らでもいるニャが、吾輩の代わりはいないのニャ!


「まあ死刑まではありませんが……」


 なぬッ!

 バカニャ!?

 何故死刑にならないニャ!?



「財産分与に不正がありそうです。ましてや勇者になられたラカ・バ殿に対して。一度調査する必要がありますな」

「うむ、法務大臣の提案を受け入れよう。その不届きな二名を取り調べよ。引っ立てい!」


 王様の命で衛兵たちがコーザとイスゲにお縄をかけてるニャ。


「離せぇぇぇえ!」

「何するんだお前ら!」



 奴らとは奴らが産まれた時からの長い付き合いだったニャが、これでもう会うことは二度とないだろうニャ。


「俺が勇者なんだぁぁぁぁぁあ!!」


 コーザも産まれた時はちっちゃくって可愛い赤子だったニャ。幼少期はヤンチャで近所のガキ大将だったニャ。将来の夢はご先祖様のような勇者になるって言ってたニャ。



「僕とレミーちゃんのイチャイチャらぶらぶサクセスストーリーがぁぁぁぁぁあ!!」


 どこまでも現実と妄想が区別できないイスゲも、産まれた時はこんなにブクブク太ってニャくて、ちっちゃい時はガリガリで、コーザの背後に隠れていた恥ずかしがり屋さんだったニャ。



 二人が連れて行かれる姿を見ていると思い浮かぶのは懐かしい記憶ばかりニャ――


「「俺(僕)は何にも悪くないぃぃぃぃぃい!!!」」


 ――だが、まったく寂しくないニャ。むしろ、清々したニャ。



「それでは勇者ラカ・バよ。そなたが真の勇者であることはもはや疑いの余地はない。これより出立し、悪の元凶である魔王を討伐してくるのだ!」

「はっ! このラカ・バ、まだ未熟な身ではございますが、もっともっと強くなり、必ずや魔王を討伐してみせましょう!」



 そのラカの力強い宣言に、王様が満足そうに頷いてるニャ。



「うむ、頼もしい限りだ。よし、見事に魔王を討伐した暁には娘のレミリアと婚姻を結んで公爵の位を授けよう!」

「宜しいのですかお父様!?」

「レミリアも満更でもなさそうだしな」

「まあ、お父様ったら」


 ワッハッハッと大笑する王様パパと両手で頬を覆って恥じらうレミリアむすめニャけど……いいのニャ?


 こんなイカれた装備を平気でしている少年を王家の親戚に入れても。



「これでラカ様が正真正銘、真の勇者です。どうか魔王を倒して無事お戻りください。その時は私と……」


 胸の前で祈るように両手を握りレミリアが潤んだ瞳盛った目つきラカ獲物を見てるニャ。だからどうして血まみれバットを握る危ない奴にお熱を上げられるのニャ?


 本格的に医者を呼んだ方がいいレベルニャ。


 それにしてもラカの奴は羨ましいニャ。こんな頭のおかしな装備で勇者と讃えられ、可愛いお姫様とヤレるんニャから。




「レミリア姫……お気持ちは大変に嬉しいのですが……」


 なんニャ?

 ラカが苦しそうな顔をしてるニャ。腹でも下したかニャ?


「僕には心に決めたがいるのです」

「まあ、そんな!」

「レミリア姫はとても美しくお優しい素晴らしい方ですが、僕は昔から支えてくれたその子だけを愛しているのです」

「私ではいけないのですか?」

「レミリア姫は僕にはもったいない素敵な女性です。別の女性を想いながら、姫を貰いうけるなどそんな不実な真似はできません」



 なに綺麗事言ってるのニャ。

 目の前に美味しそうな餌がぶら下がっているニャ。


 まずは食うニャ!

 とにかく食うニャ!!

 とりあえず食うニャ!!!


 据え膳食わぬはオスの恥ニャ。


 しゃぶって、しゃぶって、しゃぶり尽すのニャ!


 そして散々食い散らしてから気に入らなかったら即日返品クーリングオフするのニャ。

 簡単な事なのニャ。



「ラカ様にここまで想われているなんて羨ましい方。さぞお美しい女性ひとなのでしょうね」

「まあ可愛い子ですが、レミリア姫には遠く及びません」


 あ、レミリアの顔が引き攣ったニャ。まあどっちも自分なだけに微妙な心境だろうニャ。


「それに繊細でお淑やかな姫とは大違いのガサツで、乱暴で――」


 ラカはアホ過ぎニャ。レミリアのこめかみに青筋がピシピシ出てるのに気がついてないニャ。


「――図太くて、笑う時はガハガハ大声を上げてみっともなくて……」


 あ〜レミリアの潤んでいた瞳が、怒りを孕んだ目に変わっているニャ。


「それでも僕は彼女が笑ってくれるのが嬉しくて、見ているだけで胸がいっぱいになるんです。だからどんなに彼女よりも綺麗な女性が現れても、僕には彼女、レミーだけなんです」


 そうラカの真剣な眼差しを受けて毒気が抜かれたようにレミリアの怒りが沈んだニャ。ラカ良かったニャ。お前、殺されずに済みそうニャ。


「だから、僕は魔王を討ちに行きます。ただ、あののために戦います。爵位も姫との婚約も要りません」

「うむ天晴れ、見上げた心がけだ。それでは魔王を見事討ち取ったならば、見合った爵位と褒賞を与え、国を挙げてラカ殿とその娘を祝福しよう」

「ありがとうございます陛下!」



 手を叩いてラカを賛辞すると王様はレミリアに優しく微笑んニャが、髭面おっさんの笑貌なぞキモいだけニャ。


「そう言うわけだからレミリアよ。彼のことは諦めなさい」

「いいえお父様。私は諦めません。ラカ様が振り向いてくれるまで、私はいつまでも待ちます」

「レ、レミリア姫……そこまで僕を……くっ!」



 ラカの奴、後ろ髪引かれまくってるニャ。だから考える前に食うべきなのニャ。最後まで好きな食い物を取って置く奴は最後まで好物にありつけなのニャ。



「それでも僕は……陛下、レミリア姫、おさらばです!」

「あっ! ラカ様お待ちください!!」



 レミリアの静止の声を背後に残し、ラカは颯爽と謁見の間を去ったニャが――


「――痩せ我慢も大概にするニャ。未練タラタラの表情してるニャ」


 ラカの顔はもう苦虫を100万匹噛み潰したようニャ。


「う、うるさい!」


 えっぐえっぐ滂沱の涙を流してるニャ。見てらんないニャ。


「ぼ、僕はレミー一筋なんだ!」

「レミーとは幼馴染ニャけど、告白もしてないニャ。別に付き合ってないニャろ?」

「あっ!」


 迂闊な奴ニャ。

 だから据え膳はさっさと食っとけばよかったのニャ。


 城を出てとぼとぼ歩くラカの哀愁ただよう後ろ姿を見て、あまりの痛ましさに吾輩も小さな胸を痛めたニャ。ここまでラカが意気消沈するとは思ってもみなかったニャ。


 これでは勇者の覇業に支障をきたしてしまうかもしれないニャ。だから――



「まあ落ち込むニャ。世の中にはメスはいっぱいいるのニャ!」

「何だよ、その振られる前提の慰め方は!!!」



 ――黙ってた方が面白そうだからレミーの正体は秘密ニャ!

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