第5話 イカれた勇者様とお猫様

 

「す、凄いや……一気にオーク級に昇級だよ」


 あれから遺跡の魔物を根こそぎ撲殺したラカはレベルも上がり、冒険者のランク査定に影響のある魔物の討伐証明部位を大量に持ち込んでランクアップしたニャ。


「討伐賞金もけっこう貰えたし、これなら当分は安泰だね」

「この程度で簡単に満足するんじゃないニャ」


 まったく人間って奴はちょっと成功を収めるとすぐ保身に走るニャ。おかわりの精神が足りニャいニャ。バイプッシュニャ。ボーイズビーアンビシャスニャ!


 常に貪欲に求めるニャ。

 求めよ、さらば与えられんニャ。


「もっともっとレベルを上げないと鍛治の神に会えないニャ」

「そうだね。僕はこんなところで立ち止まっていちゃいけないんだ」


 しめしめニャ。もう暫くはこのネタであおれそうニャ。



 バァァァアン!

「大変だぁぁぁあ!!!」



 大きな音を立てて冒険者ギルド会館の扉を突き破るように入って来た男が大声で叫んでるニャ。


 騒がしいニャ。人間って奴は何かとすぐに取り乱すニャ。大山鳴動して鼠一匹も取れずニャ。大抵は些事なのニャ。ちょっとは落ち着くニャ。



「魔王が復活したぞ!」


 ニャんだってぇぇぇぇぇえ!!!???


「それで国王が勇者を招聘しているって話を聞いてきた」

「勇者ってバ家のことか?」


 やはり勇者の末裔バ家にお呼びがかかったかニャ?


「いや、あそこの3兄弟はないだろ?」

「長男のコーザは図体デカいだけでスラ級の雑魚だぜ」

「次男のイスゲは性格悪い上にデブだからなぁ」

「いや、あれでもゴブ級なんだぜ」

「いずれにしても話にならんだろ」

「3男は……誰だっけ?」

「影が薄いからやっぱダメだろ」


 バ家3兄弟は酷い言われようニャ。しかし、イスゲの方がランク上だったのかニャ。ラカは……落ち込むんじゃないニャ。


 まあ、目の前にいるのに誰からも気づいてもらえないからヘコむのもしょうがないニャ?


「ところが、コーザとイスゲが勇者の武具を持って王城へ行ったらしいんだ」

「あの勇者の剣と勇者の盾か……」

「あれか〜」

「なんか微妙なんだよな」

「ああ分かる分かる」

「ただの飾りにしか見えんからなぁ」

「だけど勇者の末裔に伝わるから本物なんだろ?」

「だが俺にもナマクラとガラクタにしか見えん」


 みんなあの剣と盾を疑っているニャ。やっぱり普通は分かるもんニャ。


「チャンスニャ!」


 あの2人がガラクタ持って王城にいるなら、ラカにとっていい引き立て役になるのニャ。


「もしかして王城へ行くんだね?」

「魔王を倒すのは勇者の役目ニャ」

「だけど僕まだオーク級だよ。大丈夫?」

「レベルやランクなんて討伐への道々で上げればいいのニャ。弱っちい勇者が徐々に強くなって強敵を倒すのはお約束の王道ニャ」

「うん、そうだね!」



 そしてやって来ました王城前ニャ!

 吾輩のお供にはラカが勇者装備を身につけて凛々しい姿を――凛々しい?


 腰に腹を隠すほどの特大バックルのついたベルト、左手にヘンテコな形の小手、そして右手に魔物の血で染まったおどろおどろしい木の棒。



「……どっからどう見ても不審人物ニャ」

「ロペがつけろって言った装備だろ!」


 すぐに他人のせいにするのは人間の悪いところニャ。ほら、そんなに騒いでいたから城門前の門衛に見咎められてしまったニャ。


「止まれ!」

「何者だ!」


 門衛として当然の誰何ニャ。お仕事ご苦労様ニャ。


「怪しいヤツめッ!」

「頭のおかしな格好しよって!」

「否定できないのニャ」

「酷いよロペ!」


 2人の門衛が城門の前で槍を違いに交差させて、吾輩たちを絶対通さないマンになってるニャ。


 まあ、こんな怪しい奴をあっさり通す門衛がいたら吾輩なら即クビにするニャ。門衛失格なのニャ。職務怠慢なのニャ。ここの門衛はしっかり仕事をしていて偉いニャ。


「僕は勇者バ・バ・ジアントの末裔バ家の三男ラカ=バと申します。国王陛下が勇者を招聘していると聞き馳せ参じました」


 うむ!

 口上だけは立派ニャ。

 見た目は危ない奴ニャけど。


「お前が勇者だと?」

「馬鹿も休み休み言え!」

「お前のようなイカれた格好をした勇者がどこの世界にいる」

「至極もっともな意見ニャ」

「ロペはどっちの味方なの!?」


 まったく、自分で困難を打開できないとは情け無い勇者ニャ。


「お前さんたちの指摘は正論ニャ。しかし、もしラカが本物の勇者だったらどうするニャ?」

「む〜猫に諭されるのは納得いかぬが……」

「しかし、一理ある」

「王家には勇者の伝承が伝わっているはずニャ。だから、王様に確認するニャ」

「人語を操る怪しげな猫の提案ではあるがそうするとしよう」

「うむ、珍妙奇天烈な二足歩行の猫ではあるがな」


 コイツらお猫様に向かってニャんたる不敬!


「それでは俺がお伺いしてくるからこの場で待っておくように」

「承知いたしました」

「分かったニャ。王様には正確に伝えるニャ。頭のおかしなイカれた格好の少年と賢く可愛いプリチーお猫様が会いに来てやったとニャ」

「しかと承った」


 ラカが何か言いたそうにしてるニャが、それが真実ニャ。だいいち王様も血塗られたバットを持参した勇者を名乗る少年よりも、モフモフ愛らしいお猫様の方に会いたいと思うのは宇宙の真理ニャ。


 おっと、5分と待たずに恰幅のいいちょび髭が来たニャ。


「陛下よりラカ殿をご案内するように仰せつかりました」

「え、もう!?」


 さすがお猫様の可愛さ天元突破ニャ。


 王様までの道があっという間に開けたニャ。

 お猫様の可愛さは天を貫く可愛さニャ。

 雲の上の人にも届いてしまうのニャ。


「いくらなんでも早過ぎない?」

「お猫様の魅力の成せるわざニャ」

「このまま牢屋に入れられたりしない?」

「大丈夫ニャ!」


 お偉いさんっぽいちょび髭の後ろをおっかなびっくり歩くとはなんたるヘタレニャ。

 まったくラカはいつまでもオドオドビクビクしおって。


「どうしてそんなに自信満々なの!?」

「吾輩を信じろニャ、お前は信じニャくても、吾輩が信じる吾輩を信じろニャ!」

「ぜんぜん響かないよ。名言風に言っても信じられる要素ゼロだから!」

「ゴホン、ゴホン!」


 ちょび髭のわざとらしい咳払いをすると、衝撃の事実を告げたのニャ!


「バ家の長男コーザ殿と次男のイスゲ殿が既に来られておりまして、姫がそれなら三男のラカ殿も招聘すべきとおっしゃられたので、ちょうどお迎えに行くところだったのです」


 お猫様は関係なかったのニャ!?


 少しはここの王家にも見どころがあるかと思ったニャが、とんだ見掛け倒しニャ。がっかりニャ。


「姫と言いますと?」


 ラカが色気づいてるニャ。レミーがいながら他のメスに浮気するニャんて、告げ口してやるニャ。これは決して腹いせではないニャ。


「レミリア姫の事でございます」

「あの!」


 レミリア姫はこの国の第三王女ニャ。あまり姿を見せないので、噂ばかりが先行しているニャ。なんでも深窓の姫君で、物静かで淑やかで優しく儚い美貌の少女らしいニャ。


 銀糸の如き綺麗な髪と雪の様に白い肌、物憂げな青い瞳が幻想的なメスだったと、彼女を見たことある野良猫がほざいていたニャ。まあ、野良の言うことなんて話半分でいいニャ。


「レミリア様が僕のことをご存知だったのですか?」

「いくらラカ殿が影がうす……存在がめだた……認知度がひく……」


 ちょび髭が何やら必死に言い繕うとしてるニャ。どんなに言い換えようとしてもラカがパッとしない事実は変えようがないから無駄ニャ。


「ゴホンッ……まあ、バ家は三人兄弟であるとは知られておりますので」

「そ、そうですか……」


 がっかりするんじゃないニャ。ラカはすぐに有名になるニャ。


「……だけど、こんなイカれ……頭のおか……奇抜な……ゴホン、目立つ姿のラカ殿が今まで知られていなかったのは意外ですな」


 ほらニャ。

 この装備でラカは一躍時の人ニャ。

 方向性はあれニャが。


「ここが謁見の間です。既にお二人の兄君は中で陛下に拝謁しておいでです」


 ちょび髭が合図すると扉を守る左右の衛兵がそれぞれの扉に手をかけたニャ。


「勇者バ・バ・ジアントの末裔バ家の三男ラカ・バ殿ご到着にございます」


 ちょび髭に促され、ラカがおっかなびっくり、オロオロキョドキョドと入場するニャが……

 まるで目立ちたいためにイキがって奇抜な装備をする臆病な田舎モン冒険者みたいニャ。


「ちっ、なんでラカの奴まで」

「僕たちだけで十分なのにね」


 ナマクラを持ったコーザとガラクタを装備しているイスゲが王の前に控えているニャ。


「相変わらずバカっぽい顔してるニャ。中身は真正の大バカニャけど」

「なっ!?」

「クソ猫がしゃべった!?」


 おっと思わず本心が漏れ出てしまったニャ。


「おお!」

「伝承にある通りだ!!」

「正に勇者の猫!!!」


 王様とその周辺の偉そうなおっさんたちが興奮してるニャ。興奮するのは可愛いメス猫だけで十分ニャ。おっさん共の興奮する姿なんて誰得ニャ?


「わたくしの申し上げた通りでございましょう?」


 頭にティアラを戴き、白いワンピースドレスに身を包んだ銀髪に青い瞳の少女が進み出てきたニャけど……特徴から噂のレミリア姫かニャ?


 確かに超絶美少女ニャ。

 野良よ疑って悪かったニャ。

 ラカのヤツも見惚れているニャ。


 レミーに浮気をチクリたいニャが、これは仕方ないニャ。これも悲しいオスの性ニャ。吾輩は理解のあるお猫様だから、黙っておいてやるニャ。



「うむ。レミリアの進言通りだったな」

「はい、ラカ様のお連れになっているのは間違いなく勇者の猫ケット・シー」


 声も透き通るようで綺麗ニャ。しっかし驚いたニャ。このレミリアというメス、レミーにも劣らぬ美少女……と言うより髪と瞳の色以外レミーにそっくりニャ!


「しかもラカ殿の装備……」

「正しく伝承にある勇者バ・バ・ジアントの武具ですわ」


 しかも、声量を抑えて多少変えてはいるニャが、よく聞けばこの声はレミーじゃニャいか?


 あっ!

 だからレミリアは誰からも忘れられるほど影の薄いラカを知ってたニャ。

 それにレミーはバ家と王家にしか伝わらぬ伝承を知ってたのも頷けるニャ!

 これで髪と瞳の色を魔術で変えていたのにも納得ニャ!


 しかし、当のラカは顔を真っ赤にしてレミリアを見つめているニャ。これは彼女の正体にぜんぜん気がついてないニャ。アホニャ、アホ過ぎるニャ。


 面白そうだからラカには秘密ニャ。



「まさか伝承にある勇者の武具が本当であったとは……」

「陛下、あんなイカれ……ゴホンッ、ユニークな装備が勇者の装備などとは信じられませんでしたからな」

「お恥ずかしい……私は120%作り話と思っておりました」

「いやいや、この場で真実だと思っていた者はおりませんよ」

「しかもあのバットのおどろおどろしいこと。魔物の血に染まったバットを振り回す勇者など誰が信じますか」

「伝承が王家とバ家に秘匿された理由が分かりますな」

「こんな話は誰も信じませんからな」

「もはや勇者と言うより要注意危険人物ですな」


 散々好き勝手に言われてるニャ。でも全部まごう事なき納得の真実ニャ。


「これはラカ殿が勇者で間違いあるまい」

「さようでございますな陛下。こんな頭のおかしな装備をする者など二人といないでしょう」

「当たり前ニャ。こんなイカれた勇者が他にもいたら世も末ニャ」

「まったくですな」

「「「わっはっはっはっ(ニャ)」」」


 良かったニャ。ラカもこれで立派に勇者と認められたニャ――んニャ?

 何を泣いているのニャ?


「一緒になって笑うなんて酷いよロペ」

「勇者誕生をみんなと喜んでいただけニャ」

「今の絶対笑いものにしてたよね!」


 何のことニャ?

 細かいことは気にするニャ。


「ロペさんの言う通りです」


 レミリアが上段からラカに歩み寄ると、ラカの手を取ったニャ。熱を帯びた眼差しで見つめ合ってるニャ。


 これは浮気になるのかニャ?



「おめでとうございます。これでラカ様は勇者と皆から認められたのです」

「ひ、姫様……で、ですが僕でホントに良いのでしょうか?」


 ラカが不安そうに言いながらもレミリアの手を両手でしっかり握ってるニャ。コイツ絶対に気づいてないニャ。これは浮気じゃニャいのかニャ?


「もちろんです!」

「ですが、勇者の装備とは言え、今の僕はこんな格好で……」

「とても素敵です!」


 レミリアは目がおかしいニャ。こんなイカれた姿にどうして頬を染められるニャ?


「ホ、ホントですかレミリア姫?」

「はい、まるで物語に出てくる本物の勇者様のようです」


 レミリアは頭がおかしいニャ。どこの世界にこんな頭のおかしな勇者がいるニャ?


 まったく、恋は盲目とはよく言ったものニャ。

 レミリアは目か頭の医者に診てもらった方がいいニャ。



「分かりました。レミリア姫のご期待に添えるよう尽力いたします!」

「よく言った勇者ラカ・バよ。それでは魔王を討伐し……」



 ラカの宣言に王様が頷き、さっそくお約束を発動しようとしたその瞬間、もう一つのお約束が発動してしまったのニャ――



「ちょっと待てぇい!」



 ――それは勇者誕生の祝福ムードに水を差す不届き者の声だったのニャ!

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