第2話 魔法の長靴とお猫様


 家を追い出され吾輩を抱きかかえたまま街の中をトボトボ歩き始めたラカ。まあ、吾輩は楽ちんでいいのニャ。



「これからどうしようか?」

「ニャー」

「住む場所も何も無いんじゃ、どうやって生きていけば……」

「ニャー」

「ロペはどうしたら良いと思う?」

「ニャー」



 猫に相談してるんじゃないニャ。少しは自分で考えるのニャ。



「ラカ!」


 突然かけられた声にラカが振り向けば、超絶美少女が走ってやって来たニャ。


「レミー!」


 この美少女こそラカの幼馴染のレミーニャ。

 切らせた息を整えて心配そうな目でラカを見てるニャ。


「おじ様が亡くなったって本当?」

「う、うん……」

「そんな!」


 口に手を当てて驚くレミー。可愛いけどあざといニャ。


「いつ?」

「前にレミーと会ってけっこうすぐだから1週間前くらい」

「そう……それでラカはそんなに落ち込んでいるのね」

「それもあるけど……」


 ラカが家を追い出された経緯を語るとレミーが憤慨し始めたニャ。


「何よそれ!?」

「だからこれから住む場所を探さないと……」

「待ってよ。彼らの横暴をそのままにするの?」

「仕方ないよ」

「だけど……」

「兄さんたちの件で時間を潰している場合じゃないよ。今はそれよりもこれからの事を考えないと」


 おや?


「兄さんたちに腹は立つさ。だけどやるべき事は他にある」


 さっきまでウジウジ不安そうにお猫様に相談してた奴のセリフじゃないニャ。


「僕は今を生きなきゃいけない。兄さんたちを見返すのはそれからさ!」

「ラカ……」


 惚れた女レミーの前だとカッコつける奴ニャ。まあオスとはそういう悲しいさがを持った生き物なのニャ。


 メスも頼り甲斐のあるオスに惚れるものだしニャ。ラカを見るレミーはすっかり恋する乙女盛ったメスの顔なのニャ。


 恋は盲目、桶屋が儲かるとはよく言ったものニャ。え、そんな言い回しないニャ?


 おかしいニャ。恋する乙女は盲目になるから三味線需要が増えて、お猫様狩りが増えるって聞いたニャ。吾輩たちお猫様が狩り尽くされる恐ろしいガクブルもののホラーなのニャ。



「まずは住む場所を確保するためにも路銀を稼がないと」

「だけどすぐに職にはつけないし……冒険者ギルドに行くの?」

「そうするつもり。あそこなら日雇いの仕事があるかもだし」

「ラカもギルドに登録はしているのよね?」

「え、あ、うん……」


 ラカの目が泳ぎだしたニャ。まあ、ラカは低ランクだからカッコがつかないので無理ないニャ。


 冒険者のランクは下から――

 スラ級

 ゴブ級

 オーク級

 オーガ級

 トロル級

 ミノ級

 巨人級

 幻想級

 レジェンド級

 ――の9段階に区分されているのニャ。


「ラカは今どのランクなの?」

「僕は……その……」

「まだスラ級ニャ」


 登録したはいいニャけど、ラカはあまり依頼を受けてないのニャ。


「そっか、スラ級じゃ大した収入は見込めないわね」

「い、今はそうだけど、いずれは……」

「でも今すぐにお金が必要でしょ?」

「無一文なのニャ」


 あっという間に追い出されたから、ラカは素寒貧スカンピンなのニャ。正しく財布の中身が寒いのニャ。


「そうなんだけど……まあスラ級でも宿代くらいは稼げるはずさ」

「私がお手伝いできればいいんだけど……」

「女の子に危険な事はさせられないよ」

「だけどレミーは魔術が使えるニャ」


 レミーは魔術で自分の髪と目の色を偽っているのニャ。吾輩には分かるニャ。だけど何でそんな事をする必要があるのニャ?


「うん、私ってけっこう魔術が使えて、実は既にミノ級なんだ」

「え!?」

「凄いのニャッ!」

「知らなかったよ」

「依頼もバンバンこなしてるニャ?」

「16歳の女の子がミノ級なんて史上最年少なんじゃない?」

「よっお大尽さまニャ」

「えへへへ……」


 吾輩とラカの驚嘆と賛辞にレミーが嬉し恥ずかしモジモジとはにかんでいるニャ。


 吾輩は物知りだから知ってるのニャ。これが有名な言葉攻めってやつニャ。いいメスを見るとオスはいつでも可愛い反応を見たくなるものなのニャ。


 それにしてもレミーがかなり魔術を使えるのは知っていたけど、ここまでとは恐れ入ったニャ。


「だから私がラカの仕事を手伝えばもう少し上のランクの依頼を受注できるんだけど……」

「何かあったの?」

「うん……私も家でちょっと……ね」


 さっきまでの笑顔が一瞬で曇ったニャ。可愛いメスにそんな顔は似合わないのニャ。


「それで、暫く街には来られないかも……」

「そっか……」

「ごめんね。本当はラカを助けてあげたいんだけど」

「いや、元々自分で何とかするつもりだったし大丈夫だよ」

「そうニャ、吾輩がついてるのニャ」

「うん、そうだね僕にはロペが……」


 吾輩がトンッと胸を叩いてラカを応援してやったら、ラカとレミーが吾輩を見て硬直したニャ。どうしたかニャ?


「「え!?」」


 まあ吾輩のプリティーな姿に見惚れるのは仕方がないニャ。


「そんなに見つめられると照れるニャ〜」

「「ロペがしゃべってる!?」」


 さっきから会話に混じっていたのに今さらニャ。


「ロペってしゃべれたの!?」

「ぼ、僕も初めて知ったよ」

「しかも2本足で立ってるし!」

「君はいったい?」


 2人とも何をそんなに驚いてるのニャ?


猫妖精ケット・シーが人語を操れるのは当たり前ニャ」

「ロペって猫妖精ケット・シーだったの!?」

「そんなの父さんからも聞いた事ないよ」

「バ家の人間はみんなバカなのニャ?」


 バ家のバはバカのバなのニャ。


「昔から住み着いているのに、こんな長寿な普通の猫がいるわけニャいと気づかないかニャ?」

「そ、そう言えば……」

「もしかしてロペって伝承にある勇者のお供をしたっていう猫?」

「そうニャ」

「僕はそんな話は聞いた事ないけど?」


 親父さんはドラ息子どもに頭を悩ませるあまりにバ家に伝わる口伝を伝え忘れてポックリ逝ってしまったのニャ。


「広く知られている勇者バ・バ・ジアントの物語には登場しないものね。彼には最初から最後までかたわらに叡智の猫妖精ケット・シーがいたらしいの」


 吾輩の存在は一般の昔語には出てこないのニャ……んニャ?

 何でレミーはバ家と王家にのみ伝わる伝承を知ってるのニャ?


 まあ、いいのニャ。どうせ答えはでないんだから考えるだけ無駄ニャ。これが猫流の叡智ってやつニャ。


「そうニャ。だからラカは大船に乗ったつもりでいるニャ」

「凄いわラカ!」

「そ、そうかな?」


 レミーは大興奮だけどラカはいまいちな反応ニャ。


「だってあの伝説の勇者と旅をした猫妖精ケット・シーなのよ」

「2人とも敬ってへつらうがいいのニャ」


 まあ、そうでなくとも人間はお猫様に敬うのが筋ってものニャ。


「それでロペには何か考えがあるのか?」

「モチのロンニャ!」


 お猫様を信じる者は救われるのニャ。


「それじゃ私はもう戻らないといけないけど……ラカを任せても大丈夫?」

「任せるニャ!」

「うん、伝承の叡智の猫だもの大丈夫よね……じゃあ暫くは会えないと思うけど頑張ってね」



 そう言い残してレミーは吾輩たちの前から去って行ったニャ。意外と冷たいニャ。だけどいいメスオスに縛られぬ得てして薄情なものなのニャ。


 だからラカよ落ち込むニャ。


「それでロペの考えって?」

「勇者の武具を揃えるのニャ」

「勇者の武具って……全部兄さんたちに取られちゃったじゃないか」

「あんな偽物じゃないニャ」

「偽物!?」


 吾輩の言葉にラカが目を大きく見開いてるニャ。いちいち驚く奴ニャ。


「だいたいジアントの奴は剣や盾なんて使ってないニャ」

「え!?」

「あの剣と盾はジアントの孫が見栄えバエででっち上げたただのガラクタニャ」

「ええ〜〜〜!」

「だからお前たちの親父さんの本当の遺産は吾輩ニャ」

「そうなんだ。それじゃ勇者の武具って言うのは?」

「ちょっと待つニャ」


 吾輩がニャにゃニャ〜んと呪文を唱えればあら不思議、目の前に円形の暗い空間が発生したニャ。これは空間魔法の一つ『収納』ニャ。猫妖精ケット・シーはちょっとした精神魔法と空間魔法が使えるのニャ。


 その空間に手を突っ込んで……ゴソゴソ……これはレミーにもらった猫じゃらし……これは前に拾ったマタタビっていかんニャ、酔っ払ってしまうニャ……これは先日捕まえたネズミ……これは街の悪ガキから奪ったボール……えーと……


 なんニャ、ラカの目が白いニャ……あったニャ。


 テッテレ、テ〜テレ〜♪

「ゆ〜しゃのズタ袋〜」

「なに今の音楽!?」

「気にするニャ。猫が道具を出す時のお約束ってやつニャ」

「それでこの汚くて臭い袋は?」

「ジアントが使っていた何でも入る魔法の袋ニャ。勇者しか中から物を取り出せないのニャ」

「それじゃ、この中に勇者の武具が」


 期待の眼差しのラカには悪いが、世の中はそんなに甘くないニャ。


「中には一つだけ武具が入っているニャ」


 吾輩が袋を渡すと恐る々々ラカが手を中に入れたニャ。


「ふむ、ちゃんと使えるニャ」

「え?」

「勇者と認められなかったら入れた手が千切れてるところニャ」

「それ先に言ってよ!」

「細かい事は気にするニャ」

「細かいって……ん?」


 ラカが袋から白い靴紐を付けた真っ黒な長靴シューズを取り出したニャ。


「それは魔法の長靴ニャ。装着者の体を軽くし素早く動ける『速度上昇スピードアップ』と自由に空中を歩ける『空中散歩』、そして……」

「そして?」


 ごくり!



「スクワットが千回できる能力があるニャ」

「何でスクワット!?」

「この靴に能力を付与する時にジアントがお願いした能力ニャ。何でも昔とりあえずスクワット千回させる鬼軍曹がいたそうニャ。それの対策って言ってたニャ」

「意味が分かんないよ」



 馬鹿な奴ニャ。少しは自分で考えるのニャ。まあ吾輩は考えても分からない事は考えないニャ。無駄はしないがお猫様流ニャ。



「スクワットはともかく、他の機能は確かに凄いけど、これだけでは……」

「心配ないニャ。他の武具の場所も知ってるのニャ」

「何で全部袋に入れてなかったの?」

「バカなのニャ。もし吾輩の身に何かあったらどうするのニャ」

「そ、そうだね」

「それでは勇者の武具を揃える冒険にレッツらゴーニャ!」



 さあ、これで冒険らしくなってきたのニャ!

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